第二事件 孤独な男
土曜日。午後16時。
ポップでアップテンポでノリがいい、銀座のクラブなんかで流れていそうな楽曲が、店内中で踊り狂っている。
それに呼応するようにお客さん方々もまるでバレリーナのように、は言い過ぎかもしれないが、まるで発情期のサバクトビバッタのごとくぴょんぴょん跳ね回っている。比喩の落差が激しくなってしまったが、まぁ目算、来客の7割がカップルなのでその例もあながち間違ってはいないだろう。あーうらやまちー。
「おーおー今日もカップルに、生命力溢れる人間を前にしたゾンビみたいな目線を送ってるねーななせちゃん。お疲れー。にしても相変わらずのバイトしまくり働きもんだねー。これはもうバイトではなく複数形のバイツと言うべきかな?」
「あ、静江先輩、お疲れ様です」
そんな軽妙な声が聞こえてきて、私はバタコさんもいないのに、即座に愛と勇気だけが友達の某ヒーローよろしく顔を気だるいものから多少は真面目っぽいものへと取り替え挨拶した。ほとんど一度きりしか会わない客はともかく、お世話になっている先輩を前に、いちゃつくカップルへの妬み嫉み憎悪嫌悪殺意の籠った表情のまま挨拶するわけにはいかない。
「ここ初めて二か月だっけ?もう慣れた?」
昼番で上がった他の先輩と交代してきたのだろう、三歳年上、大学二年生の水面静江先輩は一緒に受付に立つとそう問うてくる。
そう。
先輩の言う通り、今はバイト中だ。
某複合型レジャー施設でのバイト。でかい場所でいっぱいスポーツしましょうと言う、小学一年生みたいな語彙力で言えば、そんな感じの場所だ。まぁ要するにラウンド●ンみたいなのを想像していただければそれでよろしい。
さっき客が発情しているバッタみたいに飛び跳ねていると言ったのも、本当に悪口だったとかそういうのでは、一切合切天地神明に誓ってそういうわけではなく、本当に、単にスポーツに興じて楽しそうに跳ね回っているお客さんを指して出ただけの言葉だったのだ。清い乙女がそんな性格悪いこと言うわけないじゃないですか~。はい嘘ですごめんなさい。
私は、体だけではなく、心もぴょんぴょん跳ねてそうな、こうして汗水たらして働く不幸な人間が目の前にいるにも関わらず平気で幸せそうに遊びまわる人の心がないリア充ど……じゃなかった。お客様達を眺めながら、水面先輩の問に答えることにする。あぶねぇ、また一瞬本音が出かけたぜ。
「まぁまぁです。時々匂いがきつい人がいるだけで他に文句とかはないですね。時給もそこそこですし」
「たしかななせちゃんって他にもいくつかバイトしてたよね?たしかカラオケとカフェだっけ何でそんなに頑張んの?」
「もちろん映えるJKになりたいからですよ」
そう即答すると、先輩は
「うわぁ、現役JKって変~」
と、若干引く。
む。失敬な。
映えというのはJKにとって、とても大事だ。うまく言い表せないが蠅の百倍くらいは大事だ。例えがよくわかんないし、大事さも全く伝わってこないって?五月蠅いわ!
……と、まぁ、冴えない乗りツッコミまでして、映えの大事さを強調させてもらったが、栄えある私の
映えについての持論を聞いてもらったが、しかし実際の所は、別に私はそんな今時JKよろしく、SNSでちやほやとか、再生数で小銭ゲットだぜ!とか、そんなSNSマスターになるためにやっているわけではない。
いや、完全にないと言えばそれは嘘になってしまうかもしれないが、しかし、そう。
ただ、なんとなく、楽しいのだ。
友達とかと写真を撮り、自分のアカウントに映える写真や動画があると、それだけでなんとなく青春している気になれる。映えは平凡JK代表である私の数少ないアイデンティティなのだ。アイデンティティであって愛なのだ。
変ではなく、愛なのだ。
そして、それに。
変と言うなら、だ。
「何?私の顔、なんか変?」
私のジトっとした視線に目ざとく気付いたのか、先輩はそう問うてくる。
が、私は「いえ」と言ってすぐに視線を逸らした。
そう。先輩の顔に変な所などない。むしろ本人の背の低さも相まって、とても可愛らしい顔だちをしているとも思う。
だから問題は、顔の周りのパーツだ。
まず先輩の耳、フープピアスが両耳に4つ並んでいる。この時点で変。
次に髪。先輩は後ろ髪を半分づつ分けて胸の前に垂らす髪型をしているのだけど、首あたりまでが青色。そして左右の髪の束の先端はそれぞれ白と紫に分かれている。変人。
そして最後、紫と白が垂れ下がったその胸元。バイトの制服越しでも分かる。超でかい。多分Gくらいある。変人というか変態がかなり寄ってきそうな勢いだ……私よりも身長小さいのに、私より4段階もパイオツカイデ―とかどうなってるんだ。神はいったい何を考えていたのだろう。人間の構築ミスりすぎだろう。
「はぁ……」
「どうしたの?ななせちゃん。仮にも先輩である私の体を、そんな本能寺の変の直後の、明智光秀を見る豊臣秀吉みたいな目で見て。やっぱり私の体に何かついてる?」
「……いえ、なんでもないです。強いて言うなら、先輩じゃなくてパイの話です。……それにしても、珍しいですね。先輩が海外旅行に言ってから一か月以内に会うって。先輩、旅行に行ったら大抵二か月は帰ってこないじゃないですか。何かあったんですか?それとも今回は行かなかったんです?」
このままだと胸への恨みで胸が張り裂けそうだったので、私の薄い胸が張り裂けそうだったので、私は思考を切り替えるついでに話を変えた。先輩は私の気持ちを知ってか知らずが、私の問に、「んーっ」、と胸元のボタンを拷問……じゃなかった、背を反らして伸びをする。なめとんのか。
「いやー、いつも通り行ったんだよ。もちろん予定も二か月。けどさー」
「なんです?」
「三週間くらい経ってからかな。危うく麻薬の密輸入者に仕立て上げられそうになってさー。流石に帰ってきたんだー」
「なにやってんだ、あんた」
ほんとこの人、よく私のこと変とか言えたな。私は若干呆れながら、
「そういえば先輩、今回はどの国に行ったんですか?前はヨハネスブルグでしたよね?普通にいいなーって思いましたけど」
ヨハネスブルグは南アフリカ共和国の首都で、南アフリカ大陸の中でも一番と言っていいくらいに栄え
ている街のはずだ。行ったらかなり映えそうだなーと思ったから覚えている。現地の人が聞けばライオンパークに放り込まれちまいそうな動機だ。
「ああ、今回はホンジュラス。確か世界で一番治安が悪い国だったかな」
「一分前の私に謝れ」
どの口が私を変と。どの口が私を変と。
てか、この人、フルネーム、水面静江だったよな?名は体を表すという格言は一体どこの国のゴミ箱に捨てられてしまったのか。この人には是非とも名前が中身を裏切っているオリンピック金メダリストの称号を与えたい。
「なにその不名誉な称号。別に、私普段からこんなんだよー。前のヨハネスブルグだって富裕層と貧困層の格差を調べるために行っただけだし。というか、私が変だって言うなら、ななせちゃんも今日いるの珍しくない?確かこの日って前はシフト入ってなかったよね?流石に働きすぎでしょ。何か理由があるの?」
「……別に、ないですよ」
「お、今の間は何かな~?そんなこと言って~。あるんでしょ~?ほら、言ってみ~」
先輩は群れる猫を見つけた男子小学生のような視線を飛ばしてきた。
おいおいこの人鋭すぎだろう。猫の爪並みに鋭いぞ。
「何々~?まさか好きな人でもできて、いつかその子とデートするための資金をためようとしてるとか~?」
「な!?なんで分かって……じゃない!そんなんじゃありませんから!」
慌てて否定するが、否定する分だけ先輩の嗅覚は鋭くなっていく。先輩は私の露骨な反応を察知し、今度は主人に餌を媚びる家猫のようにその豊満な体を這わせてきた。うお、腕が!腕が右胸と左胸の間に沈み込んだ!
「えー、なになに、教えてよー。どんな子なの~?イケメン?それとも可愛い系?名前は?どんなところを好きになったの?」
「ひゃ!?ちょ、胸!胸!揉まないでください!お尻に指を這わせないで!ていうか、西条とは別にそんなんじゃありませんから!確かに顔は可愛いし普段は優しいけど、小説書いているときぶっちゃけキモいし、かなり抜けてるとこあるし、あ、でも、それが逆に真剣って感じが伝わってきてなんか良かったり……」
「何?俺がどうかした?」
「ああ、いいところに西条。あんたからもなんか言ってやってよ!」
具体的には私のことどう思ってるとか、好きな食べ物は何かとか、好きな女性のタイプとか、昔のあだ名は何だったのかとか、寝具はベッドか布団かとか、そういうのを言ってもらえると嬉しい。それからこの私のささやかな胸を押し上げるこの二つのけしからんボールをパンクさせ――
………………………………………………………………………………………………………ん?
「ってうぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえ!?西条ぉえ!?」
「な、何!?その酔っぱらいがトイレに吐いた時の拡大音声みたいな声!」
何で!何で!何で!こいつがここに!
あまりの衝撃に、一流企業の学歴フィルター並みに弾き飛ばされる私。
はっ!まさか、今日が土曜日だからって、何か事件でも起こしに来たのか!今日の事件の舞台はこのラウンド●ンだって言うのか!コラボを狙って来てるのか!
「いや、ネタ収集と、それと今月末に球技大会があるから。どの競技に出るか、色々試そうと思って来ただけだよ。ていうか人をコ●ン君扱いしないで。てかコナ●君も別に事件起こしたくて起こしてるわけじゃないでしょ」
あ、ああ。そういうことね。危ない危ない。私としたことが気が動転して訳の分からないことを口走ってしまった。バーローって言われるところだった。
そっかそっか。西条はコナン君ではなく、ネタ集めと球技大会に出る種目決めのためにここに来ただけだったのか。なるほどなるほど。それなら安心だ。むしろ推理小説家だから何か事件が起きても解決してくれるだろう。ふぅー良かった良かったぁー。
「ねー。君がななせちゃんのアモールノコレスポンディーノの相手かーねぇ、年上とかは興味ある?」
「あ、アモール、ノ?」
よくなかったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!コナン君よりも危険な超危険人物を一人忘れていたあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁー!
「野郎先輩!ちょっとこっちへください来やがれ!」
「ちょっと!?気が動転しすぎて文法がものすごいことになってるよ、ななせちゃん!」
うるさい!そんなちゃちなもんはどうでもいい!
私はさきほど味わったもっと恐ろしいもの片鱗を問い詰めるべく、さっきとは真逆の立場で俺様ドS系主人公よろしく先輩を受付の奥の部屋に連れて行き、壁に押し付け、ついでに胸も押し付けられて(?)、西条に聞かれないように小さい声で先輩を問い詰める。
「何スペイン語で片思いとか勝手に言っちゃってるんですか!別にそういうんじゃありませんから!というか、何あいつを口説こうとしてるんです!」
「えー、いいじゃん。お話しさせてよー。それに片思いじゃないなら私が手を出してもよくない?それとも何かダメな理由でもあるのかな?」
「そ、それは、別に……」
ある!超ある!でも、ごめんなさい!やっぱりまだ素直になれないんです!だって乙女だもの!
「ふうん」
と、そこで、先輩はにやりと、またぞろさっきの猫を見つけた男子小学生のような、いや、今度はそれの比じゃない。猫は猫でも、どっちかっていうと、あの児童文学小説に出てくるあまりにも有名すぎるあの猫みたいな、そんな笑みを浮かべる。
「ねー、ななせちゃん。私今日早く帰りたいんだよねー」
そして案の定、訳の分からないことを言い出した。え?
「だからさ。これからななせちゃん休憩してさ。その代わり、私の今日のシフトの最後の一時間だけ、代わりにやってよ。それなら今からその子の運動相手にもなれるし。一石二鳥じゃない?」
「へ!?」
何を言っとるんだこの人は!だから西条はそういうのではないという嘘を(嘘なんかい)あれほど!それに西条だって……
「あ。いいですね。それ。獅子ヶ谷さん、お願いできる?」
「西条だっていきなり言われても困るだけでしょ!……え?いま、なんて?」
アレ?私の耳、空に飛んで行っちゃった?
「ほら、西条君だって良いって言ってんじゃん。友達なんでしょ。助けてあげなよ」
言って、呆けている私の肩を、更衣室兼休憩室の方へ叩いてくる静江先輩。え?え?
そして、結局。
結局、もう私は何が何だか、私はどこから来たのか、私は何者か、私はどこへ行くのか、そんなことさえ分からず、そのまま、先輩に言われるがまま、ただ更衣室の方へと歩き出すことしかできなかった。
……更衣室に前にちらりと見えた、先輩のあの笑みが、とにかく腹立たしかった。
でも、ありがとうございます!
ご一読ありがとうございました。続きもよろしければご覧ください!感想もどんなものでもお待ちしております!




