第一事件 赤い顔の女
西条こころは隣の席の男子生徒だ。
見た目はまぁ、一言で表すのなら無害って感じ。
女子で言うショートカットくらいの長さの金髪に、これまた女子みたいな顔と、華奢な体躯を兼ね備えている。
勉強ができるらしく、よく女子に数学を教えてあげるところを見かける。が、浮いた噂は一切ないという、まぁ、ぱっと見は、世が世なら間違いなくいじめの対象になっていたであろうことを軽く確信できるくらいには、人畜無害さんだ。
……しかし、実際のところは、そんなことは全くというか、全身全霊というか、天地神明に誓って、一切なく、
「……殺す方法殺す方法殺す方法殺す方法殺す方法殺す方法殺す方法殺す方法殺す方法殺す方法殺す方法殺す方法殺す方法殺す方法殺す方法殺す方法殺す方法殺す方法殺す方法殺す方法殺す方法殺す方法殺す方法殺す方法殺す方法殺す方法殺す方法……」
と、このように毎朝一人、ホームルーム前や、十分休みの間に周りには聞こえないくらいの声量でひたすらイミフな呪詛を永遠可愛い顔して唱えているのだ。人畜無害などとんでもない。どちからと言えばとんでもない鬼畜有害さんだ。
おかげで、一年生の頃からひそかな私の楽しみの一つとなっていたこのイギリスのアフタヌーンティーのごとく優雅なホームルーム前の時間は、アフタヌーンティーどころかダ・ヴィンチの『最後の晩餐』みたいになってしまっている。近づくと銀貨30枚で売られちまいそうなくらいだ。
「はぁ……」
既にこの地獄が始まって一か月が経つ。
しかもそれは収まるどころか、むしろ日を追うごとにエスカレータのごとくエスカレート上昇してとどまるところを知らない。
……私は、拳を握った。
いい加減この戦い(?)にも収集をつけなくてはなるまい。
爽やかな朝、しかも学校で呪詛を聞くのはもううんざりだ。
席を立ち、私は、意を決して横を向き、その、小さくシリコン製なのって思うくらいきめ細やかな肌をした横顔を持つ化け物に話しかけた。
「あの、西条君」
「……犯人の動機から考えれば、火で殺すのがいいか……」
「おーい、西条君」
「でも焼死って結構時間かかるんだよなぁ、目立つし。そうだ。火葬場とか結構トリックに使えそうかも……」
「西条」
「けど火葬場の仕組みとかよく知らないしな……ってなるとやっぱり別の殺す方法殺す方法殺す方法方法方法方法方法方法法法法……」
「西条!」
「殺す方法殺す方法……ってああ、おはよ。獅子ヶ谷さん、何?」
「そのタイミングで気が付くなこええよ」
急にスイッチ切り替えた人形みたいに言葉を切るな。私を殺す方法を考えてたみたいだろうが。あとさっきから発想もリアルすぎて怖い。
こっちを向いた西条は、あのいつもの、柔和な西条に戻っていた。
全人類を癒すのではないかと思うような、ポメラニアンが笑っているような、そんな笑顔。
こんな奴が暇さえあれば呪詛を呟いているだなんて、おそらくこのクラスの誰も思っていないだろう(暇さえあれば呪詛を呟くって何だ)。約一か月隣の席で聞き続けた私を除いて。
しかし、勢いで話しかけたものの、何を言えばいいのか考えていなかった。やべ、どうしよう。どうすれば呪いの言葉を吐くのをやめてもらえるんだろうか。そもそもどうすればそんなことを考える羽目になるのか分からないが、しかしとにかく考えなくてはならない。なんだろう。おすすめの霊媒師でも紹介すればいいのかな。
私は脳味噌を360度くらい回転させて(それ実質一回も回ってねぇな)どうすればなるべく穏便にこいつを諫められるかを考えに考え抜き、そして、一つの問いを口にした。
「えっと、今、殺したの、何人目?」
「え!?」
「ち、ちが!間違えた!」
しまったあああああああああああああああああああ!テンパりすぎて昨日見たクイズタイムショ●クの恒例の問題みたいになってしまったあああああああああああああ!
どうしようどうしよう無理だった!やっぱり話すの止めとこうかな。いや、まだ焦るような時間じゃない!逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ!
「えっと、ごめん。そうじゃなくて、さ。その、西条君って、何か、その、誰かを殺したい程、憎んでるとか、そういうわけ?ほら、なんか、毎朝ぶつぶつホラーじみた独り言呟いているし。何か悩みがあるなら、聞かないこともないけど」
我ながら、なんかツンデレみたいな台詞になってしまった。というか何かしらの殺意を抱いているかもしれない人間を相手に、何悩みを聞いてあげようとしているんだ、私は。刑事か。どっちかっていうと刑事連れてこないとダメな状況だろ。
が、
「!?」
結構アレな台詞を吐いてしまい、内心落ち込みかけていた私だったのだが、何故か言われた当の本人はまるでほんとに殺人がバレた真犯人みたいな表情をして固まっていた。え!何々!?まさか、こいつ、本当に殺ってたってのか!?嘘だろ……こんなコメディみたいなノリで殺人犯が明るみに!
「独り言?さ、さぁ~知らないなぁ~知らないなぁ~聞き違いじゃないかなぁ」
……が、まぁ、案の定というかなんというか、そういう危険なものではなかったらしい。
あまりにも演技が棒過ぎる。
もし本当に殺っているのだとしたら、こんな、冷や汗たらして目を逸らしつつ口笛を吹くジェスチャーとかいう、嘘を誤魔化そうとして逆に怪しまれる行為代表の行為をコンプリートなどしないだろう。ていうかこれを実際にする奴初めて見た。誰が殺人犯でもこいつだけは有り得まい。
「いや、『殺す方法殺す方法』とかそんな怖い独り言聞き間違うか。そんなの聞き間違える自分が怖いわ。いや、呟いてたじゃん。しかも今日だけじゃなくて、毎朝。いいから、あれ、いったいなんなのか教えてよ。流石に怖いんだって」
私は、もうなんだかこいつ相手にかしこまった口調で話すのも疲れたので、普通に仲のいい友達相手にしているような口調でしゃべることにした。案の定、そんな口調が変わったことなど、日頃から呪いの言葉を吐きだすような奴がそんな些細なことを気にすることなどなかったらしい。
西条は、私の口調の方ではなく、
「……!そっか。聞こえちゃってたか……」
と、独り言を聞かれていたことの方に反応し、そう苦笑した。
そして
「獅子ヶ谷さん」
そう言って、いきなり居ずまいを正してこちらを向いてきた。どうやらやっときちんと話してくれる気になったらしい。
「お、おう。何?」
「実は俺」
「うんうん。実は、俺?」
「探偵なんだ」
「保険証持った?」
「違う!間違えた!『一人称で書いてるから』ついなりきって!ちょ、だから腕を引っ張って精神科に連れて行こうとしないで!次こそはちゃんと話すから!」
訳のわからない台詞をまくしたてながら、まるで同じ極の磁石をくっつけようとした時みたいに全身全霊で猛反発してくる西条を私は押さえつける。ちぃ暴れるな。こういう病気はいかに早く治療するかが鍵になってくるんだよ。
「鬱とか、そんなんじゃないから!そうじゃなくて、その、実は、俺さ」
「はいはい。実は俺?」
「面倒くさそうにしないで。話通じない人を相手にする時みたいな態度やめて……!そうじゃなくて、さ。俺、別に殺人鬼とか探偵とか、そんな大仰なものじゃないんだ。ただの……」
「うんうん。ただの?」
「ただの――推理小説家なんだ!」
「お金、持ってるよね?」
「ちょっと!何でほんとのこと言ったのに縄で腕縛って病院に連行しようとしてるの!やめて!ロボトミー手術を敢行しようとしないで!てか、縄なんてどっから出したの!」
その後、五分ほど、私たち二人は揉み合い続けた。
いつの間にか七割ほど出席していたクラスメイトの皆々様に、アメリカの大統領官邸以上の白さを持つ目で見られながら。
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