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エピローグ



「あーごじゃーしたー」


 中学生の野球部員の方がまだましだと言いたくなる店員のてきとーの権化(ごんげ)みたいな挨拶を背中に受けつつ、買い物を終えた私はスーパーの自動ドアをくぐった。


 朝のニュース番組の裏でスポーツ選手と乳繰(ちちく)り合ってそうな美人気象予報士(いわ)くこの先当分続くとされていた、布団(ふとん)を干しているおばあちゃんちの縁側に降り注ぐような晴れの陽光を薄手のニットにふんだんに浴びながら、私は寄り道がしたくなる魔法陣が仕掛けられているとしか思えないデパートが立ち並ぶエリアを気合でなんとか(かわ)しながら、デパートではなく、担当作家の仕事場であるアパートへと歩を進めていた。


「あ」


 と、デパートが今度は魔法陣ではなく、視線誘導魔法を繰り出してきた。デパートの壁面に取り付けられたモニターが目に入り、私の足はピアノ線で縫い付けられたように止められる。


 そこには私の全く知らない国で、私の全く知らない議場(ぎじょう)で、私の全く知らない言語で、しかし、私がよく知っている女の人が何やらたくさんの人々に訴えかける動画が流れている。


 彼女の名前は水面(みなも)静江(しずえ)


 今は日本中で知らぬ者はいない、革命家の一人であり、そして私が高二の時のおっぱいが大きいバイトの先輩である。


 私が高校を卒業した頃だろうか。先輩はいつも通り海外に飛び立ったのだが(なんだそれ)、いつもは二か月で帰ってくる先輩が、その後しばらく日本の土を踏むことはなかった。


 その一年後。彼女はとある三つ目の貧しい国の長となっていたのである(ななせちゃん。お元気ですか?私は今、大統領をやってますと家に手紙が来た時は腰を抜かした)。


 デパートのモニターに映し出されている映像は、そんな彼女が今年、島国を出て五年ぶりとなる来日を果たすというニュースのようだった。来日って言っても、先輩の前の国籍は日本なのだが……。こういうところが如何(いか)にも排他的(はいたてき)な日本っぽい。


 ……けど、先輩帰ってくるのか。会いたいなぁ。いや、頼み込めば先輩はきっと会ってはくれるのだろうが、会った後の私の体が心配だ。なんてたって先輩は今や世界を代表する革命家だ。先輩の活動の抑止力のために誘拐され、人質にされたって何らおかしくない(実際に先輩からこの前、先輩の国に外国から派遣された、武装した小学生スパイが送り込まれてきて、先輩の国の要人が一人誘拐されてしまったとメールが来た。どうやら子供であれば先輩が油断すると相手は思ったらしい。幸いなことに誘拐された人は無事だったようだが。しかし、小学生のスパイてなんやねん。映画でさえ見たことない世界観だ)。

 

 うん。会いたいと言った途端に意見をひっくり返すようで申し訳ないが、今はやっぱり会いたくないかもしれない。そろそろ今の大統領をやめて次の国の大統領になる目安がついたとこの前手紙で言っていたから、その間に会うことにしよう。次の国の大統領という言葉が果たしてあるのかは知らないが。


 足元を縛るピアノ線からやっと解放された私はもう一度歩き始める。

 

 が、とある駅の地下鉄の入り口の壁。そこに貼られたポスターを見つけて、その足はまたしても三歩も歩かないうちに止まってしまった。

 

 そのポスターには、今の若者が一度だって口にしない日はない、とある大人気のミュージシャンのニューアルバムの販売を知らせるポスターが、真っ赤なドレスに身を包んだ彼女の写真と共に貼られていた。


 しかし私が足を止めたのは、ご多分に漏れず私もそのミュージシャンのファンだからというだけの理由ではない。


 先輩同様、その彼女が私の知り合い、というか親友の、風祭(かざまつり)日輪(ひのわ)だったからだ。


 高校卒業後。彼女は当然のようにメジャーデビュー。そして今は別の事務所に移籍をして、ずっとしていなかった顔出しをすることで、より知名度を高めている。


 シンガーソングライターとしての活動名は『太陽と向日葵』。シンガーソングライターなのに複数形なのかと疑問に思ったが、由来はどうやら自分の名前と、ポスターの中の彼女も未だに身に着けている、あの向日葵のイヤリングが由来なんだとか。


 そしてそのポスターの隅。右下端っこには、今の彼女をプロデュースしている会社名、『納楚(のうそ)プロダクション』と、太陽のロゴと共にその名前が小さく印刷されている。この珍しい苗字の通り、これは同じくわが親友、納楚(のうそ)麗優(れいゆ)の運営する芸能事務所だ。自分の親の会社を大きくすることを夢に持っていた彼女だったが、その理由はどうやらこういうことだったらしい。いやはや麗優の日輪に対する愛は筆舌(ひつぜつ)に尽くしがたい。しかもその夢の構想は中二の時点で持っていたというのだから筆舌どころか舌を巻かずにはいられないほどだ。まぁ舌を巻くのがうまいのは私でも麗優でもなくミュージシャンの日輪の方かもしれないが。


「……みんな、私に恨みでもあるのかねぇ」


 再度、かつての知り合いに格の違いを思い知らされたせめてもの仕返しとして、私は苦笑しつつ呟いてから、今度こそ靴に仕事を促す。


 しっかし間接的ではあるが、今日は高校の時の知り合いをよく見る日だなぁ。あと見ていないのは……西条くらいか。


 ……西条、か。 


 あいつ、今頃なにしてるかなぁ。


 西条。


 高校の時の私の同級生で、推理作家。


 高校を卒業し、西条がいなくなってから、既に五年が過ぎていた。


 その間に私は高校を卒業し、結婚し、大学を卒業し、そしてなんとか就活においてはサバンナのシロアリの塚に開いている穴並みに狭き門である出版社に就職して、現在2年目の新人編集者として社会にしごかれている。作家の家まで原稿を受け取りに行き、そして会社まで運ぶという今の私の姿はまさしくシロアリならぬ働きアリそのものだ。その話をこの前先輩となった柔和(にゅうわ)先輩にしたところ「黙れ二割の蟻」と(ひょう)された。きっと新人のわりによく働くなぁと褒めてくれたのだろう。嬉しい!……そんなわけねぇか。


 なんて、大人になった今でも変わらない悪癖(あくへき)である馬鹿な事を考えている間に、私は作家の仕事場のアパートに着いていた。


 収入とは明らかに反比例している安物件の階段を上り、早速私は最上階角部屋のインターフォンを押す。


「…………」


 ……返事はない。留守のようだ。


「ってんなわけあるか」

 

 ったく。あの作家。また居留守使いやがって。あたしら編集を悪徳セールスか胡散(うさん)臭い宗教の勧誘と同列に見ていやがる。


 仕方なく私は財布を取り出し、小銭入れに入っていた『鍵』を取り出す。鍵穴に()すと当然扉は開いた。合鍵だ。こういう時のために作っているのだ。え?犯罪?法律違反?はは。ここは治外法権なのさ。


 扉を開けると早速私は締め切り破りの常習犯のアジトである奥の仕事部屋に突入——ではなく冷蔵庫のあるキッチンへと向かった。


 さっきスーパーに寄った時に買った物を奉納するためだ。御開帳するとエナジードリンク、ミントガム、スポーツドリンク、経口補給液、カロリー●イトをバンバンぶち込んでいく。なぁに気にすることはない。編集者による熱い愛情さ。


「……ま、コーヒーくらい炒れてやりますか……真デッドラインはまだ超えてないし」


 ケトルでケトケト、じゃなかった、コトコトお湯を沸かし、奴のテニスボールが描かれたコップと、ついでに同じ模様の私のコップにもインスタントコーヒーを入れる。


 テニスボール。


 その模様を見て、私はまた、ふと、思い出す。


 そうだ。あの球技大会の日。


 あの日から、私は――


「………」


 口角(こうかく)()り上がるのを自覚しながら私はコップとカロリ●メイトを持って、奴の仕事部屋の前に立ち、ノックをした。返事はない。最後の抵抗のつもりだろうが、しかし、いるのは分かっている。下駄箱に靴はなかったが、その靴はベランダに隠されていたからだ(見る人が見れば自殺したと勘違いされてもおかしくない絵面なのでビビるからやめてほしい)。

 

 容赦なく、私は扉を開けた。

 

 てっきり私に怒られるのが嫌でインターフォンもノックも無視していたのかと思っていたけれど、まぁ、靴を隠していたところから、そのきらいも少しはあったのだろうが、しかし、本気で私を(うと)んじていたわけではないらしい。

 

 ――本だらけのその部屋で、そいつは一人、ぶつぶつ、例の『|呪詛《じゅそ』』のような独り言を呟きながらパソコンに向かっていたからだ。


「………」


 瞬間、私の目には現在の彼ではなく、17歳の頃、こいつがホテルで仕事をしているのを初めて見た時の映像が映し出されていた。


 ――目も眩むような鮮やかな金髪。


 ――この世界ではない、別のどこかを見ているような、しかしどこまでも真剣な瞳。


 ――重厚なキーボードの打鍵音。


 ………ああ、そうだ。それは私の大好きな(やつ)の姿だ。そして、その光景は今もなお、変わっていない。


 三十分ほどだろうか、打鍵(だけん)が一段落するまで待って、私は横合いからコーヒー(当然冷めている)を差し出した。


「……!?『ななせ』!?何で!?鍵は変えたはずなのに!」


 やはり気付いていなかったのか、奴はフクロウみたいに首をねじってこっちを見た。アホ。この部屋とは別だが、一緒に住み始めてから既に五年間なのだ。お前の行動なんて探偵ではなくともお見通しなんだよ。


「……えっと。それで、今日はなんの御用でしょうか?編集さん。確か締め切りは一週間後でしたよね?」

「いいえ」


 私は首を振る。


 そして苦笑いを浮かべるその、今や業界を代表するような成長を遂げた推理小説家に満面の笑みを浮かべて、


「明日ですよ。『獅子ヶ谷こころ』先生」

 

 そう告げた。


 高校を卒業し、私は結婚した。


 彼は婿(むこ)入りしてきたので、私は苗字が変わることはなかった。

 

 そして私は、そんな彼の編集者となり、働いている。


『西条』という苗字が変わり、新しく『獅子ヶ谷(ししがや)こころ』となった彼の傍で。



『西条』がいなくなってから、既に五年が過ぎていた。

 


ご一読ありがとうございました!


また、最終回までお読みいただき、本当にありがとうございました!


少しでも楽しめていただけたなら幸いです!



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