1. 吹奏楽部
悠斗が高校で吹奏楽部に入部した訳は、担任の長沼先生が音楽の先生で、吹奏楽部の顧問だからという、ただそれだけの理由だった。
そのとき悠斗は、長沼先生に頼まれて音楽資料室の片付けを手伝っていた。作業しながら、BGMとして流れていた吹奏楽曲に合わせて鼻歌を歌っていたら、長沼先生が雑談っぽく話しかけてきたのだった。
「塩野は、吹奏楽は好きか?」
悠斗はあまり考えずに素直に答えた。
「ちゃんと聴いたのはこれが初めてですけど、割と好きかもです」
「そうか。じゃあ吹奏楽部に入れよ。部活、まだ決めてなかったよな?」
全く未経験者な悠斗をあまりにも気楽に誘うものだから、気楽な部活なんだろうと思ってしまったのだった。
それに、音楽系の部活なら女子が多そうだな、という下心も少しあった。
◇ ◇ ◇
悠斗の目論見は見事に外れた。
まず、練習が厳しかった。悠斗たち初心者は基礎練習がほとんどだったが、それでも練習メニューが多く、練習時間が長い上に休む暇がほとんどなかった。さらに、基礎体力作りがあるなんて知らなかった。
「これ、ほとんど運動部じゃないか」
と悠斗がぼやくと、同じ1年の翔琉は、
「あぁ、みんな最初そう言うよ」
と、涼しい顔だった。翔琉は中学でもトロンボーンを吹いていた経験者だ。
全然気楽じゃねぇな…… と、悠斗は小さくぼやき重ねた。
そして、もうひとつの目論見。
吹奏楽部の練習室に初めて入ったとき、悠斗は
「げっ!」
と声を上げそうになった。
男子が半数くらいだったのだ。
女子だって半数はいるのだから多いはずなのだが、悠斗がイメージしていたのは圧倒的女子だったので、そのギャップはとても大きかった。
特に、トランペットパートは全員が男だった。
それを見た悠斗は、自分はトランペット以外の楽器にしよう、と固く心に決めた。が、そんな決心とは裏腹に、あっと言う間にトランペットパートに入れられていた。
悠斗がトランペットになった理由も気楽だった。長沼先生が、
「塩野は、資料室で手伝ってもらってたときトランペットパート歌ってたから、トランペットが好きなんだろう」
なんて言うので、その流れでそのまま決まってしまったのだった。
確かに、音楽資料室で聴いた曲のトランペットは音色が爽やかで、悠斗自身もかなり気に入ったのは事実だった。それにしたって安直な。悠斗はさらにぼやきを重ねた。
しかし、そうは言っても、入部してトランペットになったからには、やらねばなるまい。
悠斗は練習に励んだ。初心者特有の、やればやった分だけ出来ることがどんどん増えていくのも、悠斗には大きな喜びで楽しかった。