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62、コヌルと第三課長官

馬小屋を後にしたアリアンヌたちは、小道の影に入ったところで足を止めた。


「……これでニ手目ね。」


アリアンヌは冷たい風を感じながら、外套を翻した。


「けど……大丈夫なの? あんなにあっさり協力すると言ってたけど。」


レジーナが眉を寄せる。


「吟遊詩人は“人の心の動き”に敏いのよ。私の目的が復讐だろうと、利用価値があると思えば動く。」


横でココスが腕を組んで唸る。


「でも、物語は作り手の思いどおりにならない……って、あれどういう意味?」


アリアンヌは足を止め、三人に向き直る。

その表情は笑っているのに、どこか張り詰めていた。


「たぶん、こういうことよ。

“物語が独り歩きを始めた時、真実も嘘も混ざり、誰も止められなくなる”。」

「それって……危なくない?」


レジーナが思わず声を潜める。


「危ないわ。でも、宰相グラビスを直接倒す手段は今の私にはない。

だから──物語を利用する。民の心が一度動けば、王国は動く。」


アリアンヌは空を見上げる。冬の雲が流れていた。


「ミンステルが作る歌は、おそらく物語として一気に広がるわ。

城下、農村、旅人の間──。

そこから私たちは“次の段階”に移る。」

「次の段階……?」

「証拠を集めるのよ。歌が広がれば、噂を恐れた誰かが必ず動く。

その動きを利用して、宰相の裏側を暴く。」


アリアンヌの瞳に宿る光は、決意と、わずかな迷いと──

深い静かな怒りだった。


「だから、覚悟してね。

これは、私たちが思っているよりずっと大きな戦いになる。」


レジーナとココスは息を飲む。

――復讐劇の序章は、もう終わってしまったのだ。



コヌルが街につく頃には、夜風がさらに冷たさを増していた。

城の裏門からの石畳は、昼間よりも暗く、音がやけに響く。

コヌルはフードを深くかぶり、人通りの少ない小道を歩く。


(……あの書記官。

 明らかに宰相様より“上”の命令を受けていた。

 王家の誰か……?

 それとも……別の組織?)



疑念が尽きない。

掲示板の前に着いたとき、彼女は足を止めた。

紙は全部剥がされたはずだった。

だが――

残っている

薄い紙片が、掲示板の木の隙間に挟まっていた。

風に吹かれ、今にも落ちそうな一枚。

手袋越しにそっと引き抜くと、そこには短い文が記されていた。


 《影は光より速く広がる。

  だが、光は必ず影の正体を照らす。》


その時、背後に気配が走った。


「――また会いましたね、コヌル補佐官。」


静かな声。

だが、底冷えするような“知っている者”の声。

振り返ると、そこには黒い外套を羽織った 王城諜報部・第三課の長官 が立っていた。

普段は表に出ない陰の存在。


「……第三課が動くとは珍しいですね。」

「この件、あなたが関わっていると考える者も多いので。」

「私が?」


コヌルは咄嗟に笑った。

その笑みは冷たい。


(まさか……いや、そんなはずがない。)


長官は掲示板に残された紙を一瞥した。


「噂の文言が旧事件と似ている。

 宰相様の周囲では、その可能性を警戒し始めています。」

「旧事件を再現して誰に得があるのか……」

「あなたの味方でしょう?」


言い切られた瞬間、コヌルの瞳が鋭く光った。


(どこまで私のことを知っているのかわからないが、ここまできた以上、今更隠すのも面倒くさいな。)

「……私を疑うのは勝手です。

 ですが――あなたたちは大きな勘違いを起こしています。」


長官は眉をひそめた。


「勘違い?」

「“この噂は、城の内部ではなく、外から広がっている”。

 掲示板を見ればわかるでしょう。」


彼女は紙を指で弾いた。


「城内の者がやるなら、もっと整った文章を書く。

 もっと政治的で、もっと計算されている。」

「では誰が?」

「……“子供たち” です。」


長官の目が驚きで揺れた。


「子供……?」

「王都の子供たちには、誰もが薄々感じている“違和感”を敏感に察する力があります。

 大人よりずっと、はるかに純粋にね。」


風が二人の外套を揺らす。


「問題は――

 “なぜ子供たちが同じ文言を口にしているのか”ですよ。」


長官は息を呑む。


「その文言を子供たちに教えた“語り手”がいるということか。」

「はい。」


コヌルは静かにうなずく。


「その語り手が“詩人”なのか、別の者なの火はわかりませんが。

 けれど……この噂は自然発生ではない。」


長官は腕を組んだ。


「では、あなたは語り手を探している?」

「当然です。」

「宰相様からの指示で?」


コヌルは一瞬だけ目を伏せた。

そのわずかな沈黙を、長官は聞き逃さなかった。


「……なるほど。

 宰相様は、まだこの件を完全には知らされていない。」


コヌルの睫毛がわずかに震える。

長官は息をついた。


「上層部は、“宰相様への報告を制限しろ”と言っている。

 つまり……宰相様は既に“疑われている側”だ。」


その言葉に、コヌルはほんの一瞬だけ拳を握りしめた。もちろん演技で。


「そんな……馬鹿げています。」

「事実です、コヌル補佐官。

 あなたの忠誠心とは関係なく、政治は動き始めている。」


長官は背を向けた。


「語り手を探すのは、我々第三課の役目です。

 あなたは手を引きなさい。」

「断ります。」


ピタリと長官の足が止まる。

コヌルは真っすぐに言った。

長官は振り返らないまま、低く呟いた。


「……あなたは危険です、コヌル。

 誰よりも。」


そして夜へ消えていった。

残されたコヌルは深く息を吐いた。


(……どの勢力が噂を利用している?

 そして――子供たちを使っている“語り手”は、誰?)


彼女は掲示板を見上げた。

月の光が、紙片の文字を照らす。


 《影は光より速く広がる。

  だが、光は必ず影の正体を照らす。》

「……照らされる前に、こちらで掴む。」


外套を翻し、コヌルは夜の街へと歩き出した。



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