59、宰相の正夢
一応調査のために全ての掲示板の紙を剥がしておく。
そして紙を懐にしまい、軽く礼をしてその場を離れようとした時、1人の少年が掲示板の前に立ち、指を刺しながら言った。
「ねぇ、これって本当なの?」
その声が静まり返った通りに響いた。
誰も答えない。
「『真実は、沈黙を恐れる者の手で潰される』って書いてあるよ?」
(きっと私が先ほど剥がした紙の中の一つに書いてあった文章だろう。)
自分は一体なんと答えるのが正解なのだろうか。
コヌルは考えた末、こう答えることにした。
「今、どちらが正しいのかを調べるために調査中です。」
「お母さんが言ってたよ。
国は民を騙して都合のいいことしか言わないから信用するなって。」
「坊や!」
場が凍りつくのを感じた。
「失礼な!」
掲示板の前に立っていた補佐官が叫ぶ。
「その口を慎め!
我々は宰相の補佐官だぞ!
その気になれば皇室の顔に泥を塗る子供の首を切 り落とせるくらいの権力がある。」
「申し訳ありません、補佐官様。
この子はまだ幼いのです。お許しください。」
子供の母親と思われる人物は、おでこから血が出る勢いで地面に向かって頭を下げた。
「ど、どうか顔をあげてください。
あ、貴方も今ここでむやみに騒ぎを起こしては、それこそ皇室の顔に泥を塗る行為なのではないでしょうか?」
「……行くぞ。」
コヌルは慌ててついていくような素振りを見せながら、後ろの空気感を背中で感じた。まるで裁判中のようだが、最初の処刑場のような重さに比べればマシになった方だろう。後はこちらがどれだけ首を出そうが空気が悪くなるだけだ。
(さぁ、アリアンヌ。ここからどうする。)
宰相の執務室に戻ってきたコヌルは、収穫を共有するために机の上に資料を並べた。ざっと目を通して規則性や暗号、暗示などがないか調べてみたが、それらしい物は見当たらない。しかも、数週間前も張り紙の規制をしていたにもかかわらず、噂は広まり続けている。
(どういうことだ?次から次に噂が広まる。)
「うーん、まだわかんないねぇ。」
「すみません、まだ掴めていない情報が多く。」
「いや、いいんだよ。ひとまず子供がかなり影響してそうだね。とすると、次はその原因を調べておくれ。」
「わかりました。」
その夜、王城の最上階ー”瑠璃の回廊”と呼ばれる廊下に、灯りが一つだけ揺れていた。宰相グラビスは重い足取りで歩きながら、風を切らずに手紙を見つめていた。
王妃の印章
それが意味するのは「絶対」だった。
「ついに、、、動かれるおつもりか。」
蝋燭の炎が、彼の額の汗を照らす。
彼は誰もいない回廊で見えない誰かに語りかけるように歩きまわっていた。
「王妃陛下……私は陛下のために全てをかけたのですぞ。」
声は震えていた。
だがその震えは恐怖ではない。
“疑念”だった。
ーなぜ私の知らないところで噂が広まっている?
ーなぜ陛下は沈黙を貫く?
ーこの手紙の中身を私は確かめていいのだろうか?
彼の指先が蝋燭に触れた瞬間
ぱち、と音がした。
ロウが割れたのではない。
空気が、変わったのだ。
視界がぼやける。
目の前に、淡い光が浮かぶ。
ーー王妃が微笑んでいる。
「……陛下?」
その幻はあまりにも美しく、現実よりも現実的だった。
あの日と同じ微笑。
“貴方が必要”と口だけが動いた。
「……陛下、私は!」
手が震える。
彼の胸に、かつて感じた感情が蘇る。
「陛下!」
自分の声の大きさにびっくりして目を覚ます。
きっと、執務室でコヌルと会った後に、疲れて寝落ちしてしまったのだろう。
(嫌な夢を見た……あれは何年前の出来事だっただろうか。




