51、嘘か誠実か
翌朝の王宮は、まるで何事もなかったように穏やかだった。
薄い霧が回廊を包み、陽光は大理石の床に金糸のような筋を描いている。
侍女たちの足音が遠ざかるたび、世界が少しずつ静寂へと沈んでいった。
コヌルはゆっくりと歩いていた。
絹のドレスの裾が床を撫で、香水の甘い香りが通路を満たす。
――だが、その目は決して笑っていなかった。
彼女の目的は一つ。
宰相グラビスに最も近い存在、王妃イザベラに取り入ること。
「待っていたぞ。サラ。」
銀の扉の向こうから、柔らかな声が響いた。
その声の主――王妃ルシエンヌは、まるで氷に咲く薔薇のように冷たく美しかった。
「アリアンヌの紹介であるそうだな?」
「はい、陛下。」
コヌルは完璧な礼をしながら、微笑を浮かべる。
ちなみに「サラ」という名はありアンヌの考えた偽名だ。この国ではありふれているため、覚えやすく忘れ易い。
イザベラは微かに笑い、白い指で香茶のカップを持ち上げた。
「そちらの噂は聞いている。頭の切れる子だと。…宰相グラビスも気に入っているそうだな。」
その名を聞いた瞬間、アリアンヌの指先がほんのわずかに震えた。
だが笑顔は崩さない。
「恐れ多いことです。」
王妃は紅茶を口にし、しばし沈黙ののち、囁くように言った。
「この国にはな、忠誠よりも“嘘”の方が価値がある。」
「……嘘、ですか?」
「ええ。誠実な者ほど先に死ぬ。そなたも、うまく嘘をつける女になりなさい。」
嘘だと?そんなもの、今更言われるまでもなく身に叩き込まれている。
「心得ます、陛下。」
コヌルは微笑む。
「私もこの王宮では、死にたいより、殺したい精神で生きておりますもの。」
王妃が一瞬だけ眉を動かす。
だが、すぐに冷たい笑みを浮かべた。
「面白い子だ。……気に入った。宰相の執務室で働く許可を出しておく。」
こんなに簡単に入れるものなのか?
これは警戒するべきか、それともヴァロワ家の影響の多さに感心すべきか。
、、、きっと前者であろう。
コヌルは深く礼をして退室した。
扉が閉まる音と同時に、王妃は紅茶のカップを静かに置く。
「――あの子、目が似てるわね。」
「誰にでございますか、陛下?」
侍女の問いに、王妃は遠くを見つめながら答えた。
「亡き王だ。」
一方その頃、王宮の外では――
アリアンヌが黒い外套を羽織り、民衆の群れの中に立っていた。
その手には一枚のビラ。そこには大きく書かれている。
《宰相グラビスの贅を見よ――民の血で染めた金杯を掲げる偽りの忠臣》
「さて……始めましょうか。2人とも。」
赤い唇が、夜明けの光の中で笑った。
そして――
王都を覆う風は、確かに“変革”の匂いを帯び始めていた。




