50、計画じゃないくて戦略
空気が張り詰めた。
古びた離れの壁に、風のすき間から笛のような音が鳴る。
それはまるで、四人の密談を聞きつけた夜が、ひっそりと息をひそめているかのようだった。
アリアンヌが唇に指を当てる。
「……扇動。いい響きね。」
「褒め言葉と取っておく。」
コヌルは笑った。だがその笑みは鋭く、赤い口紅の端に刃を仕込んだような危うさがあった。
「民衆は今、不満を抱えてる。
増税、飢饉、王都の腐敗。
でもそれを“誰のせいか”までは考えていない。
私がそれを“宰相のせい”にしてあげるのよ。」
「危険だな。」
ココスが初めて口を開いた。
彼女の声は低く、戦場の砂を噛むような乾いた響きだった。
「危険を恐れていては、革命も正義も始まらないわ。」
アリアンヌの瞳が細く光る。
「この国を変えるためには、少しぐらい血の匂いがしても構わない。」
レジーナが顔をしかめた。
「……アリアンヌ、それって本当に“正義”なの?」
アリアンヌはゆっくりと彼女を見つめ、そして微笑んだ。
「正義なんて、勝った側が決めるものよ。」
言葉が落ちた瞬間、誰も口を開けなかった。
ランプの火がひときわ強く揺らめき、アリアンヌの影が壁に長く伸びる。
沈黙を破ったのは、ココスだった。
「で? その“勝つ側”の計画、もう一歩踏み込んで聞いていい?」
アリアンヌは立ち上がり、机に広げた地図を指でなぞる。
「まず、宰相が支配している三つの要。王都議会、国庫、そして教会。
この三つを同時に崩す。――表と裏、両面から。」
「裏は私とココス。表は……コヌルだね。」
レジーナが静かに言った。
アリアンヌは頷く。
「ええ。王妃の信任を得て、彼の側近として潜り込むわ。内側から始めるの。」
その言葉に、コヌルが鼻で笑った。
「随分と計画を作り込んだんだな。。」
「計画じゃないわ、戦略よ。」
アリアンヌの声は冷たく、確信に満ちていた。
彼女の目の奥で、火が灯る。
「あ、コヌルに伝えたいことがあるのだけれど。」
「なんだ?」
「もしも、宰相に殺されそうになったら、その前に宰相のことを殺してきてね。」
「……なんだって?」
「こんなことのために死なないでね、って言いたいのよ。死にたいよりも殺したい精神で行きなさい。」
その瞬間、アリアンヌの微笑は完璧に整った仮面へと変わった。
誰も笑わなかった。
それが冗談ではないと、全員が理解していたからだ。
「どうやったら、こんな女の子ができるのだろうか。
アリアンヌの家族に会ってみたいな」
レジーナが呟くと、それにココスが返した。
「やめておきな。
君じゃ耐えられないほど、みんな強い」
「強い?どういうこと?」
外では、遠くで鐘の音が鳴った。
夜は深まる。




