43、成長期
昼休みの教室。
笑い声の中心には、三人組。机の上にはひらかれたノート、床には落とされた紙片。
ソフィーはその紙片を拾い集めていた。
何も言わず、無表情で、うつむいたまま。
笑い声が一段と大きくなる。
「レジーナ、あんたまたあの子庇うの?」
アリアンヌが軽く言った。挑発というより、面白がるような口調。今、アリアンヌとレジーナは学園の教室前の廊下にいる。
レジーナは窓辺に肘をつき、淡々と答えた。
「庇うってほどでもないよ。ただ、無駄な時間を使うのが嫌いなだけ。そんなことしても成績は上がらないし、先生に見つかったら減点だし。」
その言葉は冷静で、アリアンヌには反論の余地がない。
――数日後。
掃除の時間、モップを持ったソフィーが廊下で転んだ。
誰かがわざと水をこぼしていたのだ。
笑いが起きる。
レジーナはそれを見て、内心ため息をつきながら手を差し伸べた。
「大丈夫?早く立ちな。濡れると後始末が面倒だよ」
ソフィーが顔を上げる。その顔は、水で濡れていた。
――それでも、彼女の目笑っていた。
その笑顔が、レジーナの胸に刺さった。
なぜ、そんな顔をするの。
なぜ、そんな風に「平気です」なんていう目をするの。
翌日、また同じような光景があった。
誰かが机を揺らし、誰かが嘲り笑い、誰かは見て見ぬふり。
――その誰かの中に、自分も入りかけている。
レジーナは、ノートを閉じた。
理性が冷静に告げる。
「巻き込まれるだけだ」
「余計な争いは避けるべきだ」
――それでも、胸の奥が焼けるように熱かった。
次の瞬間、立ち上がっていた。
「もうやめなさいよ」
声が、教室の空気を切り裂いた。
誰もが振り返る。レジーナは机の前に立ち、睨むように言い放った。
「くだらない。そんなことで笑って、何が楽しいの? ――恥ずかしくないの?」
できるだけアリアンヌ様の真似をする。
そうしないと多分自分の今の冷静さを保てない。
沈黙。
誰もが口を閉じ、視線を逸らす。
レジーナは深く息を吸い、ソフィーの方を向いた。
「行こう」
その言葉に、ソフィーは小さく頷いた。
――その瞬間、レジーナは気づく。
自分が「助けたい」と思ったのは、正しさのためじゃない。
本気で、心から、理屈抜きで――この不正が許せなかったのだと。
「そろそろ蕾が花開く成長期なのかしら。」
それを廊下からちゃっかり見ていたアリアンヌはしみじみという。
アリアンヌの独り言に気づいたのか、すぐそばで腕を組んでいたココスが鼻で笑った。
「成長、ね。だがあれはまだ芽吹いたばかりの小さな花にすぎん。……嵐が来れば、簡単に折れるだろう」
「ふふ、そうかしら?」
アリアンヌは片目を細めて彼女を見上げる。
「折れるかどうかは、嵐の中でこそ試されるものよ。――むしろ私は楽しみなの。彼女が次にどんな選択をするか」
広場では、レジーナが群衆をかき分けて進んでいた。
道を開ける上級生たちの視線は、もはや威圧ではなく畏怖と尊敬を半分ずつ帯びている。
「“弱きを助ける”……か。言うのは簡単だが、実行するのは骨が折れる。私は嫌だ。」
ココスは呟き、瞳を細める。
彼女にしては珍しく、そこに揶揄よりも興味が勝っていた。




