16、サロンにて
サロンで、いつもの4人組アリアンヌ、レオ、レジーナ、マルクは集まっていた。
いつもと違うところと言えば、サロンの片隅、机の上には分厚い脚本と、折り畳まれた舞台図面が広げられていたことだろうか。
アリアンヌは椅子に座り、真剣な眼差しで三人を見渡す。
「――まず、確認させてください。今回やるのは『鏡の間』です。これはエリザベートが自分自身と向き合い、運命を突きつけられる大場面。観客を一気に引き込めなければ失敗になります」
アリアンヌの豆知識!
・エリザベートの『鏡の間』について
「エリザベート」の鏡の間は、エリザベートが自分の人生について葛藤する場面です。孤独を感じながらも、非現実的な美しさを感じます。
レジーナが笑みを浮かべて、視線を落とした。
「本当に、私たちの規模でやって大丈夫でしょうか。あれはトップが歌い上げる大ナンバー……」
アリアンヌはすぐに首を横に振る。
「規模なんて関係ないわ。舞台の大きさじゃなくて、心の大きさで見せればいい。私たちは“真似”をするんじゃなくて、“自分たちの鏡の間”を作るの」
「というか、絶対アリアンヌ様がやったほうがいいですよ。エリザベート。」
レジーナが不満そうにいう。
「私はいいわ。」
アリアンヌが答えた。
レオが顎に手を当て、真剣な表情で考え込んだ。
「そうなると、演出を大きく変える必要があるな。照明を抑えて、歌よりも対話を重視する、とか」
「その通りよ」
アリアンヌが即答する。
「レジーナがエリザベート役をやるのは決定。じゃあ、俺とマルクはどちらかがトートを、どちらかがヨーゼフ一世をやればいいんだな。アリアンヌ、どちらが良いと思う?」
レオがアリアンヌに尋ねる。
「レオはトート、マルクはヨーゼフ一世よ。」
「わかった」
レオの声に迷いはなかった。
「姿勢、視線、立ち位置……小さな違いが、観客に“彼女は一人ではない、でも決して救われない”という印象を与えるの。あなた達にしかできない役割よ」
レジーナが驚いたように顔を上げる。
「期待しすぎでは?
……本当にできるでしょうか? 私に、エリザベートを背負うだけの力が」
アリアンヌはふっと微笑んだ。
「不安になるのは当然よ。でも、だからこそ挑戦する価値がある。鏡に映るのは“本当のあなた”よ。嘘をつかず、心を剥き出しにして――それで十分」
静かな稽古場に、一瞬だけ沈黙が落ちた。
だがその沈黙は、確かな決意を育てるものだった。
レオが小さく息を吐き、口角を上げる。
「……いいだろう。やってみようじゃないか。俺たちだけの“鏡の間”を」
マルクも短く頷いた。
「なら、腹を括る」
レジーナは深呼吸をして、脚本を胸に抱きしめる。
「……わかりました。全力でやります」
アリアンヌの瞳が、喜びにわずかに輝いた。
「それでこそ。――さぁ、最初の立ち位置から確認していきましょう」
机の上の図面に、三人の影が落ちる。
その小さな稽古場で、新しい「鏡の間」が静かに形を取り始めた。