12、情報監の娘
舞踏会の熱気が少し冷めた頃、レジーナは庭園の石畳を一人歩いていた。
夜風が、冷えた肌に心地よい。
誰もいない静けさの中で、彼女は胸元の赤いワインの染みを見下ろした。
もう乾き始めていたが、完全には消えていない。
「まだ怒っていないのかい? あれほど屈辱的な目にあったのに」
その声は、背後から静かに届いた。
振り向くと、そこにいたのは――情報監の娘ココス・タルマンだった。
無表情なその顔に、感情は読み取れない。ただ、鋭い瞳だけが彼女を捉えていた。
「怒ることに意味があるなら、とっくに怒ってるわ」
「意味……ね。合理的な答えだ。だが、そういう人は往々にして、世界を変える」
レジーナは眉をひそめた。「褒め言葉のつもり?」
「事実だよ。あなたは気づいていないようだけど、もう周囲はあなたを恐れている。ヴァロワ公爵家がバックについていることも知ってしまったしね。」
ココスはゆっくりと歩み寄り、月光の下で立ち止まった。
「だが、覚えておくといい。偉大なことを成し遂げるのは、力でも才能でもない。
それは、執念だ。」
レジーナは、その言葉に目を細める。
「執念?」
「そう。愚かだと思われようと、狂気だと笑われようと、ただ一つの目的のために立ち続ける者が――最後に“本当の意味で”勝つ」
「それがあなた?」
「いや。私はそうなる者を見つける立場にあるだけ。そして……あなたは、その可能性がある」
風が揺れる。遠くで舞踏会の音がまだ聞こえていた。
レジーナは目を閉じて一つ、息を吸う。
胸の奥にある小さな火が、今、確かに燃えていることを感じながら。
「なら、見ていなさい」
彼女は言った。
「私は、あの仮面だらけの世界を、裏からでも、正面からでも、ひっくり返してみせる」
「執念で、ね」
ココスの口元が、わずかにほころんだ。それは、初めて見せた人間らしい表情だった。
「その言葉、記録しておくよ」
その頃、アリアンヌはレジーナ探しで忙しかったという。(レオは、アリアンに探しに忙しかったです。)