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第一話:傲慢なる追放

埃っぽい個室に冷え切った空気が満ちていた。テーブルを挟んで向かい合うのは、かつて俺が心血を注いで育て上げたS級パーティー【暁の剣】の面々。リーダーのライアス、赤毛が特徴的な剣士。魔術師のエリス、氷のような瞳の美女。そして、回復師のセーニャ、常に俯きがちな少女。

「ザック、お前は今日でこのパーティーを抜けてもらう」

ライアスの声は、かつて俺が彼らに伝授した、冷静な判断力を体現しているかのようだった。だが、その声に含まれるのは冷静さではなく、侮蔑と、微かな苛立ち。まるで、長年飼い慣らした獣を捨てるかのような響きだった。

俺の名前はザック。賢者。あるいは、そう呼ばれていた存在だ。

「…冗談だろ、ライアス」

俺は眉をひそめた。冗談にしては悪趣味すぎる。この【暁の剣】は、紛れもない俺の作品だ。いや、作品というには語弊がある。俺が彼らの才能を見抜き、育て、そして何よりも圧倒的な知識と無限にも近い魔力、そしてあらゆる法則を書き換える多種多様な魔法を惜しみなく注ぎ込んだからこそ、S級という頂点に立つことができたのだ。それは俺が一番よく知っているし、彼らも肌で感じていたはずだった。

「冗談ではない」

ライアスは冷淡に言い放つ。「お前はもう必要ないんだ、ザック。お前の魔法は派手なだけで小回りが利かないし、戦略もいつも回りくどい。俺たちの実力が上がった今、お前みたいな『お荷物』は足手まといでしかない」

ライアスが言う「派手な魔法」とは、俺が編み出した広範囲殲滅魔法のことだろう。一撃でダンジョンの階層を吹き飛ばすその威力は、確かに派手だ。だが、そのおかげで、彼らは無駄な消耗をせずに済んだ。彼の言う「回りくどい戦略」は、未来予測と魔力流動の解析、そして地形の完璧な把握に基づいた、最も効率的で被害の少ない攻略法のことだ。それまで他のパーティーが何日もかけていたダンジョンを、俺は数時間でクリアさせてきた。

エリスがそれに続く。彼女はかつて、初歩的な火球魔法しか使えない劣等生だった。俺は彼女の隠れた才能を見抜き、魔法を教えた。

「そうよ、ザック。最近はあなたがいなくても、私たちが十分戦えるようになったわ。あなたの詠唱は長くて、戦闘のテンポを悪くするだけだもの」

彼女が今、魔法を詠唱する際のあの流麗な動きは、俺が何百時間もかけて指導したものだ。俺が編み出した無詠唱魔法の基礎を教えようとした時、彼女は「そんなものは危険だ」と一蹴したくせに。

そして、セーニャが俯いたまま、か細い声で付け加えた。彼女は生まれつき病弱で、回復魔法の才能も平均以下だった。それでも、諦めずに努力する姿に心を打たれ、俺は彼女に回復魔法を叩き込んだ。結果、彼女は今や、並の回復師では追いつけないほどの回復量を得た。

「その…回復魔法も、最近は私が…十分、賄えてきていますから…」

彼女が顔を上げたその目に、俺は微かな怯えと、そして何よりも安堵の色を見た。俺という重荷から解放されることへの安堵か。

──お荷物? 足手まとい?

俺は思わず、鼻で笑った。それは嘲笑でもなければ、皮肉でもない。ただ純粋な、呆れと愚かさへの憐憫だった。

「勘違いするな、ライアス。お前らがS級パーティーになれたのは、俺がいたからだ。ダンジョンの構造、魔物の弱点、危険度…全て俺が予測し、攻略法を編み出した。お前が振り回しているその剣も、エリスが唱える魔法も、セーニャの回復魔法だって、俺が最適なタイミングを指示したからこそ、最大限の力を発揮できたんだぞ?」

俺の声には、怒りよりも冷徹な真実が宿っていた。彼らは俺の存在を、あまりにも軽んじている。いや、軽んじているのではない。彼らは理解しようとしなかったのだ。俺が与える情報や指示を、ただの「便利な道具」としか見ていなかった。その深淵にある理論や、俺が費やした労力など、彼らには微塵も想像できなかったのだろう。

「俺がいなきゃ、お前らは終わりだ。もう一度、地の底に落ちるぞ」

だが、ライアスの表情は変わらない。どこか自信に満ちた、いや、傲慢な笑みが浮かんでいた。

「強がりはよせ。お前はただの賢者だ。俺たちの成長についてこれなくなっただけだろう。お前の知識とやらも、もう古いんだよ」

その言葉に、俺は初めて微かな怒りを覚えた。古い? 俺の知識が? 俺は遥か古代の魔導大図書館の全書物を読み破り、失われた魔法の数々を再現し、新しい理論を構築してきたのだ。彼らが今使っている技術のほとんどは、俺が数日前に教えたばかりの、最新の応用技術だというのに。

その時、ギルドマスターが部屋に入ってきた。彼の手には、見慣れない契約書が握られている。

「ザック殿、残念ながら、あなたと【暁の剣】のパーティー契約は、本日をもって解除されます。賢者ギルドからも、これまでの度重なる警告に従わなかったことを理由に、追放処分となります」

「度重なる警告だと?」俺は目を細めた。警告など、一度も受けた覚えがない。

「はい、例えば、魔力消費の多い派手な魔法を多用し、周囲に被害を及ぼした件。また、他のパーティーへの無用な干渉、そして…」

ギルドマスターは言葉を濁したが、その視線はライアスたちへと向かっていた。これは完全に仕組まれたものだ。俺が【暁の剣】にいたことで、他のパーティーが活躍する機会が減り、ギルドの利益が偏るのを嫌った上層部と、俺の存在を疎ましく思ったライアスたちが結託したのだろう。

そうか、そういうことか。俺は彼らに利用されるだけ利用され、不要と判断された途端、ゴミのように捨てられたわけだ。

契約書にサインしろとペンを突き出され、俺は無表情でそれを受け取った。

「…分かった。サインしよう」

俺は契約書に目を走らせた。賢者ギルドからの追放。ギルド登録の抹消。これにより、俺はこの国で冒険者としての活動はできなくなる。加えて、これまでの功績によって得た恩恵、特に王都に与えられた賢者専用の屋敷も没収されることになっていた。

「だが、一つだけ言っておく。この国は、いや、お前らは、いずれ俺の真価を知ることになる。その時、後悔しても遅い」

俺はペンを走らせ、迷いなく署名した。ギルドマスターは安堵の息を漏らし、ライアスたちは薄い笑みを浮かべていた。

その日のうちに、俺は賢者ギルドからも追放され、宿も失った。長年住み慣れた王都を後にし、身一つで西へと歩き出した。かつてのパーティーメンバーからの、裏切りと冷酷な眼差しが、網膜に焼き付いているかのようだ。だが、後悔はなかった。俺を理解できない愚か者どもに、力を貸す必要はない。

王都を出て数日、たどり着いたのは、地図にも載っていないような小さな村だった。木造りの家々は古び、畑は荒れ放題。村人たちの顔には、諦めと不安の色が濃く浮かんでいる。魔物の襲撃に怯え、希望とは程遠い光景だ。

「まさか、こんな場所が…」

思わず言葉が漏れたその時、村の奥、森の深淵から一筋の光が空へと昇っていくのが見えた。同時に、大地が微かに震え、得体の知れない強大な魔力の波動が俺の肌を粟立たせる。それは、これまで俺が感じたことのないほど膨大で、そして、どこか懐かしい響きを持っていた。

それは、まるで何かが目覚める音だった。いや、俺の中で、あるいはこの世界の中で、ずっと眠っていた真の力が呼び覚まされるような感覚だ。

俺はかつて、数多の文献を読み漁り、ある仮説を立てていた。この世界の魔力の根源には、未だ知られざる巨大な『源流』が存在し、それが特定の条件下で活性化するというものだ。もし、今感じた魔力の奔流がその『源流』の覚醒だとすれば、この小さな村こそが、俺の、そしてこの世界の運命を変える場所となるかもしれない。

俺を追放した愚か者どもよ。お前らが気づかなかった俺の真価を、この場所で証明してやる。そして、その結果を、必ずお前らに見せつけてやる。

俺は、王都を背に、ゆっくりと、光が昇る方角へと足を踏み出した。その足取りには、絶望ではなく、確かな期待と、そして決意が満ちていた。

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