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すべてから忘れ去られた悪魔の愛し子はその指先に秘密と甘くまろやかな愛をうける〜欲しがられていたのは姉ではなかった、と悪魔たちはもうしてます〜

作者: リーシャ

夢の中はいつも甘美で。


ただ、ひたすらに受け身でいられる。


「旦那様、会いたかったです」


そう紡ぐと彼は溶けそうな程美しいかんばせをこちらへ向けてくれる。


「可哀想なナサリー。その可哀想なところがとっても可愛いんだけどね」


話し方は少年っぽい男は、髪型をひとつ縛りにして後ろに流している容姿をしていた。


頭一つ分どころか二つ分大きい体格なのに、雰囲気は子犬のようだ。


しかし、愛の伝え方はまるで竜のように深い。


ナサリーの国、または世界では悪魔による愛し子というものが存在していた。


ナサリーの姉、メンフィスは悪魔子爵という、悪魔の序列でいう中位の爵位を持つ者だった。


子爵という、平民の立ち位置にある一般で家庭のうちにとっては玉の輿扱いだ。


メンフィスが愛し子として選ばれたのは凡そ五年前。


当時姉は十四歳。


一つ違いの姉はもう直ぐ二十歳になる。


二十歳になると、悪魔が愛し子を迎えに来るのだ。


「あと、一年でお迎えに来てくださるんですよね?」


早く、と気持ちが急ぐ。


(私も、早くノビス様の妻になりたい)


胸が張り裂けそうなほど辛い。


ノビスは悪魔で、ナサリーは彼の愛し子と教えられてから、彼と毎日こうやって逢瀬を重ねていた。


キスばかりで肝心の、唇には焦らすように触れてくれない。


ほしいのに。


それが、不安になる。


が、ノビスは不安をたいそう味わうタチらしく、今の状態が好ましいと言うのだ。


不安になる要素は幾つかある。


うちは一般家庭。


普通の家。


普通の家なのに普通ではない要素がある。


子供は姉妹のみ。


その二人は二人とも、悪魔の愛し子だ。


姉は子爵、妹はまだ教えてくれないので分からない。


妹に悪魔が囁いていることは誰も知らない。


里帰りは、許されるとのことは聞いている。


姉は悪魔の愛し子に選ばれてからというもの、まるで王族のように振る舞うようになった。


両親も愛し子に選ばれた姉を自慢に思っているらしく、近所中に優越感ゆえに吹聴し続けている。


悪魔に嫁げば、今後約束された人生を送れる。


ナサリーの国ではそう言われている。


それと、国から悪魔の愛し子の制度があり、選ばれれば報奨金が貰えるのだ。


だからこそ、一般家庭の我が家は姉を担ぎ上げる。


ナサリーにもメンフィスに礼を言えだとか、常に姉が持て囃される環境が出来上がっていた。


その間、第二子の妹は放置。


十三の時から。


その時から、ナサリーの夢にお前の未来の夫だと名乗る悪魔が現れた。


「ナサリー、君は凄いんだ。悪魔達がナサリーを愛し子にしたくて、一時は大乱闘だったんだよ」


どうやら、彼によるとナサリーは愛し子の中でも悪魔にとって、とても欲しがられる程モテたらしい。


実際、それを見てないナサリーは首を傾げるしかない。


二十歳になったら、秘密を一つ教えてあげるよと囁かれていた。


そうして、夢が切り離される。



起きて居間に向かうと、趣味の悪い調度品が並ぶ廊下を進む。


国からお金が支給されてからというもの、ナサリー以外の身内の支出が目に余る。


無駄に派手だ。


絶対にかもにされているところもあるはず。


そこは、貯めておくべきだと思うのだ。


ナサリーは、国から受けられる対象から外れる予定をしているし。


悪魔からの金品も、渡さないようにずっと頼んでいるので、渡されることはないし。


笑う口元は、今夜もノビスと会えることだけを思って作られたもの。


居間に入ると、姉が無駄に豪華な服を着てお菓子を食べていた。


「ナサリー、早くこれを食べて」


姉が嫌いなものだったらしく、こちらへ押し付けてきた。


溜め息を吐き、仕方なく食べる。


食べなかったら彼女が大袈裟に両親へ言い募って、ナサリーが叱られることは経験済み。


同じ血を分けている筈のメンフィスは、こちらをもう、妹とも思ってないだろう。


ナサリーも姉とは思ってないので、お互い様だ。


食べ終えると、彼女は菓子の欠片のついた指先をこっちの服の端に擦り付けた。


頬が引き攣る。


どうせ訴えても服くらい買い直せと言われるだけだ。


そういう問題ではないと言っても、もう常識は通じないだろうな。





姉の二十歳の誕生日は盛大だった。


悪魔の愛し子として知らぬものは、付近には居ない。


悪魔が今日迎えに来るらしい。


「私の可愛い娘、どうか幸せにね」


空っぽの台本を見ている気分だった。


三人の家族が身を寄せ合い、抱擁。


そこにナサリーは呼ばれない。


遂にその瞬間が来た。


近所の人達に見守られながら現れた悪魔子爵。


「子爵様」


「迎えに来た」


(やっぱり、変)


子爵から甘やかな空気が感じられない。


どこか空返事。


ナサリーの悪魔は、あんなに愛してくれているというのに。


個人差ってやつなのか。


「行くぞ」


悪魔の居る国の馬なのか、漆黒の禍々しい、筋骨隆々とした生物が引く馬車が現れる。


顔にも、姉を見る目にも恋焦がれる熱が見受けられない。


こちらをチラリと見た時の悪魔と、目が合う。


(え、目が)


悪魔の瞳に情熱が垣間見える。


『大乱闘』


ノビスの言葉がよみがえる。


(あれは、真実?)


厳粛に、厳かに馬車は去っていく。


ぽかんとしていたナサリー。


その記憶は一年経過しても、変わらなかった。


残りの一年は目も当てられなかった。


両親は、せめて姉が嫁ぐまで純真でいようというつもりだったのか、特にお金を使用しすぎるくらいのことしかしなかったのだが、姉が居なくなった途端、ギャンブルに走る。


元々下手だったらしい。


どんどんプラスよりもマイナスが現実を帯びてきた支出。


二十歳の誕生日を迎える頃には、両親は家に借金を背負わせていた。


それに対して、多額で売られることになるナサリー。


どこかの愛人として売られるらしいと知った時、ギャンブルにハマった時から警戒していたので、国を出た。


悪魔にたっぷりの愛情を貰っていたので、両親の愛や情などとっくに捨て去っていたのだ。


国を捨てるのはいとも簡単である。


この身はノビスのもの。


他の誰のものになるつもりは毛頭ない。


逃げ出せたのも、愛人云々のことも全て悪魔情報だったが、こちらもしっかり裏を取り事実確認をした。


探偵を雇って確認したので間違いなく、ナサリーは親に売られる予定をしている。


そのせいか、逃げないように擦り寄ってきた両親に(ああ……この人たちは、怪物だ)と皮肉にも人間だと思えなくなった。


彼らの日頃の行いである。


国境を越えたのは五日後だった。


今日が誕生日だ。


一人でケーキを買って蝋燭に火を灯す。


「波瀾万丈な人生ね」


食べ終えて、一人満足しているとドアがノックされる。


追手かもと、購入しておいたライフルを手に取る。


「誰ですか」


「ノビスだ。物騒なものをしまってくれ」


微かに開けながら、引き金に指をかけて本人から確認。


「ノビス様……明日来るのかと。昨日なにも言ってなかったので、てっきり」


「驚かせようと思ってね。驚いた?」


「ええ。まぁ」


部屋に招き入れたノビスはライフルを見て、かっこいいねと褒めてくれる。


「追手が来たら詰みなので」


「もう心配ないよ。さて、じゃあ、行こうか?来てくれるんだよね」


初めて彼の不安を感じ取った。


「はい。しっかり、ちゃんと行きます」


「ふう、良かった。心を変えられたらとドキドキしたよ」


「ノビス様もドキドキするのですか?意外というか」


「それはそうだよ。なんたって、凄く好きな子に振られるってことは、僕にとって死活問題なんだから」


ノビスは、ナサリーの決して綺麗ではない手を、離さないというくらいの握力で握りしめる。


ちょっと痛いけど、それだけ逃したくないという気持ちの裏返しかと思えば、可愛い。


「ノビス様、分かってますよね。お約束の唇へのキス」


「え、いや、えーっと、挙式で初めてのキスをしたい」


夢と違って、なんだか押しに弱い。


「なるほど。では、今日は二十歳のプレゼントで、挙式は真実のキスということで」


どうしても欲しかった。


「私は七年も待ちました」


「僕は十年」


「なんだかズレを感じますが、いいですよ」


疑問が浮かぶが今は些細なことである。


とりあえず目を閉じて待つ。


手はこちらからもがっちり掴んでいる。


向こうの握力が意図的に緩み、瞬時にギュッとした。


逃げられまいと観念したのか、羽のような軽いものが唇を攫う。


「……わぁ」


目を開けると、冬の到来のように顔を赤くした悪魔がお目見え。


「見ないで欲しい。夢だと余裕だったのは、謝る」


「ふふ。いいじゃないですか」


頭を逆にポンポンと撫でてあげた。


「ぼ、僕の方が年上なのに、年下扱いしないでくれ」


今までナサリーを人間扱いして、格上の悪魔ぶっていた男の台詞だとは思えない。


「よしよし、よしよし」


嫌がるならば、やり続けよう。


「ノビス様は、可哀想で可愛いのがいいのですよね?私もノビス様の翻弄されて可愛いのが、堪りません」


「仕返し?仕返しなの?」


聞いてくるがその質問には絶対に答えず、笑みを浮かべた。







悪魔の世界に来て半年。


今日は知り合いが来るというので、二人して客間で待つ。


どんな方なのですかと気になり、聞く。


「古いってわけじゃないかな。割と最近知り合ったよ。」


悪魔の内容に頷く。


「ご友人なんですか?」


「うん。君をかけて大乱闘した時に、互いに力が均衡するくらいの強さで、なかかなかの接戦を繰り広げたんだ。そして、意気投合」


「そうですか。悪魔世界にも友人などがあって安心しました」


「ナサリーも気に入った愛し子と、仲良くなればいいよ」


「なれれば、考えます」


今は彼との蜜月を、味わっていきたい。


やがて客間に現れた悪魔を見て、口元に手をやる。


「やぁ、ノビス」


「ようこそ、我が家へ。うちの奥さんのナサリー。君はもちろん知ってるだろうけど」


「ああ。もちろん。ナサリーにあと一歩手が届くところだった」


「王から特別に人間を一人選んでもいいって許してもらったろ?しかも、選んだ相手が血縁者なんて、君も考えたよね」


その相手は子爵。


姉の悪魔だった男。


「え、あの。どういう、ことでしょう」


時系列もわけがわからない。


姉が見初められたのは、妹より先だ。


「大乱闘騒ぎはメンフィスの時よりずっと前に起きて、誤差だけど僕より先に姉を娶っただけだよ」


「知りたくないですが、姉は今どこら辺に?」


今生報告的なものを知りたくなり、尋ねた。


姉のことというよりも、まるでナサリーの血縁だからというだけで、娶ったのちのあれこれを怖いもの見たさで聞く。


知らないのも、なんだか気になる。


「うん?適当に部屋に放り込んでるけど?」


随分と最初に会った時と印象が違う。


「あ、でも安心してくれ。義理の兄という肩書は死んでも手放さないから」


(なんとなく分かった。義理の兄のポジションが欲しくて、メンフィスを愛し子のように扱ったんだ)


「お兄さんと、ぜひ呼んでくれたまえ」


「ノビス様がお許しくださるのなら」


「勿論、こいつと約束してたから、許すよ。呼んでやってくれ。僕とこいつの君への愛は同等にも、等しい。意味は重複するけど、言いたくなる程ってことを、言いたいんだ」


メンフィスは愛し子ではないとかと聞くと「違うけど」と素直に答えをいただいた。


「本物の愛し子は別にいるのですか?」


「愛し子の二人目なんて、掛け持ち行為をしたくないけど、君はノビスの嫁になってしまったし。これからコツコツ探していくってところかなー」


悪魔のイメージがどんどん剥がれていく日々。


姉は、と聞くと首を傾げられた。


なにをしているのか見てないので知らないとのこと。


餓死はしないので、安心してほしいと言われた。


「会う?」


二人に聞かれてうーんと悩む。


嫌なことしかされてないしな。


もう少し後にします、という。


問題を先送りにしていると思われるかもしれないが、蜜月に水を刺されるのは嫌だ。


自分、新婚なんで。


「ノビスと義兄弟になれるから、本当に最高だ」


姉の悪魔ではなかった人は、ノビスと握手し、ナサリーには指先にキスを灯す。


「人妻だからこれで我慢しよう」


本当に我慢している顔だったので、可愛くて「お兄さん」と呼んだ。


飛び上がって、スキップして帰って行ったのには驚いた。


それから、子爵とは義理兄として交流を続けていくことになる。


お土産に渡すものを送って、そのお礼を言いに、家まで来ることもしょっちゅうだ。


「近くによいハンカチがあるから、いつでも食べれて楽々だ」


「ハンカチ?」


「ハンカチじゃなかった。えーっと、うーんと、名前は忘れたけど君の姉だ。姉だったよね?」


名前も、血縁者の肩書き確保の為だけに居候させているメンフィス。


メンフィスのことも、忘却しかけていた。


ハンカチ扱いにまでなっていて、微かになにを言っているのか、ちんぷんかんぷん。


ナサリーはノビスの方を向いて「姉に会います」と遂に言葉にした。


今まで姉に全てを優先されてきた。


それが、実は違ったという現実になにもいう気がしなかったけど。


もうそろそろ、見てもいいかと感じた。


ナサリーの勇気ある言葉に彼は指先へキスをした。






「ナ、ナサリー、ナサリー!」


大声で走ってきたメンフィスは、子爵に止まれと言われてぴたりと止まる。


魔法でもなんでもなく、言葉だけで止まったのだ。


姉の服装はボロボロの服、ではなく一般人が来ているようなものを身につけていて、ナサリーと服装は変わらない。


ナサリーは倹約家でも散財するタイプでもないので、人間界で暮らしていた服装をしている。


髪も別にパサパサでもなく、健康状態になにか変なところは見受けられず。


困惑。


「き、聞いて、聞いてよ!」


「聞かない」


耳を閉じて、目を細める。


「子爵はいとし、え?」


「聞きたくない」


聴くものか。


「な、なさりー?」


「というより、聞く義理ない」


二度と。


「いや!聞いて!連れて帰ってよぉっ」


頼まれるものの、この人は人間の世界についての変化を何も知らないから言えるのだ。


「その場合、人間の世界で詐欺を働いたって両親共々牢屋行きになるよ」


本当のことを教える。


「な、な、な。牢屋……」


牢屋に入るだろう、確実に。


「帰ってきて、違ったって言ったら悪魔の愛し子の制度を使って、不正受給したことになるでしょ。思い出して」


「……ここに、居たくない」


か細く述べる、しなっとなる姉。


「私も実家にいた時は、ずっと思ってたことなんだよね」


近寄るメンフィスを見て、椅子に座ったまま答える。


直答したのは、妹ともう思うてくれるなという決別をするため。


「帰らない方がいい。これはね、妹としての最後の忠告」


両親がギャンブルにハマり、ナサリーを碌でもないところに、金で売り払おうとしていたことを丁寧に、伝える。


「帰ったら確実に私と同じ目に遭う」


「帰りたい、帰りたいの」


見た感じ、ただ放置されているだけだ。


子爵がハンカチ代わりにしたのは、子爵に近寄ったからだろう。


「帰ったら、ここよりも酷い目にあう」


キリがないとノビスが伝える。


「伝えないのはあれだから、ノビス様、例の映像をお願いします」


「うん」


ノビスが壁に映像を念写。


そこで始まったのは、両親がギャンブルに走った時、借金が嵩んだのでナサリーに媚を売って子供心を利用しようとした時。


更に、ナサリーが家を出奔した後の話し。


借金を借りている父と母がナサリーを見つけたら、絶対に連れてくると約束している場面。


悪魔の愛し子制度を盾に役所に金を出すように言う場面。


「これは嘘!偽物っ」


メンフィスは否定に入る。


『あなた、メンフィスに手紙を出してはどう』


『金品を持ってこさせるためにか!お前はよき妻だ』


「はいこれ、手紙」


送られてきたのだろう手紙を、姉の悪魔が渡す。


「ナサリーは嘘つき。父さんと母さんは私を愛してる。愛されてないから僻んでる」


横から殺気が膨らむ。


ノビスが怒りに姉を射抜く。


「ナサリーの優しさにつけ込み、あぐらをかく醜い魂のくせに」


姉は手紙を読み終えると、嬉々とした表情に変わる。


「宝石、高そうなもの?」


「そんなの君に買えるわけもない。ぼくもあげないよ?里帰りしたいなら自力で帰れば?」


ここまで言っても一つも話しを聞かない。


ナサリーは察していた。


メンフィスは、十四歳から周りにちやほやされていた。


今更、己が無価値という真実に検討をつけられないのは、そう周りが育てたせいでもある。


「稼ぎながら行きます」


「えー、義兄の立場がー」


「一応婚姻は結ぶし、契約をなくさないなら今後ずっと義理の妹なんだから、本人が居なくても無問題だぞ」


ノビスがさらりと肯定。


相手は確かにな!と腕を上げる。


「よし、じゃあ行っていいぞ」


悪魔は魔法で姉を外に放り出した。


その後、ノビスがたまに姉のことを映像付きで教えてくれたりしたのだが。


「働いたのは素直にすごい進化だ」


思わず独り言を呟く。


「でも、そこで目は覚めず」


メンフィスは稼いだ金でなんとか小粒の宝石を買い、人間界に帰還。


這いつくばるように、家に帰ってきた彼女は両親と涙涙の再会。


両親の涙は別の意味に思える。


まるで、特大の落としてしまった財布が戻ってきたような。


「あ、小粒の宝石」


むしり取られるように奪われる宝石。


姉はその時、硬直して母達の宝石を売り払う算段をしている会話を耳にしていた。


抱擁は僅か十秒。


宝石を働いて買ったと言うまでの、幸せを感じ、今後味わうことない瞬間はそこまで。


『悪魔子爵様はどうしたの』


母に聞かれて、慌てて愛し子の役割を終えたから帰ってきたのだと嘘をつく。


いや、嘘でもないか。


『あなた』


『ああ』


両親はその瞬間、娘を見る目を変える。


【商品】と目の色を変える瞬間、メンフィスの喉からは引き攣った言葉も出なかった。


身内の瞳、親愛の形を長年受けていた彼女は、今までと色が違う濁った眼を、違いを感じ取ってしまったらしい。


ナサリーを見る目はいつもあんな感じだっただけなので、隠してきた獣性が面に出ただけだ。


姉の渾身の命綱は妹の悪魔の愛し子だった。


両親は飛びつき、早速、姉を金のあるところに連れて行き、そのまま愛し子制度を受注する役所へ飛び込む。


が。


『第一子が帰ってきた?第二子は行方不明ですよね?』


母と父は、姉の愛し子を偽った嫌疑と、妹は愛し子だという制度を利用して、偽称した罪で重い刑罰をくらう。


二人分なので、一人よりも重くなった。


メンフィスも既に両親へナサリーを連れていく予定だったところへ連れて行かれて、助け出されはしたものの、それは刑罰を与えるために行われたもの。


十四歳の時は、子供だったからと許されたかも知れないが、悪魔の愛し子を利用した詐欺に関与したとして、二十一歳を超えて大人として裁かれることとなる。


愛人にされたメンフィスの心は、かなり疲弊し言葉を話すことをしなくなっていた。


罪を償う以前の問題に、療養施設へと移された。


それでよかった。


忠告を再三したのに、聞かなかったのも、帰ることを決めたのも姉である。


ノビスの解説付きの姉の終わりを聴き終えて、息を吸う。


「殆ど予想通りでした」


「そうだね。僕の可愛いお嫁さんを嘘つき呼ばわりしたから、罰が当たったんだ」


まだ言いたりなさそうな男に、するりと抱き付く。


「ノビス様。ノビス様が大好きです」


「僕も。ナサリーを愛してる」


姉の時は違ったが、悪魔の愛し子は確かに愛される存在だ。


他の悪魔の愛し子と会ったが、皆幸せそうだった。


姉のような人も中には居たが、照れ隠しなのよと違う人に教えられて、そういう人も居るんだと未知の世界を知る。


そうして見つめ合っていると、どちらともなくキスをしていた。


「挙式でしたいって言ってませんでした?」


「う。もうすぐだから。これは、練習、練習なのっ」


近々二人は結婚式、婚姻をする。


花婿の付き添いは、あの子爵だ。


花嫁の付き添いには、ノビスの母親がやってくれるらしい。


悪魔に親がいると知って驚いたら、みんなに笑われたことを思い出す。


特に悪魔の愛し子らとの会話で。


自分たちも同じことを思ったのだと。


「奥さんになったら、たくさん愛しの奥さんって言うね。愛し子よりもそっちの方がいい」


「そうですね。悪魔の奥さんですね」





悪魔の唇をまた受け取り、最後に手に紳士的な証が灯された。

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