#092 : パン屋発☆勇者一行
夕方、パン屋の前。出発の準備が整った。
おっソロ「これ、道中の食料だよ。」
おっソロが大きな荷物袋をカエデに手渡す。
カエデ「おっソロさん……こんなに……」
おっソロ「あと、これも。当面の旅費だよ。あはは!」
おっソロが小さな布袋を差し出す。中にはコインがチャリンと音を立てる。
カエデ「おっソロさん……わたし…わたし…」
カエデの目に涙が浮かぶ。
おっソロ「泣くんじゃないよ!カエデ。」
「お前は強い子だ。一人でここまで生き抜いてきたんだから。それに……勇者様なんだろう?」
おっソロが優しく頭を撫でる。
カエデ「……うん……。」
おっソロ「レベル1でも、勇者は勇者だ。きっと立派な勇者になれるよ」
おっソロが笑う。
カエデ「わたし…もしおっソロさんに出会ってなかったら……」
カエデが声を詰まらせる。
おっソロ「出会えたから、今があるんだ。それで十分だろう?」
カエデ「……うん!」
おっソロ「ツバキちゃん、ローザちゃん、カエデのことを頼む。こいつは優しすぎるから、時々危なっかしいんだ」
おっソロがツバキとローザの方を向く。
ツバキ「その命、預かった…運命ごと!」
ツバキが力強く答える。
ローザ「カエデ様をお守りするのも、私の使命です」
ローザも頷く。
おっソロ「それから……お前が元の世界に帰れる方法が見つかったら、遠慮しないで帰るんだよ。ここはお前の世界じゃない」
おっソロがカエデの肩に手を置く。
おっソロ「でも……でも、もしこの世界に残ると決めたなら……いつでも帰っておいで。ここがカエデの家だ」
おっソロが微笑む。
カエデ「おっソロさぁぁぁん!」
カエデがついに泣き崩れる。
おっソロの胸に飛び込んで、声を上げて泣いた。
あの日、魔物に襲われて倒れていた自分を助けてくれたこと。
毎日温かいパンと寝床を提供してくれたこと。
何も聞かずに受け入れてくれたこと。
おっソロからは優しいパンの匂いがした。
全部、全部、忘れられない。
カエデ「ありがとう……本当に、ありがとう……」
おっソロ「こちらこそ、ありがとう。カエデがいてくれて、毎日が楽しかった」
ツバキ(命の恩人か……私にとってのサクラやカエデのように……)
ツバキも目頭を熱くしている。
カエデ「おっソロさん、私……私、絶対に立派な勇者になって帰ってきます!」
カエデが涙を拭いながら宣言する。
おっソロ「ああ、待ってるよ。レベル1の勇者様!あはは!」
◇◇◇
街の入り口。
3人が振り返ると、おっソロが小さく手を振っているのが見えた。
ツバキ「行こうか」
ツバキが声をかける。
カエデ「うん!」
カエデが力強く頷く。涙は止まったが、目は赤い。
ローザ「これより、聖女様と勇者様の布教の旅が始まります!」
ローザが高らかに宣言する。
ツバキ「聖女じゃないし、勇者はレベル1よ」
ローザ「でも目からビーム出ますよね?それに称号が素敵です!」
ツバキ「『パンくわえて転ぶ者』のどこが素敵なのか……」
カエデ「サクラも、きっとどこかで頑張ってるよね。今度会えたときは、4人で一緒に旅ができるかな」
道中、カエデが改めて呟いた。
ローザ「その時は、もっと賑やかになりそうですね」
ローザが微笑む。
ツバキ「……ふむ、それもまた定めのひとつか……」
ツバキが小さく微笑む。
そして、感動のあまり──
シュンッ……!
……ッんビーーーーーーーーーーーッ♡♡
カエデ「ツバキ!またビーム出てる!」
ローザ「ツバキ様ぁ!?お気持ちは分かりますが!」
ツバキ「せ!せせせ制御不能ッ!この魔眼は感情を喰らい、暴走するッ!!」
振り返ると、街の向こうで看板がまた一つ蒸発していた。
──こうして、聖女(自称否定)と勇者(レベル1)と付き人の布教の旅が始まった。
借金を背負い、友達を探しながら、東のエドノを目指して。
でも3人とも、なぜか楽しそうである──。
(つづく)
◇◇◇
《征服ログ》
(布教対象) 東のエドノ方面の村々
(支配進度) 街を破壊したから据え置き
(備考) 勇者(レベル1)が参戦。サクラ捜索も並行実施予定。
(特記事項) 命の恩人との別れで聖女も感動。
ビームで看板代がさらに増加。
修理費は布教費に計上予定。