表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王がポンコツだから私がやる。 ──恥ずか死した私の黒歴史。  作者: さくらんぼん
第07章 : カエデとツバキ──全世界が“理解”を諦めた日。
91/170

#090 : 世界が繋がった☆ツバキ発光

──この街に、何かが届こうとしていた。


それは、パンの香りではない。

信仰でも、巡礼でもない。


それは──“名前”。


その朝、街の外れにある小さなパン屋では、いつもより早く店主が準備を始めていた。

なぜだか分からないが、胸の奥がざわめいている。

まるで、大切な何かが起こる予感のように。


おっソロ「今日は……なんだか特別な日になりそうだね」


焼きたてのパンを袋に詰めながら、おっソロは呟いた。


カエデ「ま、まってよおっソロさん!私がやるよー!?あっ、うわっ、パン落ち──セーフッ!」


どたばたと走り寄ってくるのは、居候の女──カエデ。

頼りないけれど、まっすぐで、今日も変わらず元気だった。


一方その頃、街の入り口近くでは ──。


真剣な表情でローザが声を上げる。

ローザ「ツバキ様、この街には “導きの香り” がございます!」


空を見上げ、ツバキがゆっくりと応じる。

ツバキ「……ふむ。確かに、この波動……我が瞳に焼きつく気配……」


ローザ「つまり、神託ですね!」


ツバキ「ち、違──……いや……ああもう、そういうことにしておけ……」


マントをひるがえしながら、黒髪の少女は顔を逸らした。

頬が少しだけ赤いのは、きっと朝日に照らされていたせいだ。


その女──ツバキは、不意に足を止めた。

風が髪を揺らし、街の空気に、どこか懐かしさが混ざる。


ツバキ「……何、この感じ……」


心臓が、かすかに跳ねた。

何故かは分からない ── 予感がした。


そんな予感に導かれるように、ツバキはそっと目を向けた。


その先に ── 小さな背中があった。


袋を両手で抱えて歩く、黒髪でボサボサのショートカット。

ふわふわと漂う、草の匂い。


── カエデだった。


カエデ「……あ……」

最初に声を出したのは、カエデの方だった。


そして──


カエデ「……ツバ…キ?」


── 時間が、止まった。


ツバキがゆっくりと振り返る。その目が、見開かれる。


ツバキ「……え………?」


たったそれだけのやりとりが、ふたりの世界を揺らした。


カエデ「……うそ、なんで……?」

震え声でカエデが呟く。


ツバキ「……カ…ェ……?」

ツバキも息を詰まらせる。

足をふらつかせ、何度も、カエデの名前を出そうとしたが声が出なかった。


そして、二人はゆっくりと、ゆっくりと近づいていく。


一歩、また一歩。


信じられないものを見るように、恐る恐る。

まるで夢が壊れてしまうのを恐れるかのように。


カエデ「……どうして……どうしてここに……ツバキも……来てたの……?」

涙声でカエデが答える。


ツバキ「カエデ……」

ツバキが声を絞り出し、首をコクンと頷く。


カエデ「……ここには…私だけだって、思ってたのに…………ううん……誰かいたらいいなって……でも、まさか…ツバキが…」

涙を拭いながら、カエデが苦笑する。


ツバキ「……私も……この世界に私だけが来ちゃったんだって……ずっと、そう思ってた……」

かすれた声でツバキが呟いた。涙が頬を伝い落ちる。


カエデ「……毎日、毎日……名前、呼びたかった……」

カエデももう涙を止めることができなかった。


ツバキ「…うん…うん……」

ツバキが頷く。


カエデ「でも、名前を呼んだら……その時点で、もう戻れない気がして……ずっと……ひとりぼっちだって、確定してしまいそうで……」

カエデがそっと手を伸ばす。その指先が、ツバキの頬に触れる。


カエデ「……あったかい…ちゃんと、生きてるんだ……私……この世界に放り込まれて、毎晩……サクラやツバキの夢を見てた……寂しくて、寂しくて……でも、どうすることもできなくて……」

カエデは、涙を拭いながら、震える声で話す。


ツバキ「……うん…うん…!」

ツバキの瞳が、また揺れた。


カエデ「魔物に襲われて、飢えて、雨に打たれて……何度も、何度も死にそうになって……でもやっぱり、ここはどこにも帰れない世界で──」

カエデが苦しそうに続ける。


カエデ「でも、ツバキがいるなら……ようやく"ここ"が、本当の世界だって思える……一人じゃなかったんだって……」

カエデの声が、かすれていく。


ツバキ「……わたし、毎晩祈ってた……神様に…… "家族" に "友達" に、もう一度会わせてくださいって……でも、もう諦めかけてて……一人で死んでいくんだって……」

ツバキが、そっと額をカエデの肩に預ける。


その瞬間、堰が切れたように嗚咽が漏れた。


── そして、ふたりは膝から崩れ落ちた。もう立ってなどいられなかった。


草の香りと、涙の味と、温かな体温。


震える肩と、途切れ途切れの言葉と、生きている証拠──。


カエデ「……ずっと、ずっと……怖かった……」


ツバキ「わたしも……毎日が怖くて……」


カエデ「でも、今……やっと……」


ツバキ「うん……やっと……」


世界が崩れていくんじゃなくて──ようやく、世界が "繋がった" 気がした。


カエデ「……ツバキぃ!ツバキ!ツバキーッ!やっぱりツバキだぁ…!!!」


カエデが泣き叫んだ。


──ツバキの時間が、止まった。


まるで遠い世界から聞こえてきたように、自分の名前が耳に届く。


聞こえた。理解できた。

でも、すぐには反応できなかった。


(……呼ばれた。私の……名前を)


それだけのことが、こんなにも胸を締めつけるなんて──



──やっと、“自分”という存在が肯定された気がした。



ツバキ「……カエデ…カエデ……カエデぇっ……!!」

ツバキも、涙を溢れさせながら、何度も、何度も叫ぶ。


お互いの名前を何度も、呼び合っていた。

まるで、本当にそこにいるかを確かめるように。


── この世界で、名前を呼んでもらえる人がいるというだけで。

その人に、もう一度会えたというだけで。


こんなにも、世界は優しくなれる。

こんなにも、生きることに意味が生まれる。

こんなにも……こんなにも……


……まだ、呼ばれていない名前もあるんだな……


──この世界の、どこかに。


きっと今も、誰かが誰かの名前を探している。

きっと今も、誰かが誰かに呼ばれるのを待っている。


そして、いつか ── また、自分の名前を呼んでくれる誰かに、出会えるのかもしれない。


カエデとツバキは、もう離れることはないだろう。

ふたりで、この異世界を生き抜いていくのだ。


お互いの名前を呼び合いながら。お互いを支え合いながら。


この過酷で美しい世界で、いっしょに歩んでいくのだ。


名前を呼び合える幸せを胸に。


新しい明日に向かって──。



《天の声:二人が、お互いの名前を呼び合った日──天気は晴れだった。

 でも、この日だけは──ほんの少しだけ、雨が似合ったのかもしれない》



◇◇◇



── そして5分後にツバキの両目からビームが出た。


シュンッ……!(空間が両目に収縮)

……ッんビーーーーーーーーーーーッ♡♡


ツバキ「前が見えねえぇええええええええ!」

カエデ「目からビーム!?なにそれかっこいい!!」


ローザ「ツバキ様が眩しいッ!!」


こうして──

世界はまた少し、優しく、そしてうるさくなった。



(つづく)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ