#007 : 背中合わせのぬくもり
前回までのあらすじ
→ 魔王軍、戦略会議(寝落ち含む)を経て仲良し度+50。
ツノも心も少しずつ柔らかくなってきた。
◇◇◇
【現在地】パンジャ大陸南東部・常闇のダンジョン最深部(魔王の間)
【視点】サクラ → 天の声
【状況】異世界生活2日目の夜。はじめて“家族”を意識する。
◇◇◇
── その夜。
私は石の床で寝転がっていた。
サクラ「……冷たっ」
寝返りを打つ。
サクラ「……やっぱ冷たい」
また寝返り。
サクラ「……石だもんね。冷たいよね」
(石を見つめる)
サクラ「……ねぇ石。少しは温かくなってよ」
(返事はない)
サクラ「……無視かよ」
横を見ると、ベッドで爆睡してるエスト様。
サクラ「……なんであっちだけベッドなの?」
エスト『Zzz……ココア……もっと……Zzz』
サクラ「ココア好きだな。どんな夢よ」
サクラ「……そのベッド、私にピッタリのサイズなんだけど」
(寝息)
エスト『Zzz……これは私のベッド……Zzz』
サクラ「……寝言で牽制してくるのやめろ」
私は起き上がって、柱に背中を預けた。
サクラ「……眠れないな」
レベル1、ダンジョン最深部、外はレベル100。
サクラ「……詰んでるよね、これ」
胃が痛い。
サクラ「胃薬……ないよな、異世界に」
ムダ様の言葉が頭をよぎる。
《完璧超人も胃酸には勝てない!胃薬と共に勝利を掴め!》
サクラ「ムダ様……胃薬ください……」
サクラ「……いや、ムダ様はこの異世界に居ないか」
(間)
サクラ「……異世界にもプロレスあるかな」
(間)
サクラ「……魔王軍でプロレス団体作る?」
(間)
サクラ「……団体名は『デビル・レスリング』で」
エスト『Zzz……それダサい……Zzz』
サクラ「寝言で否定すなぁ!?」
(間)
エスト『……お姉ちゃん……』
寝言だ。
サクラ「……お姉ちゃん、か」
おじいちゃんとおばあちゃん、もういない。
サクラ「……また一人になるの、嫌だな」
(間)
サクラ「……でも、この子がいなくなったら、もっと嫌だな」
胃を押さえてため息。
(……いや、なんだこの気持ち。胃じゃなくて心がムズムズする)
サクラ「……やってやるか。世界征服」
その時、私はムダ様の言葉を思い出した。
『誰かを守る?その決意は素晴らしい。で、焼肉食ったか?』
(焼肉の話……?)
サクラ「なんかお腹空いたな。」
私は立ち上がり、エスト様に毛布をかけ直した。
サクラ「……よし」
エスト『Zzz……ありがと……世界征服がんばって……Zzz』
サクラ「……人任せ!?」
エスト『Zzz……どうすればいいか知らんし……Zzz』
サクラ「無責任!?」
(外からモンスターの雄叫び)
サクラ「……なんか外、元気だな」
(外でドガシャァァン!ドゴォォン!)
サクラ「……うん、運動会してるってことにして、とりあえず寝よう」
私は布団を引っ張り出して、もぐり込んだ。
《布団:防御力+3/精神安定+99/行動力−99》
サクラ「……このデバフ、やばくない?」
《布団:睡眠誘導+999》
サクラ「えッ……これ最強の敵じゃん……」
《布団:現実逃避+∞》
サクラ「待って……これ……勝てない……」
《布団:もふもふ》
サクラ「……いや!まだ負けない!世界征服するんだから!」
《布団:温かい》
サクラ「……ぐっ……強い……」
《布団:君の味方だよ》
サクラ「……やば……意識が……Zzz……」
秒で寝た。
《天の声:お前、世界征服する気あんの?》
(間)
《布団:彼女は頑張ってるよ》
(間)
《天の声:お前まで喋るな》
◇◇◇
《 *天の声視点 》
── 翌朝。
常闇のダンジョン、最奥の魔王の間。
黒曜石の壁、重々しい石床。
魔物すら震えて立ち入らない場所──のはずだった。
そのど真ん中で、布団に包まり爆睡する鬼・サクラ。
枕元にはちゃっかりマグカップと歯ブラシ。
エスト『……あれ?昨日は歯ブラシだけだったのに……』
枕元を見ると、マグカップ、歯ブラシ、手鏡、櫛、ムダ様のブロマイド。
エスト『いつの間にこんなに増えてるの!?』
サクラ「……Zzz……ムダ様……Zzz」
エスト『ムダ様って誰!?』
サクラ「……推し……Zzz」
エスト『寝ながら会話できるの!?』
《天の声:お前もしてたぞ?》
エスト『……もう、うるさいなぁ……』(頭の上を両手ではらう)
小さく笑って、でも少し寂しそうに呟く。
エスト『……どこにも、いかないでね……お姉ちゃん』
小さな魔王は、サクラの寝顔を見つめながら、両手で自分の胸をぎゅっと押さえた。
近づくのはまだ怖い。噛みつきそうだし。
(本当に来てくれるなんて、夢みたいだったから……)
何度も失敗した召喚が、やっと成功した。
サクラが来てから、うるさくて、楽しくて、寂しくなくなった。
エスト『ふふ……来てくれたんだ……』
(……もうひとりじゃないんだ、私──)
(……この時間が、ずっと続けばいいのに……)
その瞬間、サクラの寝言が再び聞こえた。
サクラ「……理想の人生プラン……Zzz」
エスト『急にビジネス書みたいに!?』
サクラ「……Step1:世界征服……Step2:カレピッピをゲット……Step3:手を繋いで……ち、ちちち……チュー……Zzz」
エスト『最後だけ甘酸っぱすぎない!?』
サクラ「うっさい……むにゃ……Zzz」
エスト『……ほんと、自由だなぁ……』(苦笑)
(少し間)
エスト『……ねぇ、お姉ちゃん……』
(寝息の音だけ)
エスト『……どこにも、いかないでね……』(小さく、胸の前で手を握る)
──そこへ寝ぼけたサクラがむくりと起き上がった。
(ゆっくりとエストを見る)
サクラ「……はぁ?なんでこっち見て泣いてる……えッ!私また死んだ!?」
エスト『ち、違うのっ!』(慌てて涙を拭く)
サクラ「まさか私の魂を素材にして新たな魔物を!?」
エスト『ちがう!』
サクラ「レア素材扱い!?」
エスト『ちがう!』
サクラ「魔物強化に使う!?」
エスト『使わないってば!』
サクラ「高く売れるなら世界征服の軍資金に……」
エスト『お姉ちゃんを売らないの!!』
サクラ「じゃあ何に使うの!?」
エスト『使わないの!!お姉ちゃんは──わたしの"お姉ちゃん"なんだから!ずっと!ずーっと!一緒なんだもんっ!!』
(沈黙)
サクラ「…………うん?もうちょい、寝ます。」
エスト『えッ!?今の流れで寝る!?』
サクラはもう一度布団にもぐり、ぷいっと背を向けた。
エスト『感動のシーンなのに!?』
だが、背中越しに小さく聞こえた。
サクラ「……ま、別に……いてあげてもいいけどね……エスト様が寂しがると面倒だし?」
エスト『お姉ちゃん……ツノ、ピンクだよ?』
サクラ「見えてないから!背中向けてるから!」
エスト『でも見えたよ?すっごいピンク』
サクラ「……寝る。」(布団に深く潜る)
エスト『ふふ……照れてる……』
サクラ「……聞こえてる……Zzz」(布団の中から)
エスト『寝てないじゃん!?』
サクラ「……寝てる……Zzz……ほら……Zzz」(わざとらしい寝息)
エスト『演技下手すぎるよ!?』
エスト『もっと自然に寝息しないと……』
サクラ「……スー……ピィ……スー……ピィ……Zzz」(明らかに演技)
エスト『それ、寝息っていうか鼻笛だよ!?』
サクラ「……Zzz……」(本当に寝た)
エスト『今度こそ本当に寝た!?』
エスト『……お姉ちゃん?』
(返事はない)
エスト『……本当に寝てる……』
その言葉に、エストはぎゅっと拳を握った。
エスト『……ありがとう、お姉ちゃん』
サクラ「……Zzz……どういたしまして……Zzz……世界……Zzz……征服する……Zzz」
エスト『寝ながら野望言ってる!?』
サクラ「……今のは……寝言……Zzz」
エスト『寝言で返事できるの!?』
サクラ「……できる……Zzz」
エスト『もう……』
──常闇のダンジョンに、小さな足音が響いた。
笑っているような、泣いているような、あたたかい音。
《このあとサクラはいきなりベヒーモスと戦うハメになる。
──彼女の世界征服は、まだ始まったばかり。》
だがその前に、ひとつだけ大きな問題が発覚する──。
(つづく)
◇◇◇
\\ 次回予告 //
サクラ「え?私の称号……ぺったん鬼女……?」
エスト『常時デバフ20%だよ☆』
サクラ「いや、待てや!」
次回──
『レベル上げ☆地獄のスパーリング開始』
絶望のステータス画面は開いた!閉じろ!いや開け!いや閉じろ!おい誰だ連打してんの!
\\お楽しみに!//
──【グレート・ムダ様語録:今週の心の支え】──
『誰かを守る? その決意は素晴らしい。で、焼肉食ったか?』
解説:
守るには覚悟がいる。
覚悟には体力がいる。
体力には肉がいる。
つまり守るなら焼肉だ。
カルビを噛め。ハラミを焼け。ロースを信じろ。
ちなみに俺は18の時、焼肉食べ放題で遠慮した。
今でも夢に出る。カルビが。
「もっと食えばよかった」って言ってる。
だからお前は食え。
誰かを守りたいなら、まず焼肉だ。
未練は叫べ。カルビが呼んでる。
以上だ。寝る。




