#006 : 私が守る☆お姉ちゃんだから
前回までのあらすじ
→ "乳尻太もも"じゃなくて"ツノ"。
◇◇◇
── その夜。
私は石の床に背を預け、柱の根元で膝を抱えていた。
冷たさが背中にじわりと染みる。あの日の実家の畳の感触と、同じ冷たさだ。
横を見ると、ベッドで眠る妹──いや、魔王。
小さく寝息を立て、ときどき毛布を抱きしめて転がるたび、白銀の髪がさらりと揺れた。
……眠れない。
胃は痛み、心臓は妙に落ち着かない。
今日の出来事が、頭の中を何度もぐるぐる回る。
ダンジョン最深部でレベル1から始まる命懸けの世界征服。
戦って鍛えなきゃ、私たちは地上に出る前にモンスターのエサだ。
……誰かを倒すかもしれないし、逆に殺されるかもしれない。
「……つまり、生きるか死ぬかってことよね」
言葉にした瞬間、現実がずしりと重くなる。
私はただのOLだった。
庶務担当で、お局観察が特技。
趣味は仕事帰りのハイボールとプロレス観戦とお笑い動画。
そんな私が、魔王の妹を名乗って世界征服──?
「……胸が出ると思って……なんて理由、今じゃ笑うしかないよね」
そのとき。
「……お姉ちゃん……」
小さな寝言に顔を向ける。
《お姉ちゃん》《家族》──そんなふうに呼ばれるのは何年ぶりだろう。
両親は顔も知らないうちに消えた。
私を育てたおじいちゃんとおばあちゃんも、高校を卒業する頃には「また明日ね」と言って、そのまま帰らなかった。
もう家族なんて縁のないものだと思っていた。
それなのに、いま「お姉ちゃん」と呼ばれて、隣で笑ってご飯を食べたい──そんな気持ちがまた湧き上がる。
「……ずるいな、ほんと……」
毛布を掛け直し、指先が額に触れた瞬間、失ったはずの温もりがじんわりと手に戻ってきた。
おじいちゃんの大きな手、おばあちゃんの笑い皺──全部消えた夜の冷たさを、この子の体温が少しだけ溶かしてくれる。
ただただ、いなくならないでほしいと思った。
「……また全部失うんじゃないかって、怖いんだよな……」
誰かと一緒にいる幸せを知った分だけ、それを失う夜の冷たさも知ってしまった。
「……やってやるよ。世界征服も、レベル上げも、ぜんぶ」
「見てろ、この世界。理不尽も、トラウマも、私がぶっ壊す」
胃を押さえてため息をひとつ。
「……もう寝る」
また全部失うことを恐れながら、目を閉じた。
夜は静かに、更けていった。
◇◇◇
《 *天の声視点 》
── 翌朝。
常闇のダンジョン、最奥の魔王の間。
黒曜石の壁、重々しい石床。
魔物すら震えて立ち入らない場所──のはずだった。
「むにゃ……巨乳はどこ……Zzz」
そのど真ん中で、布団に包まり爆睡する鬼・サクラがいた。
枕元にはちゃっかりマグカップと歯ブラシ。
扉の向こうから、そっと覗き込む小さな影──
『……ちゃんと……いる……よね?』
エストの声が震えている。
『もし、お姉ちゃんが消えてたらどうしよう……』
エストは玉座の影から、静かにサクラの寝顔を見つめた。
近づくのはまだ怖い。噛みつきそうだし。
(本当に来てくれるなんて、夢みたいだったから……)
何度も失敗した召喚が、やっと成功した日。
サクラが来てから、うるさくて、楽しくて、寂しくなくなった。
『ふふ……来てくれたんだ……』
(……もうひとりじゃないんだ、私──)
その瞬間、寝ぼけたサクラがむくりと起き上がった。
「……はぁ?なんでこっち見て泣いてる……」
「えッ!私また死んだ!?」
『ち、違うのっ!』
「まさか私の魂を素材にして新たな魔物を!?」
『ちがうもん!!お姉ちゃんは──』
『わたしの”お姉ちゃん”なんだから!ずっと!ずーっと!一緒なんだもんっ!!』
(沈黙)
「…………うん?もうちょい寝ます。」
サクラはもう一度布団にもぐり、ぷいっと背を向けた。
だが、背中越しに小さく聞こえた。
「……ま、別に……いてあげてもいいけどね……エスト様が寂しがると面倒だし?」
(*ツノ=ピンク → 誤魔化すように背中を向ける)
その言葉に、エストはぎゅっと拳を握った。
──常闇のダンジョンに、パタパタと弾むような足音が響いた。
その音が消えたあと、部屋には深い夜が戻る。
けれど、いつもと違ってどこか、ほんの少しだけ、“温もり” があった。
◇◇◇
《そして、サクラはいきなりベヒーモスと戦うハメになる。
──彼女の世界征服は、まだ始まったばかり。》
\\ 次回予告 //
サクラ「え?私の称号……ぺったん鬼女……?」
エスト『常時デバフ20%だよ☆』
サクラ「いや待てや!」
次回──
#007 : レベル上げ☆地獄のスパーリング開始
絶望のステータス画面は開いた!閉じろ!いや開け!いや閉じろ!おい誰だ連打してんの!
\\お楽しみに!//
◇◇◇
《征服ログ》
【征服度】 :0.0003%
【支配地域】:エストの心(10%くらい?)
【主な進捗】:
・ハニートラップ作戦立案→即座に頓挫
・レベル1という絶望的現実を把握
・勇者奇襲計画が立案されたが、勇者どこ?
・サクラ、現実逃避で布団に潜る
【特記事項】:
・「乳・尻・太もも」理論、エストにより論破される
・20歳超えた大人、小学生に完敗
・魔王の間に新聞配達?救急車?(*何かは不明)
・魔王軍の戦力:魔王(Lv1) + 鬼(Lv1) = 絶望