#006 : 魔王軍始動!(ただしLv.1)──勇者ハニトラ提案会議(即詰み)──
前回のあらすじ
→ ノリと勢いだけで生きてる二人が、なんか世界征服するとか言い出した。
◇◇◇
【現在地】パンジャ大陸南東部・常闇のダンジョン最深部(魔王の間)
【視点】サクラ
【状況】異世界生活2日目。魔王軍の戦略会議(という名のコント)
◇◇◇
世界征服を宣言した私は、早速デスクの前に正座した。
魔王の部下として、提案書を出すのだ。社会人経験の見せどころ。
「部下」を演じるため、深く一礼。エスト様は魔王様。敬語、礼儀、儀式。
サクラ「エスト様、提案がございます。」(ぺこり)
エスト『うん?なぁに☆』
エスト様は読んでいた本【よいこの魔法辞典】を閉じると、紅い瞳を私に向けて微笑んだ。
サクラ「まずは、勇者に奇襲を仕掛けて潰します。」
私は最高の笑顔をエスト様に向けた。
エスト『ん?……えッ……?』
エスト様から動揺が伺える。
所詮は小娘。この発想は無かったのであろう。
説明を続ける。
サクラ「勇者が強くなる前に摘む! 脅威になる前に刈り取る!」
私は拳を握る。
サクラ「殺られる前に殺る! つき進みましょう……冥府魔道を。」
再びニッコリ笑ってグッてした。
勝ち逃げ、先手必勝。それが私の正義。
勝てば官軍、負ければ賊軍!
正義は歴史が決める!
だから弱いうちに潰すッ!!!
サクラ「話を戻すと、『正義とは最初に殴った方に宿る!』──グレート・ムダ様の名言です。」
私はゆっくりと頷き、拳を握りしめた。
(沈黙)
エスト『ムダ様って!?……ち、ちょっと待って!』
(無視)
サクラ「さて、勇者の野郎への奇襲の件ですが、説明しますね。」
エスト『え? え? う、うん……?』
きょとんとするエスト様を横目に話を続ける。
サクラ「──勇者を潰す気満々だっただろって思いますよね? その通りです。が、惜しいんです」
エスト『えっ?』
私は拳を握りしめ、エスト様の目を真っ直ぐに見据えた。
サクラ「……男の脳は“乳・尻・太もも”でできてる。ハニートラップで勇者を籠絡──これしかない。」
エスト様、腕を組んで首を傾げる。
エスト『う、うん……?』
(沈黙)
エスト様の目が、うっすら引きつっていた気がするが知らん。
私は意気揚々と胸を張り、ポーズを決める。
(もちろん筋肉もアピール)
サクラ「さぁ! サクラさん式ハニートラップよ! いざ参る!!」(誘惑アピールポーズ)
[タグ]#誘惑アピールポーズ(本人談) #ハニトラ(物理)
エスト『お、お姉ちゃん……そのポーズ、全く効果ないよ……。』(困惑)
サクラ「舐めるな! 小娘がッ!! この私の肉体美に不可能は無い!」
私は優雅に誘惑アピールポーズを続ける。
サクラ「気分は……グラビアアイドル☆」
《天の声:違う、筋肉だ。》
サクラ「っさい!!」
エスト『そ、それ本当に大丈夫? だれも騙せな──』
サクラ「この作戦しかないの! 世界征服はまず誘惑からだ!!」
……しばらく黙って私の誘惑アピールポーズを見つめるエスト様。
エスト『ねえお姉ちゃん、そもそも“勇者”ってどこにいるの?』
サクラ「…………」(無言で誘惑アピールポーズ維持)
(魔法冷蔵庫がブンッ!)
エスト『だってここ、ダンジョン最深部だし、私たちしかいないよ?』
サクラ「………………」(まだ誘惑アピールポーズ維持)
(魔法レンジがチンッ!)
エスト『まず勇者探そうよ?』
サクラ「………………」(まだ誘惑アピールポーズ維持)
(魔法洗濯機がピーピーと洗濯終了のお知らせ)
エスト『あと、勇者は男とは限らないよね?』
サクラ「………………!?」(誘惑アピールポーズに動揺)
(遠くでピーポーピーポーウーウー! *何かは不明)
エスト『勇者が男って決めつけるの時代的にどうなの?配慮の時代だよ?』
サクラ「………………。」(ゆっくり誘惑アピールポーズ解除)
(遠くでブーン!スタタン!と、新聞配達のような音 *何かは不明)
エスト『あと、“乳・尻・太もも”の全部ない人がハニトラするのって、たぶん詐欺だよ? 筋肉で釣れるのはベヒーモスじゃない?』
(ぐさぁ…)
サクラ「……やめて……今、心が砕けそうだから……。」
(虚ろな目)
完全沈黙。
……
そして──エスト様はビクビクしながら話を切り替えた。
エスト『あ、あのね……まずは地上に出て、魔王軍を作ろうよ。そしたら世界征服!』
(は?)
サクラ「魔王軍を作ろう? え? 今はエスト様と私だけなのですか?」
エスト『うん。』
(んー……? は? ぼっち? 怖い人いないの? よし敬語やめよ。)
サクラ「なんだよー!怖いモンスター軍団率いてたり、ドラゴンとか配下に居たらどうしよう?って思ってたわー!」
(ふんぞり返る)
エスト『いきなりのタメ語きた!?』
(エスト様を見つめる)
サクラ「なぁ?お茶が飲みたい」
エスト『パシリ!? ……そ、それで……お姉ちゃんも私もレベル1だからね?』
サクラ「は?」(エスト様を二度見)
(は?)
サクラ「……今なんて?」
エスト『ダンジョンの外に出るためにレベル上げしないと……』
焦ってウィンクしながら、目の前斜めピース──
一瞬の静寂。
──自分の目にズブッ。
エスト『あいた!?』
サクラ「動揺してるのかな?」
(沈黙)
(んー?)
サクラ「ん”? レベル1? レベル上げ?」
私は首を傾げた。
エスト『う、うん……。』
サクラ「なんで? 魔王って最強じゃないの?」
エスト『ち、違うの……。』
困ったように首を振るエスト様。
サクラ「魔王なのに?」
エスト『なのに……。』
サクラ「えぇ……?」
告げられた超絶メンドくさい事実。
サクラ「あ、あれ?ここ、ダンジョンの最深部だよね? モンスターたくさん?」
エスト『うん! 最深部! モンスターたくさん☆』
(……。)
サクラ「そ、それって……詰んでね……?」
エスト『詰め将棋の初手だよ☆ 頑張ろうね!お姉ちゃん☆』
(遠くでモンスターの叫び声)
二人の視線が絡まる。
サクラ「勇者奇襲作戦中止。魔王軍、解散。」(布団に入る)
エスト『結成5分で!?』
サクラ「週休ゼロ日、有給ナシ、残業代ナシ……ブラックすぎ……」(布団を頭までズボッ)
エスト『さて、魔王軍2名・レベル1、ダンジョン最深部で出口不明、世界征服計画、はじまります☆』
サクラ「聞こえない聞こえない……」(布団ごとゴロリ)
エスト『ちなみに外のモンスター、最低でもレベル100くらいあるよ☆』
サクラ「ひゃ……?」(布団から半目で睨む)
エスト『大きいクマのモンスターとかベヒーモスが歩いてるよ☆』
(遠くでモンスターがズシンズシンと歩く音)
サクラ「え?……は?」
私は再び布団を深くかぶり直した。
レベル1。ダンジョン最深部。外はレベル100。
詰んだ。これで世界征服、終了。
(つづく)
──その時。
ココアの匂いが、ふわっと増した。
(……ん?)
どこか遠くで、聞き覚えのある笑い声と悲鳴が重なった気がする。
カエデとツバキ?
(……いや、まさか。ここ異世界だし)
……でも、あの二人ならやりかねない。
(……また何か始まってんな、絶対)
◇◇◇
\\次回予告!//
ダンジョン最深部からの脱出は絶望的!
魔王軍の人数は二人、レベルはなんと……1!?
夜の静寂に響くのは「お姉ちゃん」という寝言。
サクラの心に再び灯るものとは──!?
次回、
『背中合わせのぬくもり』
\\お楽しみに!//
◇◇◇
《征服ログ》
【征服度】 :0.0003%(微増)
【支配地域】:魔王の間(仮)、エストの心(推定10%)
【主な進捗】:
・ハニトラ作戦立案→即座に頓挫
・レベル1という絶望的現実を把握
・勇者奇襲、勇者所在不明につき保留
・サクラ、現実逃避で布団に潜る
【特記事項】:
・「乳・尻・太もも」理論、魔王により論破
・二十歳超えの大人、小柄魔王に完敗
・魔王の間に家電音(出所不明)確認
・戦力:魔王(Lv1)+鬼(Lv1)=絶望(公式見解)
◇◇◇
──【グレート・ムダ様語録:今週の心の支え】──
『正義とは、最初に殴った方に宿る。
その後、炎上したら誇れ。それは正義が世に届いた証だ。
あと、ネットはしばらく見るな。』
解説:
世の中の正義は、いつだって“最初に動いた奴”が決める。
拳でも、言葉でも、先に放った方が世界を動かす。
「話し合おう」は理想だ。
だがムダ様曰く、それはもう“防御姿勢”だ。
正義は譲り合いではなく、奪い合い。
だから迷うな。痛くても殴れ。
その一撃が、自分の信じた正義の形になる。
そして“炎上”とは、世界がその衝撃を受け取った証。
届いたからこそ、燃える。
火がつくのは、誰かの中に火薬──感情や恐れ──があったからだ。
ムダ様はそれを称賛として受け取る。
「炎上した? なら効いたな。正義が世に響いた証拠だ。」
──そして彼は、少し間を置いてこう付け加える。
『……あと、ネットはしばらく見るな。』




