#053 : 本の虫☆鬼姐さんとヴ潰し開幕
── 僕は今日、生まれ変わったんだ。
…
(やーい!やーい!本の虫ー!)
(返せ!返してよ!)
(あっははははは!この本返して欲しかったら、かかって来いよー!)
(それは……お母さんとお姉ちゃんが一生懸命働いて……
僕に買ってくれた、大事な……本なんだよ……!返して……返してよ……!)
…
「……うっ、うっ……ひっく、ひっく……」
僕は丘の上で村を見下ろしながら、ひとり泣いていた。
(あなたはとても賢い子。だから、お母さんたちの代わりに勉強していてね)
(そうそう!この家のことは、お母さんとこのお姉ちゃんに、まっかせっなさーい!)
優しい声を思い出すたび、涙は止まらなくなった。
「……うっ……うううー……」
(おお、すごいな!こんな難しい本が読めるのか!さすが俺の息子だ!
……あ、違うな、賢いから俺じゃないか!わははははは!)
僕は、くしゃくしゃにされた髪の感触を思い出して、頭に手を置いた。
だけど、その温もりはもう、どこにもなかった。
「……お父さん……会いたいよ……ううっ……」
……
……その時。
「……どうした?少年。」
背後から、草を踏む音と共に、低く澄んだ声が届いた。
「ッ!?」
慌てて涙を拭いて振り返ると、そこには一本角の鬼がいた。
黒髪の長い髪が風に揺れ、紅い瞳がこちらをじっと見ている。
サクラさんだ。最近この村にやって来たという、鬼の女の人。
「な、なんでも……ないです……」
僕はうつむいて答えた。涙の跡が見られないように。
「森の中に入っていく子供がいたからね。
危ないと思ってつけてきたのよ。……へぇ。こんなに綺麗な場所があったんだ。」
サクラさんも丘からの景色を見下ろし、肩を並べて立った。
「……あら?本を読めるのね。まだ小さいのに、すごいじゃない。」
ボロボロになった本に目を留めた彼女は、優しく笑った。
「……本が……好きなんです。」
風になびく黒髪を見ながら、僕はぽつりと呟いた。
「ふーん。いじめられてた……ってとこかな?」
「で、本の虫ってバカにされた?本を破かれた?
──靴が片方しかない?なら投げな。武器になるでしょ。
もう片方を探して投げれば二回攻撃よ。止まったか?涙。」
「……昔、私が心を救われた言葉。意味はわからないけど。」
サクラさんはぐいっと僕の顔を覗き込んで、にやりと笑った。
「……え?」
「ムダ様語録よ。世界の理。」
「……ムダ、様……?」
「そう。伝説のプロレスラーよ。私がここの世界に来る前の神よ。」
「ここの……世界?」
「そう。私は転生者なの。……これでも、前の世界では人間だったのよ。」
少しだけ寂しげに、サクラさんは笑った。
「ええっ!?す、すごい……!転生者に会ったのは初めてです!」
「ふーん?……その反応からすると……他にも居るかもってこと?」
「はい。言い伝えは残ってます。」
「そっか。探してみるのも面白いかもね。」
彼女は、ぽつりと呟くように言った。
「ねぇ、サクラさん……」
「ん?」
「……前の世界の話、もっと聞かせてくれませんか?」
「いいわよ。」
サクラさんはふっと笑って、僕の隣に腰を下ろした。
そして、ほのかに酒の匂いがした。
「酒くさっ……」
「…………。」
そうして彼女は、前の世界──“日本”という国の話をしてくれた。
プロレスに、お笑いに、漫画に、日本酒──聞いたこともないものばかりだったけど、全部が全部、心を掴んで離さなかった。
……
「おっと、そろそろ時間だわ。私、用事があるの。」
「また聞かせてください!本当にすごかった……!僕、日本に行ってみたいです!」
「ふふっ、いいわよ。その代わり、あなた……この世界の文字を教えてくれる?」
「はいっ!喜んで!」
「そうだ。まだ名前、聞いてなかったわね。私は……」
「サクラさんですよね!」
紅い瞳を見ながら、僕は笑って言った。
「……まぁ、目立つしね。鬼だし。」
「僕の名前は……ヴィヴィです!」
「……また【ヴ】かよ!?なんなんだこの世界!?
お前の名前はもう、ハカセ!それでいいな!?いいよな!?」
突然怒鳴られて、びっくりしたけど、どこか優しくて──思わず笑ってしまった。
……でも、そう。
——僕は今日、生まれ変わったんだ。
「さて。涙止まったなら、次は仕返しの番でしょ?ムダ様はこうも言ってた。
『先に仕留めておけば、正当防衛だって言い張れる。どうだ?元気か?』ってさ。」
「……!」
僕は思わずサクラさんに見惚れてしまった。
「ムダ様の言葉ってのはね……理屈じゃなくて、魂に刺さるのよ。」
サクラさんはニコッと笑い、立ち上がった。
僕は思わず、くすりと笑った。
まるで、本に出てくる女神様みたいに思えたから ──。
……
── 後に、魔王軍の軍師と呼ばれることになる少年と、サクラはこうして出会ったのだった。
僕の手には、ボロボロの本と、片方だけの靴が残っていた。
(つづく)
※次回、サクラたちは領主に会いに!?
◇◇◇
《征服ログ #032》
【征服度】:2.6%(村の子どもとの交流により信頼度上昇)
【支配地域】:リンド村(拠点化進行中)
【主な進捗】:村の少年ヴィヴィ(後の軍師)との邂逅。
サクラ、涙を拭いてやり、プロレスとムダ様と日本の話を伝授。
少年の心に火を灯し、未来の魔王軍の頭脳を獲得。
【特記事項】:
・サクラ、初の“心を救う側”として機能。
・ヴィヴィ→ハカセに即改名。伝統芸【ヴ】潰しも発動。
・少年はもう一人じゃない。勇気と靴で二回攻撃だ。
◇◇◇
──【今週のムダ様語録】──
『靴が片方しかない?じゃあ投げれば武器だろ。もう片方を探して投げれば二回攻撃だ。止まったか?涙。』
解説:
涙を止める理由に理屈は要らん。勢いと物理で十分なんよ。
止まったか?涙。