#052 : 正義が来たので、とりあえず殴った。
──ギルドというのは、どうしてこうも人が多いのだろう。
私はオーミヤの冒険者ギルドで、掲示板を前に盛大にあくびをしていた。
「これ、"凶暴カボチャの駆除"。食べられそう。」
『お姉ちゃん、それはたぶん食用じゃ……』
「えー、じゃあこっち。"巨大ナメクジの粘液採取"──うん、ないな。気持ち悪いわ」
『お姉ちゃん、もう少し真面目に探そう?』
「だから魔王討伐10億リフルやろうよ?」
『だから殺す気か☆』
「今日も平和ですな」
「ですねー」
辰夫と辰美も掲示板を見ていた。
──そのときだった。
バァァァァァン!!!
ギルドの扉が爆発四散。
ざわざわ!?
「「「「な!?なんだ!?」」」」
ギルド内がざわめく。
白煙の中から現れたのは、白銀の鎧と十字の紋章。
背中に太陽を背負うように、声高らかに叫ぶ女がひとり。
「この地に"異端"ありと聞くッ!
ならば、我が正義をもって──断罪する!!」
(……ああ、うるさい)
そのまま、正義を叫ぶ女へと向き直る。
「あら怖い。で、誰に"審問"するつもりなの?白マントさん」
「貴様だッ!鬼の女!!」
「貴様こそが”常闇のダンジョン”を率いた異形の女ッ!
この剣と魔法で、正義の審問を下すッッ!!
──ラウワ王直属、異端審問官・ユリシアが裁くッ!!」
叫ぶと同時に、その剣が炎を纏い、雷が唸り、ギルドの天井が吹き飛ぶ。
どうやらユリシアとやらが戦闘体制に入ったようだ。
(早ッッ!?話す気ゼロ!?…はぁ。やっぱり私がターゲットか。面倒ね)
私は軽く髪をかき上げて、その隣にいるエスト様の袖を引いた。
「……エスト様。少しだけ、耳を貸して?」
『うんっ、なになに☆』
にこにこと顔を寄せてくるエスト様に、私はだるそうに囁く。
「──ギルドの外に出て…ごにょごにょ…を…お願い」
『あいよ!わかった☆』
ふにゃっとした笑顔のまま、エスト様はぴょんと駆け出す。
そして途中で──
『辰夫!辰美!こっち来て☆』
「えっ」
「はい??」
『お姉ちゃんのお願いだよー☆』
その一言に、辰夫と辰美の顔色が変わった。
「……なるほど」(辰夫 : "嫌な予感"が全力でしている)
「なんか面白いことやるんだねw」(辰美 : 何をするのかは分かっていない)
「ふふ……小娘楽しそうね。」
私は口元に手を添えて、小さく笑った。
そしてユリシアへと向き直る。
「はいはいわかった…ったく!うるっせぇなぁッ!!」
──私は考える前に殴っていた。
貝殻ナックルを装着し、そのままユリシアの顔面めがけて拳を振るう!
ドォォォォォン!!!
だが、ユリシアはとっさに剣で受け止めた。
衝撃波がギルド中に響き、ついでに近くの受付カウンターが木っ端微塵になる。
「うわあ!?」「カウンターがあああッ!」
「ギルドが戦場になってる!?」
「……いきなり殴りかかってくるとは……!卑怯者め!!」
ユリシアが睨みつけながら叫んだ。
「え?何が?先手必勝よ?──“正義”って叫ぶ奴ほど、話が通じない。だから黙らせろ。ってね?」
私は肩をすくめてニヤリと笑う。
「へぇ?これをちゃんと迎撃できるなら、手加減しなくて済みそうね?」
「ふんっ!」
ユリシアが斬りかかる。
炎の刃が唸りをあげて、一直線に──!
「"聖炎斬"ッ!!」
ズバァァァン!
「ほいっと」
軽やかに横に跳び、拳で反撃。
「遅いのよ、正義バカ!」
ガキィィィン!!
剣と拳が激突、火花が散る。だが──
「チッ」
私の表情が曇る。
ユリシアの剣技は、予想以上に鋭かった。
「"雷光連撃"ッ!!」
バリバリバリッ!!
電撃を纏った剣が、一瞬で五連撃を繰り出す!
ザシュッ!ザシュッ!ザシュッ!ザシュッ!ザシューッ!!
「いち、に、さん、しー……って多ッ!!ごおおおおおおっ!!?」
私は吹っ飛ばされながら床を滑り、ギルド内を横断した。
舞い上がった埃が視界を覆う。
ギルドの空気が一瞬、静まりかえる。
「決まったか……?」
ユリシアが剣を構え直し、警戒を解こうとした、そのとき。
──ゴゴ……ッ!
埃の中に、赤い瞳がゆっくりと浮かび上がる。
「……ふう。終わった?」
私の頭、肩、腹部には、薄く透明な貝殻が張り付いている。
「ああ、これ?貝殻生成……部分的にね。全身は面倒だから、斬られた箇所だけ」
パリパリと貝殻を剥がしながら、私はにやりと笑った。
「で?まだ正義ごっこ、続けるの?」
「奇妙なスキルだが……正義は、悪に負けんッ!!」
ユリシアが跳躍し、天井に向かって剣を振り上げる。
「"天罰雷撃"ッ!!」
ゴロゴロゴロ……
ドカァァァァァン!!!
ギルドの屋根に巨大な雷が落ち、建物全体が崩れ始める。
「ちょっと待てよ!!建物壊すなバカ!!」
「悪を断つためならば、多少の犠牲は──」
「犠牲って何よ犠牲って!!修繕費誰が払うと思ってんの!?
──あぁ!もう!マジでムカつく。これ以上ギルド壊されたら仕事受けられなくなんのよ!」
「外でやりましょうか、正義の騎士様いや、ユリ様」
数十個の貝殻が次々と生成。
「食らいなさい!シェルバレット!振りかぶってぇー!投げちゃいましたー♪」
ヒュンヒュンヒュン!!
貝殻を弾丸のように連続で投げつける!
「"聖光斬"ッ!」
キンキンキン!!
ユリシアは剣で迎撃しながら口を開く。
「我が王より命を受けている!!貴様のような異端は──」
「王様?私、王様に嫌われるようなことはしてないわよ?」
その隙に、長い棒状の貝殻を生成。
「貝殻バットぉー♪」
一瞬で間合いを詰め──
「磯野ぉッ!野球しよう…ぜっ!!!!!」
ブォンッ!!!ガン!
「なっ──!?」
ユリシアが剣でガードするが、凄まじい威力に吹き飛ばされる。
ドガァァァン!!!
「うわああああああ!!」
ユリシアはギルドの外まで派手に吹っ飛んでいく。
そのとき──
『お姉ちゃ〜ん!準備できたよ〜〜☆』
外から聞こえる、エスト様の声。
(よし、タイミング完璧!)
「あら、ちょうど外に出たじゃない?……さて、後半戦といきましょうか」
私は、ゆっくりと外へ歩き出した──。
(つづく)
◇ ◇ ◇
《征服ログ #052》
【征服度】:4.05%(“正義”に絡まれただけ)
【支配地域】:オーミヤ(ギルド:天井消失、壁一部崩壊)
【主な進捗】:
・異端審問官ユリシアが登場するも即開戦
・サクラ、問答無用で先制パンチ
・ギルドの天井と受付カウンターが爆散
【特記事項】:
この日のサクラは、話を聞く気がゼロだった。
そして、正義の人はゼロ距離でバットを受けた。
ギルドのHPもゼロに近い。
◇ ◇ ◇
──今週のムダ様語録──
『“正義”って叫ぶ奴ほど、話が通じない。だから黙らせろ。』
解説 :
ムダ様の教え。
「正義って叫ばれるとイラッとするから、先に殴っとけ」