#042 : 辰夫の独白☆竜王の誓い
──これは、かつてあの地下深くで投げ飛ばされた竜王の、静かな独白である。
かつて、我がすべてを失った場所があった。
──常闇のダンジョン、100層。
主を喪い、誇りを捨て、翼を畳んだ我は、ただあの底で、終わりを待っていた。
千年の時を生きた我にとって、最後の百年は絶望の淵に沈んでいた。
ユズリハ様が倒れられたあの日から、我の世界は色を失い、音を失い、ただ冷たい石の感触だけが残った。
強大な力も、長い記憶も、すべてが重荷でしかなかった。
「もう、誰も我を必要としない」
そう呟いては、深い眠りに落ちる日々。
目覚めるたびに、現実の重さに押し潰されそうになる。
そこへ現れたのが、サクラ殿だった。
「あはは!ドラゴンさん…チェック!メイちょ…ぁ……ょ…」
── 問答無用で足を掴まれ、ドラゴンスクリューで地にめり込んだ。
衝撃と痛みとともに、我は確かに思った。
"これは一体、なんなのだ"と。
あまりにも突然で、あまりにも理不尽で、あまりにも──痛かった。
だが、その名を"辰夫"と呼ばれた瞬間から、我の時間は再び動き出したのだ。
「……は? ヴ が言い難い!もう 辰夫 でいいな?な?辰夫?」
その屈託のない笑い声が、千年の沈黙を破った。
高貴でもない。理性的でもない。凛とした気配など、微塵もない。
それどころか、常識すら疑わしい。
礼儀作法など皆無。
品格?そんなものは最初から存在しない。
だが、それでも、ふとした仕草の中に──
どこか、ユズリハ様を思い出させるものがあった。
── 誰よりも先に動き、誰よりも乱暴で、 それでも周囲を置いていかない"先頭の背中"。
(……ユズリハ様が誇りを背負った背中なら、サクラ殿は自信だけで突き進む背中。)
ユズリハ様は、重い責任を背負いながらも、それを美しく昇華させるお方だった。
一方、サクラ殿は──責任など何処吹く風で、ただ「面白そう!」という理由だけで突き進む。
それでも、二人に共通するのは、決して振り返らない強さ。
そして、その背中を見ていると、なぜか安心できるという、不思議な魅力。
……その姿が、我の心に灯をともした。
「配下になれと言ってるのよーッ!」
何の迷いもなく、我を仲間に加えるその決断。
千年の孤独を、一瞬で打ち破る、その単純な優しさ。
"かつての主の背中"と、"今の主のドヤ顔"が、なぜか重なって見えた。
ユズリハ様の凛とした横顔と、サクラ殿の間抜けな笑顔。
正反対でありながら、どちらも我を前に進ませてくれる。
それが、我がこの命を預ける理由としては──十分すぎた。
「面白そうだから?ノリと勢いでしょ?」
「……それだけですか?」
「なんだよ!」
このやり取りを何度繰り返したことか。
最初は呆れ果てていた我も、今では微笑ましく思える。
なぜなら、サクラ殿の「楽しそう」という言葉の中に、我も含まれているからだ。
そう思えるようになったのは、いつからだろうか。
もしかすると、我もまた、千年ぶりに「楽しい」と感じているのかもしれない。
ユズリハ様への忠誠は、今も我の心に深く刻まれている。
それは消えることのない、永遠の絆だ。
しかし、サクラ殿への想いは、それとは違う形で我の中に根付いている。
崇拝ではなく、親愛。
畏怖ではなく、信頼。
そして何より──共に歩みたいという、素直な気持ち。
「我はここにいます」
その言葉に込められた想いを、いつかサクラ殿に伝えられる日が来るだろうか。
それまで我は、この新しい主の背中を見つめ続けよう。
時には呆れ、時には笑い、時には心配しながら。
そして、必要な時には、千年の力で護り抜こう。
──これが、かつて絶望の底で朽ち果てようとした竜王の、新たな誓いである。
(つづく)