#035 : 鬼ころし☆酒くさ調教と村イベント不発
前回のあらすじ
→ 甲子園の「ファーーー」は人の声じゃなかった。(驚愕)
◇◇◇
サクラ「……チクセウ……チクセウ……」
私は草の上に崩れ落ちたまま、懐から一升瓶を取り出した。
ラベルには達筆な筆文字で、こう書かれていた。
鬼ころし
【ダメな鬼の味方】
“涙の数だけ、酔いしれろ。──by サクラ”
「こいつが!こいつが!全てを忘れさせてくれるんだよぉ……ッ」
グビッ、グビグビグビッ!
エスト『お酒持ってきてた!?』
辰夫「鬼が”鬼ころし”飲んでるの、だいぶ業が深いですな……」
エスト『お姉ちゃんのこの状態……もう完全にダメだぁ……今日はここで野宿しよっか☆太陽もあったかいし!』
辰夫「そうしますか……」
サクラ「うふふ……地熱で発酵させるわ……おばあちゃんの漬物を……」
エスト『お姉ちゃん早く帰ってきて!』
── 私はそのまま、静かに目を閉じた。
世界が優しく光り、私は、うっすら光合成していた。
◇◇◇
そして夜が明けた。
(てーれってーれってってってーん♪)
──私は、光合成しながら一晩寝た。
この星が地球かどうかは知らないけど、ちょっとだけ優しくなれた気がした。
「……辰夫ッ!辰夫ぉーッ!!」
私は手をパンパン叩きながら叫んだ。
「は、はいッ!!」
辰夫は慌てて飛んでくる。
「遅い!呼ばれる前に来いッ!!昨日という貴重な時間を、あんたのせいで全ロスしたのよッ!!」
「えっ……我のせい……ですか!?って酒くさッ!」
辰夫が一歩下がった。私は一歩詰めた。
「……まあいいわ。今日はちょっと頼みたいことがあるのよ。」
「な、なんでしょうか…?」
辰夫がまた一歩下がった。私はまた詰めた。
「なんで追いかけてくるんですか……?」
サクラ「街とか村とか空から周囲を見て来なさいッ!」
辰夫「か、畏まりましたッ!!!」
そう言って辰夫は、地面から”逃げるように”飛び立った。
どうやら私は、竜王・辰夫の調教に成功したようだ。
エスト『良かったぁ☆お姉ちゃんが元に戻ってきた!』
エスト様の笑顔がまぶしかった。
《天の声 : 魔王軍は今日も平常運転です。》
◇◇◇
しばらくすると辰夫が偵察を終えて戻ってきた。
翼がバサバサいってる。
サクラ「辰夫!遅いッ!!」
辰夫「ま、まだ……酒くさッ!!」
サクラ「うるさい!こっちは呼吸するたびアルコール揮発してんのよ!!……で?成果はッ!?」
辰夫「えっと、近くに人間の村がありました……」
サクラ「ほぅ……人間の村……」
私はニヤリと笑い、口元を拭った。ほんのり酒の香りがした。
サクラ「エスト様?どうします?この姿では歓迎されないでしょうし ──いっそ、先に驚かせておきます?」
エスト『え……えぇと……酒くさッ!』
エスト様が半歩引いた。私は一歩詰めた。
エスト『と、とりあえずそこに行こうよ!』
エスト様がまた半歩引いた。私は一歩詰めた。
サクラ「そうですね。行きましょう!」
エスト『だから酒くさッ!』
エスト様がまた半歩引いた。私はまた一歩詰めた。
エスト『なんで追いかけてくるの!?』
サクラ「……。」(無視)
エスト『……。』(困惑)
(沈黙)
サクラ「村長とか子供とかをね♪人質にしてね♪ 交渉するってのはどうでしょう♪」
エスト『お姉ちゃん……!?』
辰夫「サクラ殿、それは…さすがに……」
サクラ「交渉ですよ?交・渉。やだなあ、私そんな鬼じゃないですってぇ♪ただし平和的にね♪ 村ごと屈服させるだけです♪」
エ&辰『「……鬼がおる。」』
サクラ「ちょっと待ってください!!セオリー通りなら……」
私は空を見上げた。
サクラ「このタイミングで、村娘がモンスターや盗賊に襲われ、そこに私たちが通りかかって、助けてさ?『ありがとう!あなたたちって悪い人じゃないんですね!?是非私の村に!』みたいなイベントが発生するんですよねぇ……」
エスト『へぇ…そういうもんなんだ。地上って☆』
サクラ「はい。出会い系イベントでね。」
辰夫「そんなわけ無いと思いますが……」
『……………。』
「……………。」
「……………。」
私たちは目を閉じ、風の音に耳を澄ませた。
(5秒経過)
(10秒経過)
(30秒経過)(カラスの声)
カラスが近くの木の実をつついてポトリと落とす。
落ちた実がコロコロ転がって私の足元へ。
サクラ「……これ、イベントフラグ?」
辰夫「ただの木の実ですな」
(静寂)
サクラ「……まだ?」
エスト『まだ誰も来ないねぇ』
辰夫「当たり前です」
サクラ「普通こういうシーンでは村娘が悲鳴をあげながら来るんじゃないの!?」(ぷんすか!)
「まあいいわ。とりあえず村に向かいましょう!」
「あとはその時のノリと勢いで──征服するかしないかを決めます♪」
エスト『うん!そうだね☆』
辰夫「絶対大騒ぎになるだろ……」
……辰夫の目が死んでいた。
たぶん、今すぐ帰りたいと思ってる。
でも無理。逃がさない。これが私の魔王軍だ。
(つづく)
◇◇◇
《征服ログ》
【征服度】 :1.00000001%(光合成により微増)
【支配地域】:なし(ダンジョン脱出後、まだ村は襲っていない)
【主な進捗】:ダンジョン最下層を制圧し、地上へ進出。
サクラ、野いちごを食べて”光合成”を習得。
【特記事項】:光合成、鬼ころし、おばあちゃんの白菜──
サクラが植物寄りの生命体にシフト中。
なお、村娘との邂逅イベントは発生せず、
魔王軍は気分で征服予定。