#033 : 教祖伝説開始 † 私が神になる
── 私は今日も聖女だった。
望んでいないのに、崇められている。
拒めば「悪魔め!神罰が下るぞ!」と脅され、
うなずけば「さすが聖女様」と持ち上げられる。
(どうしてこうなったの……誰かたすけて……)
──だけど私は、昨日、覚醒した。
左目から放たれた光と、心に刻まれた言葉──
ツバキ『神よ…その手が差し伸べるのなら、俺の影まで抱きしめてみせろ。── Contradiction.』
神アニメ『堕光のカイ』の主人公カイ様が第十話で言ったセリフ。
アニメのセリフたけど、今の私にとっては、本物の祈りだった。
ツバキ「我が眼はすでに覚醒している……」
私はいつものように、カイ様の言葉を呟く。
誰に聞かせるわけでもなく。ただ、自分に言い聞かせるように。
右目を閉じ、左目に力を入れる。
ツバキ「万象よ、黙して我が視線を浴びよ。灼き尽くすは理、そして秩序。我が名はツバキ……灼瞳の神子。世界を燃やし、神を嘲る──」
ツバキ「なーんて。出るわけ……」
ビーーー♡
[挿絵]【黙示録インシデント : 神託か誤射か。その日、世界は焦げた】
ツバキ「……デタ……」
──やっぱり、ビームが出た。
焦げる音とともに、部屋の一角が明るく染まった。
本棚に並べられた古びた聖典──歴代の聖女の教えを記した“光の契約録”が、一瞬にして焼け落ちていた。
ツバキ「……あッ!」
私は思わず駆け寄る。左目がじんわりと熱を帯びている。
ツバキ「やっば……!!」
灰と化した革表紙が、パラパラと床に崩れ落ちた。
(怒られる、絶対怒られる……!どうする!?どう言い訳すれば!?)
だが、私の背後で。
ローザ「……聖女……様……?」
低く震えた声がした。
振り向くと、朝食の支度をしていた侍女のローザが立ち尽くしていた。
目を見開き、胸元の十字を強く握りしめながら。
ローザ「今のは……光の裁き……!」
ローザ「旧き契約を焼き尽くす、“新たな啓示”……!」
カエデ「ちょ、いつから見てたのッ!?……恥ず……って違、あれは、ただアニメの──」
ツバキ「いえ、あの詠唱……間違いなく神託でした!“我が眼はすでに覚醒している”その一節、書き残してもよろしいでしょうか!?」
ツバキ「ぎゃあああ!聞かれてたああ!恥ずかしいい!!!」
私は頭を抱えてブンブンした。
ローザ「申し訳ありません!!今すぐ筆録隊を呼んできます!!」
ツバキ「待って!?そんなの呼ばないで!?!?」
バタンッ!!
ローザは全力で走っていった。
扉が閉じた瞬間、残された私はただ、呆然と立ち尽くした。
──
静まり返る部屋。
床には、黒く焦げた本の残骸と、世界が変わる気配だけが、残っていた。
私は小さく呟いた。
ツバキ「……これ……普通にやばいな……」
◇◇◇
あれから、どれだけの時間が経ったのだろう。
私はひとり、部屋の隅で膝を抱えていた。
(お願いだから誤解であって……いや、あの勢いはもう……教義にされてる未来しか見えない……)
心の中でカイ様に祈った。
でも帰ってくるのは静寂だけ。
天井が高い。逃げ場がない。
──ガチャ。
ローザ「聖女様ァァーッ!!」
ローザが凄い勢いで帰ってきた。
ドアを開けたままスライディングで膝をつきながら報告してくる。
ローザ「ただいま!カメリア聖典 第一章の筆録が開始されました!!」
ツバキ「カメリア!?良い名前だけど!!!」
ローザ「すでに数名の修道士が、御言葉を複写中です!」
ツバキ「御言葉じゃないの!!あれはただのノリなの!!日常テンションなの!!」
ローザ「では!第一章、冒頭の一節をお聞きください」
ツバキ「この人!話しを聞かないタイプ!!」
ローザ「『我が眼はすでに覚醒している……黙して視線を浴びよ。
灼き尽くすは理、そして秩序。』」
ツバキ「うわああああバッチリ記録ぅううううう!?」
「やめてえええええぇぇぇぇぇ!!」
私は床にのたうち回った。
ローザ「次に第二節──『世界を燃やし、神を嘲る──灼瞳の巫、ここに在り。』」
ツバキ「これも記されるの!?恥ずぅうあううううう!」
私は床に何度も頭を叩きつけた。
…
(とりあえず椅子に座って落ち着こう……)
──ガタンッ!
足元の焦げ跡で椅子の脚がズルッと滑り、お尻を強打!
ツバキ「ッッッ……!!(声にならない)……っはぁ……」
私はお尻を押さえてうずくまった
ツバキ「いったぁ……! 闇に堕ちた者は光を求める……だが私は、闇に腰を据えようと玉座を求めて腰を落としたら、そこにあったのは虚無──臀部に運命の審判が下された……」
……はっ。
やべ、ついカイ様のセリフ、口に出してしまった!
ツバキ「あっ、今の忘れて!!アニメのセリフだから!!」
ローザ「聖女様……!なんと深遠な啓示……!」(目を輝かせ、両手を胸に当ててプルプル)
いや、違う違う違う。これはただのオタクの口癖で──
ツバキ「いやいやいや、これ絶対誤解されるやつ!!」
ローザは目を輝かせ、腰に下げた小型ベルを鳴らした。
シャラン♪ シャラン♪ シャラン♪
ローザ「修道士!【カメリア聖典 第一章・第三節】の筆録を開始します!!」
は?第三節?もう二節まで終わってたの?早くない?
修道士たちがぞろぞろ入ってきて、羽ペンをカリカリ走らせ始めた。
ローザ「これは“座の無き啓示”として記録します!記せ!『闇に堕ちた者は光を求める。しかし聖女は闇を玉座とし、虚無の座に腰を落とし、臀部に神罰を受けた』!」
修道士「……崇高……!」(羽ペンを落とし、両手を合わせる)
ローザ「さらに追記──『臀部の痛みこそ魂の浄化なり』!」
修道士「かしこまりました!」(カリカリ…)
ツバキ「いや違うってば!ただお尻を打っただけなの!!」
……こうして、カイ様の中二セリフは、“座の無き啓示”として、しっかりカメリア聖典に組み込まれてしまった。
おそらく未来永劫、削除されることはない。
◇◇◇
── 私は、知ってしまった。
この世界では、ノリで発した中二ワードが宗教になる。
侍女は震える指で巻物を開き、うっとりと目を細めた。
ローザ「……聖女様の御言葉は、美しいですね……」
ツバキ「あなたさ!もっと人の話に耳を傾けようよ!?」
──そしてその日。
私の“日常語録”は、カメリア聖典 第一章として正式に聖堂へ奉納された。
左目のビームは「ホーリービーム♡」と呼ばれた。
ツバキ「ダサッ!?名付けセンスぅ!?」
──こうして私は、完全に誤解されたまま、本物の聖女として崇められていく。
だけど、いい。本当の私は、知ってるから。
私はただのツバキ──
でも、今は「聖女ツバキ様」って呼ばれてるからには──やるしかない。
(サクラなら……きっとこうやって開き直るだろうしね。ふふふ……はぁ……)
この世界の神が偽物なら──私が、神になる。
(ああ、カイ様。私は……今、確かに、あなたの影を受け入れた)
──聖女ツバキの教祖伝説が始まった。
(つづく)
◇◇◇
《征服ログ》
【征服度】:該当外
征服そのものは進んでないが、信仰勢力による誤解が暴走
【支配地域】:カメリア聖堂
【主な進捗】:
・左目ビーム
*正式名称:ホーリービーム♡)が聖なる奇跡として定着
・侍女ローザの誤解と熱意により、「カメリア聖典」編纂が爆速進行
・ツバキ、否定も逃走も間に合わず、聖女・教祖として覚醒
・中二ワード、詠唱、ビームが三位一体となり、宗教誕生
【特記事項】:
・ツバキ、信仰対象になってしまったが本人はずっと床を転がっている
・ローザの記録力と解釈力が異常に高く、誤解を確定事項へと昇華
・「神になるしかない」という選択肢に割とノリで首を縦に振った
・信徒数:現時点で5名、だが“教義の濃度”が異様に高い
◇◇◇
──【今週のカイ様語録】──
『闇に堕ちた者は、光を求める。だが俺は、闇に腰を据えようと玉座を求めて腰を落としたが、そこにあったのは虚無──臀部に運命の審判が下された。(つまりケツ強打して痛ぇ)』
【カメリア聖典 第一章・第三節・座の無き啓示】
ツバキ様は語った──
「玉座を探す者は多い。だが、尻で世界を悟った者は少ない」
よって正座は神意。椅子は反逆。死刑。ケツも痛い。
ツバキ「言ってない!言ってない!」




