#029 : ド天然勇者カエデ爆誕☆スリッパで異世界に来ました
……シュパッ!!!!!ゴチン☆
「いったぁああああ!? 」
「ちょ…ここどこ!?魔法陣!?」
「私、今ドア開けたばっかなんだけど!?」
「え?スリッパ!?またスリッパで会社行くとこだった!」
(キョロキョロ)
「……ってここどこ!?」
──常闇のダンジョンより、はるか遠く西の地。
たこ焼きと笑いが支配する、陽気な国──オサカ。
魔法陣の中心に1人の女が現れた。
魔法使い1「勇者様や!」
魔法使い2「召喚陣、反応してるわ!」
魔法使い3「せやけど……あの子、スリッパやないか!」
魔法使い4「ツーテンカクから来たんちゃう!?」
魔法使い1「やかましわ!勇者様や!!」
魔法使い1「希望やねん!うちの国に残された唯一の!」
魔法陣を取り囲んでいる魔法使い達から歓声が上がっている。
「え?えええ?……これって!?……もしかして?異世界転移ッ?……マジッ!?」
──
(……まさか、本当に異世界?……しかも私が勇者……?)
私の名前はカエデ。普通のOL。
いまスリッパ履いてる。
なのに、勇者とか魔王とかモンスターとか……そんなの、聞いてないよ……
ここはオサカって国らしい。
たこ焼きの匂いはするし、人は陽気だし……
うん、今のところ異世界感が薄い。
でも、モンスターが活性化したから魔王が復活した?とかでみんな焦ってるらしい。
……でも本当のところは、誰にもわからない。
元の世界に帰るには魔王を倒さなければならないらしいです……。
……星が、近い気がする。
もしかして空気が澄んでるから?
でも私の心は濁ったままです……なんてね。
胸の中はモヤモヤしたままだった。
「はぁ……本当に私なんかに魔王を倒せるのかな……」
思わず漏れたため息と一緒に、窓ガラスに額を押し付けた。
冷たい……でもこの感触が、現実味を取り戻させてくれる。
「帰りたいな……お父さん、お母さん、みんなに会いたい…」
目に涙が浮かんできた。
(なんで、私なの……?)
帰りたい。
お父さんやお母さん、友達に会いたい。
普通の毎日が恋しい。
どうして、私だけがこんな目に……
胸がぎゅっと締めつけられる。
抑え込んでいた不安が一気に膨れ上がって、涙が溢れそうになった。
でも──そんなとき、ふと頭の中に浮かぶのは、いつだってあの子だった。
(……サクラだったら、どうするかな)
私の親友は、いつも強かった。
いや──本当は強いんじゃなくて、弱さを吹き飛ばす勢いがあっただけかもしれない。
《迷った時はね、私ならどうするか考えなさい。ロクな案は出ないけど、元気だけは出る》
いつもの呆れた笑顔で、私に言ってた。
「……ぷふっ」
思わず声が漏れた。
涙が頬を伝ったけど、今度は不思議と苦しくなかった。
「ほんとサクラって、いつも無茶苦茶だったよね……」
でも、その無茶苦茶に何度も救われてきたんだ──
「……私も、少しだけ無茶苦茶になってみようかな」
胸の奥から、確かに勇気が湧いてきた。
サクラならきっと、泣き言を言う暇があったら敵をぶん殴ってる。
私も……少しでも、サクラみたいに。
── 突然死んでしまった親友。
(会いたいなぁ……サクラもこの世界に来てたりして…)
「まさかね……でもサクラなら……きっと魔王になってるわね……あはは」
そう呟いて、再び夜空を見上げてみた。
一瞬の不安はまだ胸に残っているけれど、サクラを思い出したことで確かな勇気が芽生えていた。
「サクラ……会いたいな」
楽しかったサクラとの記憶が甦る。
その温かな思い出が、私の中の弱さを少しずつ溶かしていく。
鏡の前に立ち、自分自身を見つめる。
昨日までの自分と同じ顔だけど、どこか違う光が宿り始めている。
「私、カエデ。普通の女の子……スリッパ履いてるけど……」
ベッドに腰掛け、明日からの訓練に思いを馳せる。
緊張はあるけど、完全な絶望ではない。
目を閉じる。闇の中に、かすかな希望の光が見える。
「あ……お腹すいたな……」
(ナレーション)
静かな夜の中、彼女はスリッパを履いたままベッドに倒れ込んだ。
ぽよん☆(胸が揺れた)
異世界に舞い降りた女勇者、装備はスリッパ。
本人は運命が近づいてることにすら気づいていない。
(つづく)
──その夜。
遥かな深淵より、さざ波のような声が這い出す。
「……これで、二つめ。鍵は揃いゆく。
ならば、我らも──抗うとしよう。"闇の底"よりな」
誰も、まだ知らなかった。
⸻
※次回:勇者カエデの絶望の訓練開始!?
◇◇◇
《征服ログ》
【征服度】 :1.0%(サクラ側進行分を維持)
【支配地域】:なし(スリッパで着地しただけ)
【主な進捗】:勇者カエデ、異世界に召喚。
サクラ語録により洗脳の兆候あり
【特記事項】:まだ何もしてない胸が揺れただけ
魔王軍に新たな天然勇者が加わるのかもしれない
◇◇◇
──【今週のサクラ語録:カエデの心の支え】──
『迷った時はね、私ならどうするか考えなさい。ロクな案は出ないけど、元気だけは出る。』
解説:
カエデがいつも頼りにしてきた親友サクラの破天荒な名言。
思い出すのは部署異動、警察沙汰、飲み会の修羅場と事件ばかり。
いつだって真っ直ぐだった。
状況は悪化しても、不思議と元気が出る──それがカエデの心の支えだった。