#027 : 【プロローグ #002の旧バージョン 読み飛ばし可】魔王の願い☆ひとりぼっちの召喚儀式
※本編はサクラを異世界に召喚する時のお話です。
◇◇◇
──これは、サクラが異世界に召喚される少し前の話。
まだ誰も笑っていなかった頃。
小さな魔王が、ひとりきりで“家族”を呼んだ──その夜の物語。
◇◇◇
パンジャ大陸の南東、魔力の濃いタマイサ地方──その最奥、常闇のダンジョン最下層。
地下深くに眠る古い石造りの遺跡。
紫の光が苔むした壁を照らし、空気には霧のような魔力が満ちていた。
魔王の間──天井は見えないほど高く、巨大な石柱が闇の中に立ち並んでいる。
かつては壮麗な玉座が置かれていたであろう奥の壁には、今は苔と蔦が這い回り、廃墟の静寂が支配していた。
その広間の中央で、ひとりの少女が立っていた。
銀色の髪が腰まで流れ、深紅の瞳が暗闇の中で小さく光っている。
額から生える小さなツノは、まだ幼さを残していた。
魔王家最後の末裔──エスト。
『やるしかない……』
エストの声は、広い空間に虚しく響いた。
石壁に反響して、まるで複数の声が彼女を嘲笑っているかのように聞こえる。
エストは、がらんとした広間をゆっくりと見回した。
足音が石床に響き、その音さえも孤独を際立たせる。
ここはかつて、父が魔族たちを従えていた場所──。
今は埃の積もった玉座がぽつんと残るだけ。
かつてそこに集っていた者たちの姿は、もうどこにもない。
三年前、父も家臣も執事も──皆いなくなった。
エストは小さく身を震わせた。
冷たい石床の感触が足の裏から伝わってきて、一人でいることの現実を突きつけてくる。
『もう、一人はいや…』
声が震える。エストは両手で自分の体を抱きしめた。
薄いドレスでは、地下深くの冷気を防ぎきれない。
『父様……私のこと嫌いになったの…?』
瞳に涙が浮かんだ。
『泣いてる場合じゃない!私が世界を征服すれば!』
エストは拳を握りしめた。
小さな手に爪が食い込み、かすかに痛みが走る。
(きっと父様も戻ってきてくれる……認めてくれる!褒めてくれる!)
──でも待ってるだけじゃダメ。
もっと強くなって、世界中に名を轟かせなきゃ。
そしたら父様、きっと私を見つけてくれる……きっと……!
(でも、世界を征服する前に……まず、一人じゃ戦えない。一緒にいてくれる誰かがほしい。誰か──家族が……!)
床に這いつくばるように、エストは震える手で魔導書を開いた。
古い羊皮紙のページが、パラパラと風もないのに勝手にめくれていく。
魔力に反応して、文字が青白く光り始めた。
『異界より来たりし魂……我に忠誓を誓わん!』
エストの声が徐々に大きくなっていく。
呪文を唱えるにつれて、彼女の周りの空気が震え始めた。
床に刻まれた古い魔法陣が青白い光を強め、複雑な模様がまるで生き物のように脈打ち始めた。
空間に亀裂が走り、時空が裂けた。
ピリピリと電気のような刺激が肌を撫でていく。
エストの銀髪が、ドレスが見えない風に揺れている。
『来て……お願い!私のそばに……!』
エストは魔法陣の中心に立ち、両手を天に向けて広げた。
彼女の小さな体から、ありったけの魔力を魔法陣へと注ぎ込む。
青白い光が部屋を照らし始めた。
──やがて
光の渦の中心で、ゆらりと黒髪の女性の魂が浮かび上がった。
──その魂には、二つの色が混ざっていた。
白い光と、深い紫の闇。
まるで、二つの魂が重なっているかのように。
『あれ…?なんで二色…?』
しかし、その魂はこの世界の強い魔力に耐えられず、形が歪み始めていた。
『ダメッ!このままじゃ消えちゃう!』
エストの声に絶望が滲んだ。
せっかく呼び出せた魂が、目の前で消えかけている。
咄嗟に、エストは自分の魔力をさらに魂に流し込んだ。
生命力そのものを絞り出すように、ありったけの力を注ぎ込む。
『私の魔力をあげる!だから消えないで!』
エストは自分の魔力が急速に減っていくのを感じた。
まるで体の中の血が抜けていくような感覚。
足がふらつき、視界が霞んでくる。
(これ以上魔力を流したら、私が…でも!)
『それでも!構わないッ!』
エストの叫び声が石壁に反響した。
彼女の体から最後の魔力が流れ出していく。
魂の輪郭がはっきりしていき、黒髪が広がる。
額からツノがゆっくりと姿を現した。
『もっと…もっと強くッ!』
エストはそう叫びながら、ただ必死に魔力を注ぎ込んだ。
もう立っていることもできず、膝をついて両手を魔法陣に向けている。
女性の肌は少し赤みを帯び、ツノが成長していく。
髪の色は黒いまま、瞳の色もまだ見えないが、確実に実体化が進んでいる。
魔法陣の光がピークに達し、部屋全体が真昼のように明るくなった。
── そして。
バシュゥゥン!!
閃光が走り、すべての光が一点に集約された。
耳をつんざくような音が響き、エストは思わず目を閉じた。
……ドサッ…
重い音と共に、長い黒髪の女性が石床に倒れた。
彼女の体は完全に実体化し、わずかに上下する胸が生きていることを示している。
『や!やったぁ!成功…したんだよね!?』
エストの声は喜びに震えていたが、魔力を使い果たした体はひどく重かった。
手足に力が入らず、今にも倒れそうになる。
それでも心は喜びで満たされていた。
『あなたは、私が異世界から呼んだ私の家族……お姉ちゃんだよ!!』
魔法陣の光がふわりと揺れ、やがて消えていく。
部屋は再び暗闇に包まれたが、今度はもう孤独ではなかった。
静寂が訪れた。
石造りの部屋に、二人の呼吸音だけが小さく響いている。
……しかし、女性はまだ目を覚まさない。
エストは小さく首を傾げた。
『大丈夫だよね?ゆっくり目を覚ますんだよね?』
エストはふらつく足で女性の元へと歩いた。
膝をついて隣に座り、その温かい手をそっと握る。
人肌の温もりが、エストの冷え切った体に伝わってきた。
『……もう、一人じゃないよね?ずっと一緒に居てくれるよね?』
エストの声は安堵に満ちていた。
女性の寝顔を見つめながら、彼女は初めて本当の安らぎを感じていた。
冷たい石の部屋で、小さな魔王と異世界から来た女性。
二人の新しい物語が、静かに始まろうとしていた。
── 暗闇の中、エストの赤い瞳だけが小さく光り、希望を映していた。
『よし、まずは自己紹介の練習しよっと!魔王の威厳大事☆』
──こうして、世界征服を目指す“魔王軍”は、静かに始まった。
(#002 につづく)




