#171 : 重力は拳で殴れる
前回までのあらすじ
→ 仕事したくねぇ……(本気)
◇◇◇
【現在地】奈落の底・ワロス城から脱出中
【視点】サクラ
【状況】魔神族幹部のエクセル=テンプレートを撃破し、辰夫とユズリハとの合流を目指す。
◇◇◇
重力が死んでいた。
私とリツは、天井とも床とも言えない空間を全力疾走していた。
いや、“走ってる”自覚があるのはリツだけで、私はただの犠牲者だ。
サクラ「リツ!!ちょっと!!止まって!!」
リツ「……止まりたい……でも止まれない……私の人生みたい……」
サクラ「そんな哲学いらねぇぇぇぇっ!!」
壁が床になる。床が天井になる。
角度とか概念とか、全部バグってる。
リツの加速がバグに乗って、
私の体は三次元の物理を裏切りながら“上へ落ちる”。
サクラ「うわぁ!?なになになに!?ムダ様!!重力裏切ってる!!」
そんなパニックの最中、脳内にムダ様の声が流れ込んだ。
《ムダ様:重力ってのはな、“拳の方向”だ。》
(一瞬の沈黙)
サクラ「……ははーん?……なるほどね」(焦りの顔から“悟り”のドヤ顔へ、0.2秒で変化)
リツ「え、なに?」
サクラ「うん。“拳が重力”ってこと」
(沈黙)
リツ「……は?……違う……絶対違う……」
サクラ「いや違わないよ。だって私、壁殴って方向変えたことあるし。拳の向き=移動方向……そう考えると……」
サクラ「この世界、筋肉で説明つくわ」
リツ「……靴の私より脳がバグってる……」
私はバグ空間の中で、軽く拳を握りしめた。
サクラ「よし。落ちたくないなら──殴ればいいッ!!」
ズドム!!(実際、殴ったら落ちた)
── ストン。
サクラ「ほら落ちた!!ムダ様、正しい!!」
パラパラ……(壁の残骸が落ちる音)
リツ「……サクちゃん……信じる力が強すぎる……」
サクラ「全部、拳が解決する。」
(沈黙)
リツ「……ところで……靴って……どこまで走れば……存在……あるのかな……」(謎理論を無視することに決めた)
サクラ「めんどくさい!!」
そんなカオスの中──
ふわ、と微かな風。
……金木犀。
サクラ「……え?」
リツ「……今……匂いが……」
さらに、その奥で聞こえた。
辰夫「ユズリハ殿、こちらですぞ」
ユズリハ『辰夫!待って、ほら……あの気配……!』
サクラ&リツ「「!!!」」
◇◇◇
通路の先に、二つの影。
辰夫と──ユズリハ。
二人とも瘴気まみれでボロボロだった。
サクラ「辰夫!!ユズリハ!!」
辰夫「サクラ殿!?」
ユズリハ『サクちゃん……!リツ……!』
辰夫「え?リツ殿……?どこに?」
リツの足が震えた。
私は、それが“恐怖”じゃないことにすぐ気付いた。
リツ「……ユズ……姉……?」
ユズリハ『リツ……!!生きてた!!生きてたのねぇぇぇ!!』
ガチャコン!!
靴と籠手が、どういう物理かわからないまま抱き合った。
いや本当にどういう構造なんだ。
辰夫「靴ッ!?リツ殿も防具に!?」
サクラ「籠手と靴の抱擁!目の前で不思議なことが起きてる!!」
リツ「……ユズ姉……私……靴なのに……まだ……存在してて……いいの……?」
ユズリハ『いいわよ!!サクちゃんを蹴って……殴って……支えて……最高の靴よ!!』
サクラ「褒め方おかしくない!?」
リツ(小声)「……消えたい……」
ユズリハ『消えるな!!妹!!』
辰夫(涙目)「千年越しの……姉妹再会……美しい……」(深く考えるのをやめた)
私はちょっと泣きそうで、でも泣くタイミングを逃した。
サクラ「ユズリハ……リツ……よかった……本当に……」
ユズリハとリツが抱き合い、
千年越しの感情がひと区切りついた、その直後──。
辰夫が、ふと固まった。
辰夫「……リツ殿……? 本当に……リツ殿なのですか……?」
リツがゆっくり顔を上げる。
靴なのに、表情が浮かんで見える。
リツ「……リンドヴルム……」
サクラ「……今は辰夫って名前だよリツ」
(沈黙)
辰夫「誇りを取り戻したい……」
サクラ「私が付けた名前に不満でも?」
辰夫「ありません!!」(正座)
そして──辰夫は胸に手を当て、深く息を吸った。
辰夫「……千年前……ユズリハ殿とリツ殿は……我が“主のひとり”でした。」
サクラ「なるほど。ユズリハの時もそう言ってたね」
リツは小さく頷く。
リツ「……あなた、敵にとどめ刺す前に“まだ話し合いの余地があるはずですぞ”って言い始めるから……私が“話し合えないタイプの魔族だって!!”って後ろから蹴って動かしてた……」
辰夫「あれは……平和的解決をですね……」
サクラ&ユズリハ「……」
リツ「……あと、“正しいフォーム”に拘りすぎてて……戦闘中でも姿勢を直そうとしてスキだらけだった……私が後ろで“今じゃない!!”って蹴ってた……」
辰夫「姿勢の正しさは生命線ですぞ!!」
サクラ&ユズリハ「……」
サクラ「(こいつ、千年前から変わってねぇ……)」
辰夫「……リツ殿は……いつも……我に対して誠実であってくれて……あれ……でも……いつも蹴られてた……誠実……蹴る……誠実……蹴る……?」
サクラ「混乱してる!?」
辰夫は、目の前の“靴”を見て、震える声で言った。
辰夫「……ユズリハ殿は籠手……そしてあなたは……靴に……どうして……そんな……」
リツは少しだけ視線を落とした。
リツ「……気付いたら……こうなってた……それから……サクちゃんが拾ってくれた……だから……今も立ってられる……」
ユズリハ『リツ……』
サクラ「……リツ……」
リツ「靴になって……ごめん……」
辰夫は一歩、前に出た。
辰夫「靴だろうと籠手だろうと関係ありません!!」
サクラ「辰夫……かっこよすぎるだろ……」
ユズリハ『そういうとこだけ竜王なのよね……』
リツの靴底が震えた。
リツ「……(小声)……ありがとう……」
感動の余韻の中、私はある“金木犀の匂いにまぎれた記憶”を思い出した。
サクラ「──で、辰夫?」
辰夫「ひっ」(ピシッと背筋を伸ばす)
サクラ「私がワロスに“鳴く岩”としてお持ち帰りされた時」
辰夫「はい……」
サクラ「なんで!!助け!!!!なかった!!!!」
辰夫「申し訳ございませんでしたぁぁぁ!!!」(地面に正座)
ユズリハ『サクちゃん違うの……辰夫はね……見つけてもらえなかったの……真っ正面に立って叫んだのに。その辺の虫と同じ扱いされたの。私たちもその辺の虫には無関心でしょ?仕方ないのよノーマルレアだから。』
(沈黙)
サクラ「ひどすぎワロタwww」
リツ「……薄い……」
辰夫「……はぁはぁはぁ!!」(過呼吸)
リツ「……辰夫?一緒に自爆する?」
私は大きく息を吸い込む。
サクラ「でも、よく生きてた。二人とも。」
辰夫「サクラ殿こそ……」
ユズリハ『リツ、サクちゃん……四人そろったね』
リツ「四人……空気が重い……辛い……辰夫……邪魔……」
辰夫「!?」
その瞬間、風が吹いた。
瘴気じゃない。
金木犀でもない。
──地上の風だった。
サクラ「……出口、近い」
ユズリハ『ワロス様の気配、まだ遠い。今がチャンスよ』
辰夫「参りましょう」
リツ「……サクちゃん……また……蹴る?」
サクラ「そりゃユズリハで殴るし、リツで蹴るでしょ?」
リツ「……自爆したい……」
サクラ「そんなに言うなら一回、自爆してみろ!!」
リツ「どうやるの……」
サクラ「こいつ……(怒)」
四人はバグ空間の奥へ進む。
重力なんて関係ない。
光がある限り、行くしかない。
──絶対に、帰る。
(つづく)
◇◇◇
【今週のムダ様語録:重力とは拳である】
『重力ってのはな、"拳の方向"だ。』
解説:
お前らは下に落ちると思ってるだろ?
違う。拳が向いてる方向に落ちるんだ。
だから空中で下向きに殴れば、ちゃんと地面に着地する。
上向きに殴れば……まぁ、やっぱり地面に落ちる。
でも気分は上に行ってる。
これが大事だ。
重力は物理じゃない。気持ちだ。
落ちる方向を決めるのは、重力じゃなくて拳だ。
だから迷ったら殴れ。
着地したいなら殴れ。
浮きたくても殴れ。
全部、拳が解決する。
矛盾してる?
矛盾してるのは重力の方だ。
俺の拳は一貫してる。




