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魔王がポンコツだから私がやる。──Max Beat Edition  作者: さくらんぼん
第14章 : 第一回チキチキ!奈落の底から脱出しようー!
172/173

#171 : 重力は拳で殴れる


前回までのあらすじ

→ 仕事したくねぇ……(本気)


◇◇◇


【現在地】奈落の底・ワロス城から脱出中

【視点】サクラ

【状況】魔神族幹部のエクセル=テンプレートを撃破し、辰夫とユズリハとの合流を目指す。


◇◇◇


重力が死んでいた。


私とリツは、天井とも床とも言えない空間を全力疾走していた。

いや、“走ってる”自覚があるのはリツだけで、私はただの犠牲者だ。


サクラ「リツ!!ちょっと!!止まって!!」


リツ「……止まりたい……でも止まれない……私の人生みたい……」


サクラ「そんな哲学いらねぇぇぇぇっ!!」


壁が床になる。床が天井になる。

角度とか概念とか、全部バグってる。


リツの加速がバグに乗って、

私の体は三次元の物理を裏切りながら“上へ落ちる”。


サクラ「うわぁ!?なになになに!?ムダ様!!重力裏切ってる!!」


そんなパニックの最中、脳内にムダ様の声が流れ込んだ。


《ムダ様:重力ってのはな、“拳の方向”だ。》


(一瞬の沈黙)


サクラ「……ははーん?……なるほどね」(焦りの顔から“悟り”のドヤ顔へ、0.2秒で変化)


リツ「え、なに?」


サクラ「うん。“拳が重力”ってこと」


(沈黙)


リツ「……は?……違う……絶対違う……」


サクラ「いや違わないよ。だって私、壁殴って方向変えたことあるし。拳の向き=移動方向……そう考えると……」


サクラ「この世界、筋肉で説明つくわ」


リツ「……靴の私より脳がバグってる……」


私はバグ空間の中で、軽く拳を握りしめた。


サクラ「よし。落ちたくないなら──殴ればいいッ!!」


ズドム!!(実際、殴ったら落ちた)


── ストン。


サクラ「ほら落ちた!!ムダ様、正しい!!」


パラパラ……(壁の残骸が落ちる音)


リツ「……サクちゃん……信じる力が強すぎる……」


サクラ「全部、拳が解決する。」


(沈黙)


リツ「……ところで……靴って……どこまで走れば……存在……あるのかな……」(謎理論を無視することに決めた)


サクラ「めんどくさい!!」


そんなカオスの中──

ふわ、と微かな風。


……金木犀。


サクラ「……え?」

リツ「……今……匂いが……」


さらに、その奥で聞こえた。


辰夫「ユズリハ殿、こちらですぞ」

ユズリハ『辰夫!待って、ほら……あの気配……!』


サクラ&リツ「「!!!」」


◇◇◇


通路の先に、二つの影。


辰夫と──ユズリハ。


二人とも瘴気まみれでボロボロだった。


サクラ「辰夫!!ユズリハ!!」

辰夫「サクラ殿!?」


ユズリハ『サクちゃん……!リツ……!』

辰夫「え?リツ殿……?どこに?」


リツの足が震えた。

私は、それが“恐怖”じゃないことにすぐ気付いた。


リツ「……ユズ……姉……?」


ユズリハ『リツ……!!生きてた!!生きてたのねぇぇぇ!!』


ガチャコン!!


靴と籠手が、どういう物理かわからないまま抱き合った。

いや本当にどういう構造なんだ。


辰夫「靴ッ!?リツ殿も防具に!?」


サクラ「籠手と靴の抱擁!目の前で不思議なことが起きてる!!」


リツ「……ユズ姉……私……靴なのに……まだ……存在してて……いいの……?」


ユズリハ『いいわよ!!サクちゃんを蹴って……殴って……支えて……最高の靴よ!!』


サクラ「褒め方おかしくない!?」


リツ(小声)「……消えたい……」

ユズリハ『消えるな!!妹!!』


辰夫(涙目)「千年越しの……姉妹再会……美しい……」(深く考えるのをやめた)


私はちょっと泣きそうで、でも泣くタイミングを逃した。


サクラ「ユズリハ……リツ……よかった……本当に……」


ユズリハとリツが抱き合い、

千年越しの感情がひと区切りついた、その直後──。


辰夫が、ふと固まった。


辰夫「……リツ殿……? 本当に……リツ殿なのですか……?」


リツがゆっくり顔を上げる。

靴なのに、表情が浮かんで見える。


リツ「……リンドヴルム……」


サクラ「……今は辰夫って名前だよリツ」


(沈黙)


辰夫「誇りを取り戻したい……」


サクラ「私が付けた名前に不満でも?」


辰夫「ありません!!」(正座)


そして──辰夫は胸に手を当て、深く息を吸った。


辰夫「……千年前……ユズリハ殿とリツ殿は……我が“主のひとり”でした。」


サクラ「なるほど。ユズリハの時もそう言ってたね」


リツは小さく頷く。


リツ「……あなた、敵にとどめ刺す前に“まだ話し合いの余地があるはずですぞ”って言い始めるから……私が“話し合えないタイプの魔族だって!!”って後ろから蹴って動かしてた……」


辰夫「あれは……平和的解決をですね……」


サクラ&ユズリハ「……」


リツ「……あと、“正しいフォーム”に拘りすぎてて……戦闘中でも姿勢を直そうとしてスキだらけだった……私が後ろで“今じゃない!!”って蹴ってた……」


辰夫「姿勢の正しさは生命線ですぞ!!」


サクラ&ユズリハ「……」


サクラ「(こいつ、千年前から変わってねぇ……)」


辰夫「……リツ殿は……いつも……我に対して誠実であってくれて……あれ……でも……いつも蹴られてた……誠実……蹴る……誠実……蹴る……?」


サクラ「混乱してる!?」


辰夫は、目の前の“靴”を見て、震える声で言った。


辰夫「……ユズリハ殿は籠手……そしてあなたは……靴に……どうして……そんな……」


リツは少しだけ視線を落とした。


リツ「……気付いたら……こうなってた……それから……サクちゃんが拾ってくれた……だから……今も立ってられる……」


ユズリハ『リツ……』


サクラ「……リツ……」


リツ「靴になって……ごめん……」


辰夫は一歩、前に出た。


辰夫「靴だろうと籠手だろうと関係ありません!!」


サクラ「辰夫……かっこよすぎるだろ……」


ユズリハ『そういうとこだけ竜王なのよね……』


リツの靴底が震えた。


リツ「……(小声)……ありがとう……」


感動の余韻の中、私はある“金木犀の匂いにまぎれた記憶”を思い出した。


サクラ「──で、辰夫?」


辰夫「ひっ」(ピシッと背筋を伸ばす)


サクラ「私がワロスに“鳴く岩”としてお持ち帰りされた時」


辰夫「はい……」


サクラ「なんで!!助け!!!!なかった!!!!」


辰夫「申し訳ございませんでしたぁぁぁ!!!」(地面に正座)


ユズリハ『サクちゃん違うの……辰夫はね……見つけてもらえなかったの……真っ正面に立って叫んだのに。その辺の虫と同じ扱いされたの。私たちもその辺の虫には無関心でしょ?仕方ないのよノーマルレアだから。』


(沈黙)


サクラ「ひどすぎワロタwww」


リツ「……薄い……」


辰夫「……はぁはぁはぁ!!」(過呼吸)


リツ「……辰夫?一緒に自爆する?」


私は大きく息を吸い込む。


サクラ「でも、よく生きてた。二人とも。」


辰夫「サクラ殿こそ……」


ユズリハ『リツ、サクちゃん……四人そろったね』


リツ「四人……空気が重い……辛い……辰夫……邪魔……」


辰夫「!?」


その瞬間、風が吹いた。


瘴気じゃない。

金木犀でもない。


──地上の風だった。


サクラ「……出口、近い」


ユズリハ『ワロス様の気配、まだ遠い。今がチャンスよ』


辰夫「参りましょう」


リツ「……サクちゃん……また……蹴る?」


サクラ「そりゃユズリハで殴るし、リツで蹴るでしょ?」


リツ「……自爆したい……」


サクラ「そんなに言うなら一回、自爆してみろ!!」


リツ「どうやるの……」


サクラ「こいつ……(怒)」


四人はバグ空間の奥へ進む。


重力なんて関係ない。

光がある限り、行くしかない。


──絶対に、帰る。



(つづく)



◇◇◇


【今週のムダ様語録:重力とは拳である】


『重力ってのはな、"拳の方向"だ。』


解説:

お前らは下に落ちると思ってるだろ?

違う。拳が向いてる方向に落ちるんだ。


だから空中で下向きに殴れば、ちゃんと地面に着地する。

上向きに殴れば……まぁ、やっぱり地面に落ちる。


でも気分は上に行ってる。

これが大事だ。


重力は物理じゃない。気持ちだ。

落ちる方向を決めるのは、重力じゃなくて拳だ。


だから迷ったら殴れ。

着地したいなら殴れ。

浮きたくても殴れ。


全部、拳が解決する。


矛盾してる?

矛盾してるのは重力の方だ。

俺の拳は一貫してる。

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