#170 : 反省とは摩擦である
前回までのあらすじ
→ サクラとリツ、壁破壊で脱出開始。
リツの超加速で逃走中、「靴って生きてるのかな?」と哲学に目覚める。
◇◇◇
【現在地】奈落の底・ワロス城の外
【視点】サクラ
【状況】ワロス城から逃走中に魔神族管理参謀のエクセル=テンプレートと遭遇
◇◇◇
エクセル「私は管理参謀エクセル=テンプレート。ワロス様の混沌を秩序に戻す者」
冷たい声。感情がどっかに置き忘れられてるみたいだった。
エクセル「……こんなところに侵入者……いや、脱走者か」
サクラ「うわ、名前からしてめんどくさそう!?」
リツ「……サクちゃん……幹部だよ……自爆する?」
サクラ「(リツの自爆無視)知り合いに”ワードさん”とか”パワポさん”とか居ない?」
リツ「……無視された……消えたい……」
エクセル「……?」
サクラ「え?いるの?いないの?」
エクセル「む?そいつら居ますが……なぜ貴様がその名を?」
間。
サクラ「マジで!?やっぱいるんだ!!」
エクセル「ワードは文書管理、パワポはプレゼン資料の作成を担当しております」
サクラ「他には?」
エクセル「アウトルックが予定管理、ワンノートが議事録を」
サクラ「関わりたくない一家!!」
リツ「……怖い……」
サクラ「ねぇ、残業代出るの?」
エクセル「出ません」
サクラ「やっぱり!!」
エクセル「ワロス様の為に働くのが報酬です」
サクラ「ブラック企業の王道じゃん!!」
サクラ(職場でこの家系に囲まれたら、心がショートする……)
エクセル「そんなことはどうでもいい。おとなしく捕まっていただきます」
サクラ「いやです、捕まりません」
エクセルが一歩踏み出すと同時にスーツの裾が揺れる。
エクセル「逃がしません。展示品は展示室に戻していただきます」
サクラ「逃げません、殴ります」
(間)
エクセル「……抵抗とみなします」
サクラ「ち、違うの! 通してください! 謝りますから!!」
リツ「……急な態度変更!?」
サクラ「誠意の見せどころ!!」
──ドンッ!!
地面に手をつく。
リツ「……それ、土下座?」
サクラ「反省モード全開!!」
エクセル「……謝罪?」
リツ「……サクちゃん……?」
私は床に頭を下げた。ためらい?なんだそれ。
こっちは勢いで生きてんだ。
サクラ「すいませぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!!」
リツ「……サクちゃん?……わかった、自爆しようね……」
エクセル「……何だ?土下座……?」
サクラ「リツ!!自爆しない!前方に出力全開!!」
リツ「……?……わかった」
足元のブーツが激しく光り始める。
青白い光が、赤く変わる。
サクラ(熱い!? 足の裏が焼ける!?)
床が爆ぜる。
──ドガァン!
リツの加速力が私の体を押し出す。
土下座の体制のまま、滑走開始──!!
硬質化した手のひらと膝が床を削りながら進む。
火花が散る──バチバチバチ!!
石が砕ける──ガリガリガリ!!
サクラ(……反省とは、摩擦だ……)
床に轟音と共に溝ができる。
サクラ(ムダ様が言ってた──"名前が長い技はだいたい強い!英単語の頭文字をドットで略すやつはだいたい伝説!つまりッ──長くして略せば無敵!!!")
サクラ「発動ッ!!!」
リツ「!?!?!?」
サクラ「発動──!《スライディング土下座かかと落とし・誠意一式(Sliding Gomen Kick Overdrive)》!」
(沈黙)
サクラ「略して──S・G・K・Oォォォォ!!!」
床を削りながら、猛スピードでエクセルに接近。
エクセル「謝罪しながら突っ込んでくる!?」
私はエクセルの目前で前転。
──くるり
サクラ「見ろリツ!!私は今、反省と暴力を両立している!!」
リツ「……倫理、限界突破……!」
勢いのまま、ブーツのかかとをエクセルの脳天に叩き込む。
エクセルが慌てて防御しようとするが、間に合わない。
エクセル「なに!?」
サクラ「申し訳ありませんでしたぁ!!」
リツ「……え……ちょ!?私の"かかと"で──ギャアアアアア!?!?」
──ズドム!!
エクセル「ぶへッ」
衝撃が腹の底から突き上げる。
空気が一瞬で爆ぜた。
世界が震える。いや、揺さぶられる。
蜘蛛の巣状のヒビが一瞬で広がり、亀裂の線が壁を走り抜ける。
床が悲鳴を上げて陥没し、石が波打つようにめくれ上がる。
──ドガガガガガガァァン!!
天井が泣き出した。破片が雨みたいに降ってくる。
謝罪の衝撃波が廊下の奥まで吹き抜けた。
──ガラガラガラ……
エクセル「謝罪……の衝撃波……こんな……技が……」
──パタリ。
倒れるエクセル。
眼鏡が割れて、床に落ちる。
サクラ「勝ったのかな?ふッ……謝罪完了」
リツ「……フリーズした……?」
サクラ「Excelだけに!!」
リツ「……サクちゃん……今のは……ダメ……消される……」
サクラ「ごめん」
リツ「……サクちゃん……私、床に……埋まってる……」
サクラ「あ、ごめん」
(かかとが床に刺さってる)
リツ「……抜けない……このまま土に還りたい……」
サクラ「引っこ抜くぞ!!」
──ズボッ
リツ「……痛い……存在が痛い……」
後ろを振り返る。
崩れた床の向こう、煙の中にエクセルが転がっている。
サクラ「……上に行こう。光、探すんだ」
リツ「……また、誰か殴る?」
サクラ「うん、たぶん」
リツ「……また私で……?」
サクラ「うん、たぶん」
リツ「……理解した。怖い……自爆したい……」
サクラ「すな!!」
階段を登る。闇の奥へ、息が続く限り。
瘴気が濃くて、肺が焼ける。
膝も腕も痛いのに、止まる気はしない。
(……絶対に、脱出する……!)
一段上がるたび、世界が少しだけ重くなる。
下から“ズズン”と響く音。魔神王の気配。
それでも、まだ遠い。
(……エスト様……辰美……待ってて……)
(……絶対に帰る。次は、笑って……)
サクラ「まずは辰夫とユズリハと合流しないとね」
リツ「……ユズ姉……会いたい……」
息が詰まる。汗が冷たい。
でも、私は上を見ていた。
そこに何があろうと、前しか見えなかった。
(つづく)
◇◇◇
──【グレート・ムダ様語録:技名の法則】──
『名前が長い技はだいたい強い!
英単語の頭文字をドットで略すやつはだいたい伝説!
つまりッ──長くして略せば無敵!!』
解説:
戦いとは情報量の殴り合いである。
相手が理解する前に勝て。
そして謝れ。
長い名前は、それだけで威圧する。
略称は、それだけで伝説になる。
そして謝罪は、それだけで誠意になる。
理解できないうちに勝て。
その姿勢が一番強い。
……けどな、謝ってるヤツを殴らねぇ奴は、もっとムダだ。
戦意のない敵?絶好のチャンスだろ。今日は鴨鍋だ。




