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魔王がポンコツだから私がやる。──Max Beat Edition  作者: さくらんぼん
第14章 : 第一回チキチキ!奈落の底から脱出しようー!
166/173

#165 : 魔神王☆降臨

前回までのあらすじ

→ 二人ともお腹空いてた。


◇◇◇


サクラ「ふぅ……やっと終わった」


私は焦げた髪を手で払いながら、グラドゥルスの灰を見下ろした。


サクラ「さてと。ユズリハがまた汚れたから洗うよ辰夫」


辰夫「はい!」(金木犀の香りの洗剤を差し出す)


ユズリハ『え』


ゴシゴシ……バキッ!


ユズリハ『いやあああああ!?また部品が!返して!』


サクラ「戻し方わからん!ポイッ!」(川にポチャン)


ユズリハ『あああああ!』


サクラ「さて、じゃ、出口探そう」


金木犀の香りを残して、私たちは奈落の出口を目指す足を再び踏み出した。


◇◇◇


サクラ「……ねぇ、辰夫」


私たちは祭壇を離れ、暗い通路を歩いていた。

金木犀の香りが薄れていく。

代わりに、何か嫌な予感が胸を撫でる。


辰夫「なんです?」


サクラ「さっきグラドゥルスが言ってたこと、気になるんだけど」


辰夫「……封印が脆い、と?」


サクラ「千年も経ってるなら、そりゃヒビくらい入るんじゃない?」


ユズリハ『サクちゃん怖いこと言わないで!?』


サクラ「だって千年だよ?私だったら三日で限界だよ」


辰夫「封印の耐久をサクラ殿の基準で語らないでください」


サクラ「この前もとんでもない気配を感じて辰夫と二人でビビったとこ──」


──その時。


ゴゴゴゴゴゴゴ……!!


足元が揺れた。


サクラ「……え?」


いや、洞窟全体が揺れた。


辰夫「これは……!」


祭壇の奥が、脈打った。

石壁のひび割れが、血管みたいに光り始める。

瘴気が流れ出すというより──息をしている。


魔神王の気配だ。

グラドゥルスとは格が違う。


空気が生き物の体液みたいに重く、湿って、動いていた。

呼吸をすると、肺の奥まで黒い何かが流れ込む。


サクラ「……ねぇ辰夫、これ、地面が呼吸してない?」

辰夫「してますな……嫌な予感しかしません……」


ズズズ……ッ。

低音が鼓膜の外じゃなく、内側から鳴った。

世界そのものが心臓みたいに脈打っている。


ユズリハ『これ……奈落全体が生きてる……?』

サクラ「やめてそういう正解言うの!怖くなるじゃん!」


その瞬間、何かが“立ち上がった”。

音はしなかった。


空気が押し潰され、重力の方向がわからなくなる。

奈落が、ひとつの生き物として形を変えた。


サクラ「……やべ」


地が鳴っていた。

鼓動みたいに、だが規則性がなかった。


辰夫の翼が音もなくたわんだ。

ユズリハの籠手が微かに震える。


辰夫「サクラ殿……動くな……」

辰夫の声が掠れている。竜の喉ですら震える。


私は唇を噛んだ。

呼吸が浅い。心臓が早い。


……これは、恐怖だ。


辰夫が膝をつく。

ユズリハの籠手が地に触れ、光を失った。


サクラ「なに、これ……」


そして──世界が、言葉を発した。


いや、声ではない“何か”が、意味だけを脳に押し込んでくる。


──我は魔神王テラ=ワロス。


千年。声は絶え、祈りは石と化した。

ならば、もはや"生"は要らぬ。



サクラ「……まって、魔神王の名前、今“テラワロス”って聞こえたけど?」


辰夫「はい、そう聞こえましたな……」


ユズリハ『え、なんか急に親しみわく!』


サクラ「ねぇふざけてんの?」


魔神王「……。」


(間)


サクラ「……返事は?」


魔神王「……。」


(間)


ユズリハ『サクちゃん!!ワロス様困ってるよ!?』


サクラ「魔神王テラワロス様とか絶対SNSでバズるじゃん……」


辰夫「ワロス殿ドンマイですぞ」


魔神王「……。」


(間)


その時、壁に亀裂が走った。


中から"目"が覗いた。

人でも、獣でもない。形が決まらない。

見るたびに違う姿になる。


辰夫には、竜の屍の山。

ユズリハには、千年前の戦友たちの顔。


私には──


サクラ「……電子レンジの中で冷凍唐揚げが爆発した時の私……?」


ユズリハ『それ程の絶望!?』


さらに──


サクラ「……あ……あぁ……コンビニチキンを地面に落として絶望した時の私まで……?」


ユズリハ『トラウマが食べ物系ばかりだな!?』

辰夫「お腹空いてます?」


空洞の"面"がこちらを見ていた。

何千という声が同時に囁く。


──人のかたちとは、かくも脆い。

ひと息で砕けるものを、なぜ生きると言う?


私の足が勝手に後ろへ下がった。

辰夫の爪が岩を抉る音だけが現実だ。


サクラ「……魔神王、か」


声が出た瞬間、自分の鼓膜が破れるような痛みがした。


──汝ら、まだ"生"を望むか。


瘴気が波のように押し寄せた。

体が動かない。

目が焼ける。

肺が潰れる。


私は歯を食いしばった。


サクラ「……望むよ。当たり前でしょ……まだ美味しいご飯食べたいし。温泉入りたいし。エスト様に会いたいし」


声が出た。

誰の助けもなく。

ただ、自分の中の"生きたい"が声になった。


ユズリハ『サクちゃん……』


辰夫「サクラ殿……!」


奈落が震えた。


魔神王の"顔"がこちらを見下ろす。


──ほう……まだ、望むか。


ならば──


黒い霧が広がる。

天井が砂のように崩れていく。


……あぁ、これ、死ぬやつだ。

でも笑う。笑わないと、折れる。


サクラ「……なぁ辰夫?」


辰夫「なんです?」


サクラ「最終奥義のスライディング土下座、してみる?」


辰夫「絶対ききません!」


サクラ「だよねぇ……」


(間)


サクラ「じゃ逃げる」


辰夫「それしかありませんな」


サクラ「……ムダ様も言ってたんだ。負け犬って言葉、聞こえねぇくらい遠くまで走れ──」


私はクルリと踵を返しながら続ける。


サクラ「どんな罵声も聞こえなければ気にならない。気にならなければ負けていない。つまり勝ってる」


サクラ「染みる……ムダ様の言葉、やっぱ好きだな……」


辰夫「久しぶりに聞きましたな……狂気の語録」


ユズリハ『謎の説得力!?』



──逃走開始。



(つづく)



◇◇◇


──【グレート・ムダ様語録:距離の悟り】──

『負け犬って言葉、聞こえねぇくらい遠くまで走れ。どんな罵声も聞こえなければ気にならない。気にならなければ負けていない。つまり勝ってる。』


解説:

罵声は音だ。音は空気を震わせて届く。

ならば、その空気ごと置き去りにしろ。

距離がすべてを癒やす。

遠くなればなるほど、意味は薄れ、声は消える。

その静寂の中で息してる奴こそ、本物の勝者だ。

勝ち負けなんて、声が届く範囲の遊びだ。

逃げ切った瞬間、それは全部、過去形になる。

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