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魔王がポンコツだから私がやる。──Max Beat Edition  作者: さくらんぼん
第14章 : 第一回チキチキ!奈落の底から脱出しようー!
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#159 : 妹に捨てられた伝説級アイテム☆姉

挿絵(By みてみん)

深い奈落の底で漂う瘴気は、最初こそ肺を焼くような苦痛だったが、半年も吸い続ければ身体が慣れてしまう。


紫黒色の靄が皮膚にまとわりつき、呼吸のたびに喉の奥で苦い味がするのも、もう日常になっていた。


……慣れたくなんてなかったけどさ?


薄暗い岩肌の通路を進んでいると、辰夫が不意に足を止めた。

その竜の瞳が、暗闇の奥を見据えて細められる。


辰夫「……微弱だが、魔力反応があります」


空気が変わった。

瘴気の流れが、そこだけを避けるように歪んでいる。


辰夫「出口じゃない。これは……何か、とても古い……」


言葉を切って、眉間に深い皺を寄せた。


辰夫「……懐かしい、ような……いや、まさか……」


サクラ「何よ、ビビってんの?」


強がってはみたが、私も背筋に冷たいものを感じていた。

この奈落で半年。今まで感じたことのない圧迫感。


サクラ「……まあ、確認するしかないか」


慎重に歩を進める。

通路の奥から、微かに……金色の光?


通路の突き当たりに苔むした古びた石の祭壇があった。


その上に、肩まで覆うほど巨大な籠手が左右一対、静かに鎮座している。


金色の文様が籠手の表面を這うように刻まれ、まるで生きているかのように淡く脈動していた。


辰夫「この籠手……見覚えがあります。かつてユズリハ様が──」


すると、突然、籠手から明るい女の声が響いた。


籠手『サクちゃん!お姉ちゃんだよーん!やっほー☆会いたかったぞ妹ィィ!!』


サクラ「のわッ!?軽ッ!?」

辰夫「おわッ!?」


思わず二人とも後ずさる。


サクラ「なになに!?籠手が喋った!?」


籠手ユズリハ「ユズリハよ!サクちゃんのお姉ちゃん!」


サクラ「は!?私に姉なんていないし!?つーか籠手が喋ってるし!?」


ユズリハ「あー、話せば長くなるのよねぇ」


籠手から漏れる声は、妙に気楽そうだった。


辰夫「……ユズリハ様の籠手だと思ったらまさかのユズリハ様だった!?」


竜王がドン引きしている。


ユズリハ「久しぶりね、リンドヴルム」


サクラ「あー今はこいつ辰夫って名前だから。覚えやすいでしょ?」


ユズリハ「わかった!良い名前ね!じゃあ辰夫!おひさー!」


サクラ&辰夫「「やっぱ軽ッ!?」」


あっさりと名前を変える軽さに、二人は同時に声を上げた。


辰夫「……ユズリハ様……なぜ籠手に……!?」


辰夫の声が震え始める。

竜の瞳に、今まで見たことのない感情が宿っていた。


辰夫「それよりも……話したいことが山ほど……」


その声は完全に震えていた。


《天の声補足》


── 千年。

彼は失った主の姿を胸に、心の時間を止めたまま生きてきた。

炎に包まれた戦場、最期まで立ち続けた小さな背中。

掴もうとしても掴めなかった命の重みと無力感は、竜王としての誇りを蝕み続けた。

そして今、目の前にいるのは血肉を持たない、冷たい金属に宿った魂。

千年分の後悔と喜びと哀しみが一度に押し寄せ、言葉を選ぶことすらできない。


それでも──


辰夫「……今は、何から話せばいいのかも分からない……」


竜の瞳に宿るのは、戦士としての強さではなかった。

千年の間閉ざされていた色が、今ふたたび彼の瞳に宿っていた。


握った拳がわずかに震え、瞼が熱くなるのを必死で堪えた。


ユズリハ「細かい話はあとあと!サクちゃん!私を装備してみて!」


(沈黙)


サクラ「やだよ!落ちてた物だし!誰が着けてたかも分からないし!汚い!」(ポイっ)


私は籠手を投げ捨てた。


(沈黙)ガランガラン……(*転がる籠手の音)


ユズリハ「まさかの潔癖症!?千年物のアンティークなのに!」


辰夫「話進まないから装着しましょう!感動の再会を台無しにしないでください!」


サクラ「いや!いやよ!汚い!」


ユズリハ「……私が……汚い……?」


サクラ「握手というのは、相手の菌と親しくなる儀式だ!だから私は殴る!この拳で!」

(*ムダ様、詳細は文末)


ユズリハ「いやそれ名言っぽく言ったけど意味分からんからな!?」


ユズリハの光がしゅんと弱まる。


ユズリハ「千年……待ったのに……妹に汚いって言われた……」


サクラ「……うっ……」


罪悪感がチクリと胸を刺す。


サクラ「じゃあ洗おう!ピカピカにしよう!近くに川があった!」


ユズリハ「は?」


◇◇◇


近くの川まで籠手を運び、二人がかりで籠手を磨き始める。


サクラ「辰夫!指の間を丁寧に!関節部分も忘れずに!洗剤はこの金木犀の香りで!」(洗剤を懐から出して最高の笑顔)


辰夫「なんでそんなの持ってるんです?」


ゴシゴシ……ゴシゴシ……


ゴシゴシ……バキッ!


ユズリハ「おい!バキッて!なんか取れたぞ!大事な部品じゃないのか!?」


サクラ「え、なにこれ?」(じー)


手のひらに乗った小さな金属片を眺める。


辰夫「部品……?これは魔力増幅装置では……」


サクラ「わかんね!ポイッ!」(川にポチャン)


ユズリハ「あああ!それ大事なやつ!!」


バキッ!バキッ!


サクラ「あ、また何かとれた」(じー)


辰夫「魔力制御回路のようですな……」


サクラ「しらね!ポイッ!」(川にポチャン)


ユズリハ「ダメぇえええ!それも必要!全部必要なの!!」


バキッ!


サクラ「なんかネジみたいなの取れた」


ユズリハ「それは特に大事!魂を固定してる核心部品!!」


サクラ「……」(じー)


ユズリハ「お願い!それだけは!それだけは捨てないで!!」


サクラ「まぁいいや!ポイッ!」(川にポチャン)


ユズリハ「ああああああ!!」


(数分後)


サクラ&辰夫「はい!キレイになりました!」


ブンブン!バシッバシッ!


水気を切るために籠手を振り回し、岩に叩きつけて乾かす。


ユズリハ「もうやめてください……ごめんなさい……汚くないです……部品返して……」


金木犀の香りがふわりと洞窟内に漂った。

まるで場違いな、優しい花の香り。


ユズリハ『売る前に聞いてサクちゃん?これから大事な話するからね?いい?』


ユズリハの声色が変わった。金木犀の香りを放ちながら。


ユズリハ『私は千年の昔に──』


サクラ「ねぇ!辰夫聞いて!これ凄いよ?」


私はユズリハの話を遮り、目を輝かせて辰夫を見た。


辰夫「む?」


サクラ「これがあれば憧れの 『ロケットパンチ』 が出来るかもしれない!」

私は興奮して震えていた。


ユズリハ『な...投げる気!?わ、私は千年間、あなたを待って』

ユズリハの声も震えていた。


サクラ「さてと。早く地上に出よう!そしたら御馳走を食べよう!辰夫!たまには奢るよ!」(鼻の下を指でスリスリ)


辰夫「まさか……」

辰夫も遅れて震えだした。


ユズリハ『さ、サクちゃん……私を、売るつもりでは……』


ユズリハの声が弱々しくなる。


サクラ「喋る籠手!売っても良いし!見せ物小屋をやれば目玉サービスになりそう!」


ユズリハ「あの……お手数おかけして申し訳ないんですが、もう一度、元の祭壇に戻して貰っても良いですかね?」


ユズリハの声が虚ろになっていく。


──その時!!


ゴウッ……!


突然、祭壇の奥の壁が崩れ、濃い瘴気が津波のように吹き出す。

紫黒色の靄が渦を巻きながら押し寄せてくる。


辰夫「……来るぞ」


(つづく)


── 今週のムダ様語録 ──

『握手というのは、相手の菌と親しくなる儀式だ。だから殴った方が良くない?』


解説:

コロナ禍のムダ様は、常に震えていた。

ドアノブに触れれば消毒、誰かが咳をすれば逃走、テレビで「換気」と聞けば窓を全開にして凍死しかける。

「菌が!菌が!」と怯え続け、ついに人間の手そのものを敵視するに至った。

結果、「菌と仲良くする握手」より「一撃で敵を遠ざける殴打」の方が安全と真顔で断言。

衛生観念が過剰に進化した末に、友情表現が暴力に転化したのである。

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