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魔王がポンコツだから私がやる。──Max Beat Edition  作者: さくらんぼん
第12章 : またかよ、最下層!人生ハードモード続行中
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#144 : 奈落に咲く桜

──1週間後。


……冷たい。


まぶたにぽつりと雫が落ちた。

その感覚が、沈んでいた意識を現実へと引き戻していく。


乾いたスポンジみたいに抜けてカラカラになっている全身。

そこへ、たった一滴の水分が沁み渡る。


(……雨?)


目を開けると、岩の隙間から細い糸のように水が垂れていた。

地上から何百メートルも下の奈落。

雨なんて届くはずがない。

だけど、この水はたしかに「ここ」にあった。


岩肌を舐めるようにして水滴を集める。

この一滴一滴が、命そのものだ。


喉が焼けるように渇いていた。

飲み込むたびに、胃が、心が、細胞が歓喜の声を捻り出す。


鉄のような味。おそらく岩の成分が溶け出している。

温泉みたいなもの?

でもその苦味さえ、今の私には極上の甘露だった。


夢の中では、実家…おばあちゃんの家にいた。


縁側で差し込む午後の光、膝枕のぬくもり、

どこからか漂う味噌汁の匂い。


手を握られて、何度も「大丈夫」と笑ってくれた、あの温もり。


あんなにも当たり前だった、優しい日常。


でも、まぶたに触れた水滴の冷たさが、容赦なく現実を突きつけてくる。


「……おぉ? まだ生きてたか、しぶといね。私」


ぼそっと呟き、全身のダメージを確かめる。


腕も足もバキバキだし、腹には魔神族にもらった痛みが残る。


折れていた右腕は治りかけてはいるようだが、

肘から先の感覚が鈍い。


服(着物)は魔王の間にあったものだからか自己修復をしている。


「……凄いな…ノリで選んだ着物…」

(※伝説の着物だと本人は知りません。バカだから)


腹部の傷は塞がっているが、触るとまだズキリと痛む。

魔神族の爪は毒でもあったのか、傷跡は妙に紫がかっている。


──どれくらい経ったのか分からない。


奈落の底じゃ昼も夜も無意味だ。

ただ、体が少し癒えていることで「時間が経った」と気付くのみ。


ずっと私は冬眠スキルで仮死みたいに眠っていた。


人は孤独で壊れるって言うけれど、ここまで一人になると逆に不思議な静けさが心を満たす。


怖くないわけじゃない。

ただ、静かだった──。


水音と空気の流れる音、そして私の呼吸音だけの世界。


「っはは…ここまでぼっちなのは、人生初かもな……」


思わず笑いが漏れる。自嘲、強がり

でも、それでいい。それがいい。自分を誤魔化す。


誰もいない。敵も味方も救いの手もない。


頼れるのは自分の生存本能だけだ。


膝を立ててみる。


「お、動ける。」


全力疾走は無理だが立ち上がれるくらいには回復している。


冬眠スキルの恩恵か、想像以上に体の修復は早かった。


「……あー、そうだ。魔神族、倒したんだっけ」


ステータスウインドウを開く。


\\ ぺった…ん…… //

(※ステータス画面が開く効果音)


「効果音元気無いな!って私の体調に比例すんの!?今は励ませよ!」


淡い青白い光が、暗闇を僅かに照らす。久しぶりに見る「光」だ。


──レベル:500。


「うわ、マジか。魔神族一体でレベル200近くも爆上がり?

バランスぶっ壊れてんな……まあ、私ももう “普通” じゃないしな」


どうやって倒したっけ?あの時は本能だけで動いていた。


……辰夫…

私を救ってくれた辰夫を思い出す。

あの時の“辰夫”が居なきゃ、今ごろ私、死んでたな…


「辰夫…ありがとう…」


ただ「生き延びれた」ことだけが、今は何よりの救いだった。


「──死ななきゃこんな怪我も状況も安いもんだよね。生きてるだけで丸儲けってね。」


さて、感傷タイムからの現状確認タイム。


ステータスウインドウをじっくり見る。

数値の変化、新しいスキル、体の状態。

いつもは適当に確認してたが、

ここで生き残るには自分のスペック把握は必須だ。


新しいスキルがひとつ光っている。


《鬼の胃袋(NEW)》

“ありとあらゆるものを消化・吸収できる鬼の特性。ただし、超・太りやすい体質に進化。”


「……副作用! 太るとかやめてくれ!!

ほんと毎回、気持ちよくパワーアップさせてくれないなこの世界は…

でも、これ、暴食スキルと超絶相性いいじゃん!?」


暗闇に響く愚痴。

だけど頭はすでに色々考えていた。


これさえあれば、食糧問題は解決だ。

太るリスクなんて、まずは生き残ってから考える。


──さて、腹は限界を超えてる。


最後に何か食べたのはいつだっけ?

魔神族との戦闘前だから、しばらく口にしてない。


ふと、目の前の岩に目が行く。


「まさか…いけるんか…?絵的に女子の尊厳とか…まぁいいか」


ダメ元でひとかじり──ガリッ。


歯ごたえ……というか、普通なら歯が折れる感触。

なのに、不思議と砕けて飲み込める。


無味だと思ったら、噛むうちに微かにミネラルの甘み。


体がじんわりと温まる。胃が喜んでる。


ピコン、とウインドウが光る。


《暴食》の効果が発動しました。

新スキル【鉱物化】を習得しました。


「……いやいやいや、体温調節出来て、光合成できて、鉱物化も出来る?

半分冗談で言っていた 究極生命体アルティミット・シイング に近づいている…

岩にもなれるから考えるのをやめることができますね…っと…」


右手に意識を集中してみる。

すると、皮膚がゴツゴツとした鉱石みたいに硬化した。


「おお…凶器…」


ちょっと感動する。

これ、殴ったら壁だってぶち抜ける。


さらに、冬眠・体温調節・光合成の熟練度もアップ。


光合成はもはや微かな発光苔からでもエネルギーを得る。


冬眠は傷の自己修復まで追加され、体温調節も極限に。


この体、地獄適応力だけは誰にも負ける気がしない。


「いやこれ、地味にサバイバルでは無敵…でも副作用で…太る……

いずれ体型維持スキル覚えてやるからな?」



一歩、また一歩。歩く。


脚に力を込める。

自分の足音に警戒する。


心を強く保てと言い聞かせる。


岩を踏みしめる音、衣服が擦れる音──全てに集中する。


どこまでも続く暗闇。

その先に何があるかなんて分からない。

出口か、さらなる地獄か。


でも立ち止まれば終わりだ。

歩き続ける限り、可能性はゼロじゃない。


「──この地獄で生き残るのは、誰でもない、この私だ」


声に出す。

暗闇に私の声が飲み込まれていく。


私は私の名を刻む。


地獄…そのど真ん中に。


今度は私が、お前を喰い破ってやる。


……ふん。

何度でも立ち上がるよ。

しぶとさだけは誇ってやる。


足を前に、また前に。

暗闇の中で、私の心はまだ折れない。


「なんせ世界一タフな性格なもんで。」


この心が折れるその瞬間まで──私は絶対に、くたばらない。


いつか、この世界で「あいつらと笑ってご飯を食べられる日」が来るまで。


「っしゃー!行くぞ地上!」


(つづく)

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