#143 : 生存本能☆地獄で輝く最底辺スキル
── 落ちた瞬間、全てが終わったと思った。
重力に引かれ、神経だけが鋭くなり、世界がスローに伸びていく。
それも、都合のいいスローモーションじゃなくて、すごく嫌なやつ。
体はボロボロのはずなのに、こういう時に限って意識だけはやけにハッキリしてる。
風が頬を切り裂き、逆巻く髪が視界を遮る。
胃が浮き、心臓が喉元まで競り上がってくる。
見上げれば、さっきまでいた場所の光がみるみる遠ざかっていく。
点、点、点……はい、消えた。
墜落の途中、走馬灯。
出たよ人生のダイジェスト。
幼馴染のバカ二人との記憶──
おじいちゃん、おばあちゃんの温もり──
ムダ様の試合──
……って、ムダ様?
こんなときまで推しを出してくるのか私?
いや、でも実際あの勇姿に何度も救われたし……。
──そして。
「生きろ」と私を助けた辰夫の声──
エスト様…妹の泣き顔と笑ってる顔──
辰美の元気な声と嬉しそうな顔──
「人生、早送り」ってこういう意味だっけ。
その瞬間、落下の途中で──天の声が響いた。
《レベルアップ。スキル進化が可能になりました》
《「貝殻生成」スキルの進化──「シェルアーマー・フォーム」取得》
(……え?)
生存本能が、私の意識を超えてスキルを進化・起動させる。
── バキバキッ
殻が体を覆う。
背中から腰、胸、腕へと、硬い装甲が走っていく。
《「ミズミズしさアップ」スキルの進化──「リキッド・プロテクション」取得》
同時に、ゼリー状の膜が全身を包み込む。
水分が異常なまでに表面へ引き出され、衝撃吸収材となる。
── そして。
ドオンッ!!!
「ぐはッ…」
重い着地音と同時に私の呻き声が響く──。
骨も皮膚も、臓器も、何もかもがバラバラに砕けてしまったような感覚。
体の中で何かが壊れていく音が聞こえる。
ミシミシと、木の枝が折れるような音。
だが、想像したような激痛は来ない。
鈍く、重い痛み。
体の奥底から湧き上がってくるもの。
目も、声も、思考も、奈落の底の闇に呑み込まれていく。
視界がぼやけ、世界が歪む。
耳鳴りが激しく、自分の心臓の音だけが異様に大きく響く。
「……あれ……私……死んだ?」
その疑問が浮かんだ時、私はまだ考えていることに気づいた。
(……助かったのか……?)
信じられない思いで体を確認する。
致命的な損傷はない。
魔神族に折られた右手以外、骨も折れていない。
血もそれほど流れていない。
意識は失いかける。
でも、死の恐怖は薄れていた。
……底なしの闇。空気は凍りつくほど冷たい。
体は冷たく、まったく力が入らない。
指先から始まった冷たさが、じわじわと体の中心に侵食していく。
さらに「ミズミズしさアップ」の副作用で喉の奥が焼ける。
潤いの代償に、中身はどんどん渇いていく。
唾液も出ない。舌が腫れ上がったように感じる。
肺が、砂になったみたいにバサバサだ。
息を吸おうとしても、空気が入らない。
胸が締め付けられ、呼吸をするたびに痛みが走る。
──なのに。
その絶望の淵で、私は気づいた。
ほんの僅か、私はまだ ”ここ” にいる。
完全に死んでいない。
何かが私を現世に繋ぎ止めている。
恐怖とも安堵とも言えない複雑な感情が湧き上がった。
死んだ方が楽かもしれない。それでも──
(生きたい)
その想いが、まるで炎のように胸の奥で燃え上がる。
どんなに辛くても、どんなに苦しくても、私は生きていたい。
まだやり残したことがある。
帰らなければならない場所がある。
まだ私には、果たすべき役目がある。
「生きたい」── ただそれだけを心に繰り返し、必死に脳みそを回転させる。
そのとき、不意に思い出す。
今までバカにしてきた、“ゴミ”スキルたち。
レベルアップの通知が来ても「どうせ使い道なんてない」と、ずっと放置してきた。
けれど、今この窮地で、なぜか ── 頭の中に浮かんでくる。
(……冬眠。馬鹿みたいだけど、眠れば体力も水分もギリギリまで抑えられるかも……)
(体温調節。ああ、凍死はごめんだし──自分で熱を作れたら、それだけで助かる)
(光合成……ここがどんな暗闇でも、何か“エネルギー”を取り込めるはず。どんな微細な希望だろうが、今は喰らいつく)
いまさらだけど、
「進化させときゃよかった」なんて後悔、死んでもしたくない。
(だったら ── 今、やるしかない)
生きるためのプライドなんて捨ててやる。
過去の私がゴミだと笑ったスキル、
今この地獄で、唯一の武器になるなら──
(全部、進化しろ)
私の奥底から、そう叫ぶ声が響く。
保留にしてきた進化を、
今、ぜんぶ「本能」で選び取った。
《「冬眠」スキルの進化──「ハイバネーション・フォーム」取得》
《「体温調節」スキルの進化──「内燃機関」取得》
《「光合成」スキルの進化──「環境同化」取得》
(省エネ、発熱、エネルギー変換……生きるための三点セット…!!!)
ゴミだと思ってた私のスキルが、今この地獄で、唯一の希望に変わる。
(ああ、これが……私の生き方だ)
これを馬鹿にしたやつ、今頃どう思ってるかな。
はい。私です。ごめんね?
“最底辺スキル” たちが ── 死に際で命綱へと変わっていく。
ミズミズしさアップが表皮を守り、貝殻生成が衝撃を受け止める。
冬眠で消費を抑え、体温調節で熱を灯し、光合成が命を繋ぐ。
ここでだけ、生きるための“武器”になった。マジかよ。
震える体で、私は闇に手を伸ばした。
指先が、岩の表面に触れる。
ザラザラとした感触。
でも、確かに掴めるもの。
どんなに絶望しても、命がある限り、私は諦めない。
ここで死ぬわけにはいかない。
(絶対に、這い上がってやる)
その決意が、私の体に新たな力を与えてくれる。
そう心に誓ったとき、ほんの少しだけ、奈落の闇が薄くなった気がした。
遥か上方に、針の先ほどの光が見える。
それは希望の光なのか、それとも幻なのか。
でも、それが何であれ、私には目指すべき方向がある。
上へ。光へ。
「…と、その前に……こんな所で寝てたら、そのうち変なモンスターが寄ってくるかもね……今は戦えない」
私は残った力で「 貝殻生成 」を発動。
強化された貝殻が、ヤドカリみたいに全身を包み込む。
「……奈落の底で貝になる女。これが “サバイバル女子力” ってやつ?」
馬鹿らしい、でも少し笑えてくる。
けれど今は、これしかできない。
まだ歩き出すこともできない。
せめて、死なないように。
まずは、回復 ── 今は…それだけ。
こんな地獄の底で眠る日が来るなんて思わなかった。
ホント私の人生ついてない。
みてろよ?
次に目を覚ます時は……
絶対にぃいいいいいいッ!!!!!
……全部、ぶっ飛ばしてやる。
魔神族も、この地獄も、私を見くびった世界も、運命も。
私の名前、覚えとけよ?
……怒りで頭がいっぱいだったけど、ふとよぎる、アイツらのこと。
辰夫のバカ、勝手に死んだりしないでよね。
エスト様も辰美も……私がいないからって泣いてちゃダメよ?
私が「ただいま」って言うまで、待ってろよ…?
って、いかんいかん。
まずは回復しないと「ただいま」も「復讐」も出来ないってね。
おやすみ!
そして、私は眠りについた。
(つづく)




