#135 : 世界に、息を。【後編】
焚き火の炎が、すこし静かになった。
やがて──
ぽつりと、炎を見つめながらカエデが口を開いた。
カエデ「……こういう時、サクラがいてくれたらなって思うんだよね……サクラならこんな状況でもなんとかしてくれそう。ふふ」
同じく炎を見つめながら、ツバキが応じる。
ツバキ「あーそうね。口は悪いけど、頼りになるやつだったわね。バカサクラは」
…
エスト『……“サクラ”って……! 黒髪で、寝坊助で、プロレス技で人ぶん投げて、文句ばっか言うけど、優しくて、最強で──!』
目を輝かせながらエストが言った。
エスト『……ねぇ。あのとき、お姉ちゃんが言ってたの』
エスト『“お前の事情? 興味ねぇな。私は私の都合でぶん殴る”──って』
エスト『わたし、それ聞いたとき、カッコいいなーって?』
カエデとツバキが同時に立ち上がり、叫ぶ。
カエデ&ツバキ「そのサクラ!!!!!!」
感慨深そうに辰美が深くうなずく。
辰美「間違いありません。我らが魔王軍の”サクラさん”ですね……」
…
カエデ「……サクラが、この世界に……? 魔王と…?」
ツバキ「魔王軍…?まさか……あいつ、自分で”魔王側が性に合ってた”とか言ったんじゃ……?」
カエデが呆然と手を震わせ、ツバキが震える声で拳を握りしめる。
カエデ「めっちゃ言いそう!?」
手をポンと叩いたカエデ。
…
エスト『私、ずっとひとりだったの…それで…寂しくて、“家族がほしい”って思って──”召喚”したのがサクラお姉ちゃんなの……』
エスト『でも……』
ローザ「転生魔法……それは魂に大きな負担を……」
苦しそうに静かに目を伏せるローザ。
エストが声を震わせながら続ける。
エスト『お姉ちゃんは私を”妹”って言ってくれて……!』
エスト『一緒に世界征服することになって、“お前は魔王向いてない”って言われたけど……でも、ずっと一緒にいてくれた……嬉しかった…楽しかった…』
…
カエデ「サクラがこの世界に……?世界征服?そんな……」
驚愕の表情を見せるカエデ。
ツバキ「アイツ……」
複雑な表情で拳を握りしめるツバキ。
カエデ「それでサクラは今どこに!? エストちゃん! 会える? まだ一緒にいるの?」
カエデがエストの肩を掴む。
──わずかな間、沈黙。
火の粉が空へ弾ける。砂漠の風が、彼女たちの髪を揺らした。
エスト『……サクラお姉ちゃん……“奈落”で復活した魔神族から私たちを逃がすために……魔神族と戦って……そのまま……戻って来ないの……』
涙声で答えるエスト。
エスト『もう……一年も……』
カエデ「……一年も……戻ってきてないの……?」
目を見開き呟くカエデ。
ツバキ「……そんな長い間、一体どこで何してんのよ、あのバカ……」
拳を握りしめ、うつむくツバキ。
ローザ「……魔神族……?」
眉をひそめるローザ。
エスト『うん。みんな石になってるのも魔神の瘴気のせい……サクラお姉ちゃんがいなくなってから、世界がどんどん死んでいくの……』
頷くエスト。
カエデ「……大丈夫よ。絶対に生きてる。だって、サクラだし」
カエデ「諦めるなんて言葉、サクラの辞書にないもん」
拳を握りしめ、決意を込めて言うカエデ。
ツバキ「……ひとりで全部背負って、勝手にヒーロー気取りとか。そんなの、サクラらしくない。アイツはどこまでもワガママで…まぁだから背負い込んだのか…サクラっぽいか…それがサクラだな…バカだよ…」
涙を拭って苦笑いを浮かべるツバキ。
エスト『……うんっ! サクラお姉ちゃん、きっと頑張ってる!』
涙目で笑うエスト。希望の光を宿して。
ローザ「その再会を、神も望まれているでしょう」
穏やかに微笑むローザ。
辰美「お二人が無事なのは異世界から使命を持って転移したから……? 私やエストちゃん、ローザさんが無事なのはその異世界の人とずっと居たから……?」
辰美「サクラさんの存在が、この世界を守ってくれていたのかもしれませんね」
しみじみと語る辰美。
…
焚き火の火が、ぱちりと小さくはぜた。
エストがぐしょぐしょの顔のまま、ふらりと立ち上がる。
マントが絡まって、また転びかけたけど──踏ん張った。
エスト『よし! へっぽこでも! ポンコツでも! 泣き虫でも!』
エスト『それでも私は、魔王なんだもんっ! 新生☆魔王軍、ここにけっせーいっ!!』
カエデ「おー! がんばろー!」(カレー→牛丼→ラーメンのこと考えてて何もわかってない)
ツバキ「いや、勝手に決めんな!?」
辰美「ははは……」
ローザ「ふふふ……」
──サクラがいない世界で、止まっていたものが、少しだけ動いた。
焚き火の上空に、一筋の風が吹く。
風は、誰かの名前を探すように──
まだ咲かない桜を、そっと揺らした。
◇◇◇
──そして、別の場所。
荒れ果てた廃墟。崩れた梁の影に、人影が立つ。
ぼろぼろのマントは砂に擦れて端が裂け、指先はひび割れ、乾いた血で固まっていた。
喉は砂で焼け、息を吸うたび胸が軋む。
それでも──瞳だけは、まだ濁っていない。
???「……また、朝が来るか……まだ、生きるか」
石にならなかった。
死ななかった。
忘れられていなかった。
この世界で──たったひとりでも、生き抜いてきた者がいる。
影は空を見上げる。
その視線の先に、“ほんのわずかに動き始めた世界”があった。
(つづく)
◇◇◇
【征服ログ】
・サクラは召喚によってこの世界に来ていたと判明
・サクラが鬼になった理由、魔王軍にいる理由が明かされる
・エスト×カエデ×ツバキ、“サクラを探す”目的で仮同盟を結ぶ
・世界が、ほんの少しだけ”息をした”
・石化した世界にも、わずかな変化の兆し
◇◇◇
──今週のサクラ語録──
『お前の事情? 興味ねぇな。私は私の都合でぶん殴る』
解説 :
正論をぶつけてくる敵にも、事情を語る味方にも、サクラの基準はいつだってひとつ。
「私がそうしたいかどうか」
それがたとえ自己中でも、無茶でも、彼女の拳にはいつも”本気”がこもっている。
だからこそ仲間は信じられるし、背中を預けたくなる。
そして──その拳に救われた者は、きっと今日も、明日も、彼女を待ち続けている。




