#134 : 世界に、息を。【前編】
──サクラがいたこの世界で、止まっていたものが動き出す──
…
焚き火の火が、ぽつりぽつりと弾けていた。
死んだように静かな砂の大地。
石化した街の残骸が月明かりに照らされ、不気味な影を落としている。
その荒涼とした光景の中で、魔王・聖女・神官・火竜・勇者が、ようやく顔を突き合わせて座っていた。
夜風が乾いた砂を舞い上げ、誰もが口を開くのを躊躇っているようだった。
…
重い沈黙を破るように、ツバキが口を開く。
ツバキ「──では、魂の記憶を語ろう。我が真名を、虚無に刻む」
カエデ「ツバキ?今は普通に話してね。あのね!みなさん!この子は自己紹介しようと言ってるよ。」
笑顔でカエデが補足をした。
ツバキ「はい…そうです……」
恥ずかしそうに下を向くツバキ。
その一言を皮切りに、最初に名乗ったのは──
…
笑顔を見せながら、エストが立ち上がった。
エスト『私はエスト! 魔王だよっ☆』
辰美「エストちゃん!? それ言っちゃダメなやつ! “魔王”は敵対ワードですってば!!」
慌てて辰美が立ち上がる。
エスト『えっ? だってウソつくのって、すっごくむずかしいよ?』
きょとんとするエスト。
辰美「今は真実とかいいから! もっとこう……“エストです、ちょっと偉いです”とかで良かったのにーっ!!」
──沈黙が場を支配した。
火が一つ、大きくはぜた。焔の光が五人の顔を揺らめかせ、互いの表情を不安定に照らし出す。
ツバキ「魔王……。なら、私は討たねばならない者だわ」
ゆっくりと立ち上がり、ツバキがエストを睨みつけた。
聖女の瞳に宿る決意の光が、炎に反射して鋭く光った。
ローザ「ツバキ様……“聖女としての使命”を思い出されたのですね」
祈るような仕草を見せるローザ。
…
ツバキ「私はツバキ。キューシューの聖域に転移し、神より啓示を受けた”聖女”」
ツバキ「そして──」
彼女の目がエストを見据える。
ツバキ「魔王を討てと命じられた者」
その声には威厳が込められていた。
夜の静寂の中、その宣言が重く響く──。
…
エスト『えっ!? でも今は戦わないよね!? ね!? ほら、火囲んでるし! ごはんまだだし!! みんなでお話ししたいだけだもん!』
辰美「エストちゃんは現在、敵意も野望もございませんので! 争いの意思は──! 世界征服も一時中断中です!で、あの……えーと……害がありそうな…害の塊…害が服着てツノ生やして動いてるみたいな方は現在、別行動ということで!!なので、エストちゃんは無害なただのポンコツですので!!!」
慌てるエストと辰美。
緊張が空気を支配する中、風が砂を巻き上げた。
エスト『…ポン……?………辰…美…?』
悲しそうにエストは辰美を見つめる。
──そして、エストは、そろりと立ち上がる。
手をぎゅっと握って、虚勢を張るように、震える声を張り上げた。
エスト『……おい、聖女ぁ?』
エスト『せ、正義?正論? 知らん! 私の拳が、いちばんえらいっ! ……とか……言ってたような?』
言い切った瞬間、足元に絡まったマントでよろけて、尻もち。
エスト『わわっ!? いたっ……!』
ツバキ「いや、無理すんな……」
呆れたようにツバキが剣を下ろした。
ツバキ「魔王を討つ。……でも、いまのあんたは“泣いてる子供”にしか見えない。剣はしまう。子供相手に振るう剣なんか、持ってない」
エスト『かっこよく真似したかったのに……ダメだった……』
エスト『……本物は、こんなに不器用じゃないもん……でも、私、ちゃんと……魔王、できてるかな……お姉ちゃん…』
エストは座り込んで、ぎゅっと膝を抱えた。
静寂の中、誰かがそっと寄り添いかけたその瞬間──
ツバキ「……ま、今は……いいわ。害なさそうだし」
そっと目をそらしつつ、ぽつりとつぶやいた。
チラッとエストを睨むように見やりながらも、腰を下ろす。
ツバキ「あとで”本当にポンコツなのか”はちゃんと見極めさせてもらうけど」
エストはほっと胸を撫で下ろしながらも、涙目で辰美に小声で言った。
エスト『……ポンコツって、あんまり言われたくないよ……』
…
祈りの姿勢のローザが顔を上げる。
ローザ「……私はローザ。ツバキ様に仕える神官です。この世界に、もう一度”命の風”が吹くように……私は祈り、支えます」
ローザ「今は……この荒廃した世界で、わずかでも希望を見つけたいと思っています」
彼女の穏やかな声が、少しだけ場の緊張を和らげた。
…
──空気が少し落ち着いたところで、最後のひとりが口を開く。
カエデ「私はカレーじゃなくて、カエデ。オサカって国に転移して──”勇者”って呼ばれてるよっ」
カエデ「でも実際は、みんなが困ってるときに手伝うくらいしかしてないかな」
にっこりと人懐っこい笑顔を見せるカエデ。
カエデの話を聞いたエストがビクッと硬直し、顔が青ざめる。
エスト『……えっ、ゆ、勇者……!?』
──その瞬間。
ズギィィィィィィィン!!!
《スキル奈落穿つ咎の瞳──起動》
《いえ。やっぱり 【ラブリー☆エリミネーション】──起動》
ツバキ「名前にコンプレックスあるっぽい!?」
《対象勇者──反応確認中……》
《敵意評価ゼロ》
《脳内思考ぽかぽか/トカゲかわいい/カレーのにおいしないかな?》
《戦闘経験ゼロ》
《レベル1(固定)》
《分類勇者(草と石)》
《識別結果──対象分類≠ 勇者 → ただのバカ》
ツバキ「判断ひどっ!?」
カエデ「え? 何かあったの? 私ずっと、じゃがいもゴロゴロのカレーにゆで卵のせたら優勝じゃね?じゃあ準優勝は?って考えてたら牛丼だった〜」
きょとんとした顔のカエデ。
ツバキ「いや、カエデすごいよ…」
《スキル解除》
…
エストがふよふよと落下し、きょとんとした顔になる。
エスト『……あれっ? わたし今何してた? なんか頭がくらくらする……』
カエデ「わぁー! エストちゃん、お祝いか何か? サプライズ演出だったの?」
キラキラした目で手を叩くカエデ。
ツバキ「なんだ今の……魔王が無意識にスキルを発動するなんて」
警戒を解かないツバキ。
辰美「危なかった……カエデさんに敵意がないから自動で解除されましたけど」
安堵のため息をつく辰美。
ローザ「恐ろしい魔力でした……あれが魔王の真の力……」
神に祈りつつ、震え声でローザが呟いた。
(つづく)




