#133 : 梅は咲いたか 桜はまだかいな
その日から一年。
──誰も動かなくなった世界で、三人だけが生きていた。
人々は、石となり、空には、光が差さなかった。
太陽はあったが、それは死んだ光だった。
暖かさも、希望も、何も与えてくれない。
街には、石の彫像だけが残った。
生きていた時の“最後の感情”を、そのまま封じ込められた彫像たち。
子供を抱いたまま、今にも泣き出しそうな母親。
武器を構えたまま、片目をつぶって祈っていた兵士。
キスを交わす寸前の恋人たち。
空を見上げた商人の頬には、石となった涙の筋があった。
──すべてが、そのまま止まっていた。
世界は、完全に死んでいた。
そんな絶望の世界で──
カエデ、ツバキ、ローザの三人は、希望を探して旅をしていた。
「また今日も……誰も見つからなかった…」
ツバキが疲れた声で呟く。
「でも、諦めちゃだめだよ!きっと他にも生きてる人がいるよ!」
カエデが励ましの言葉をかけるが、その声にも疲労が滲んでいた。
「……神は、きっと理由があって私たちを残してくださったのです」
ローザが静かに言った。
一年間、三人は各地を回っていた。
他の生存者を探して。
この世界を元に戻す方法を探して。
──だが、見つからない。
石の彫像ばかりの、死んだ世界。
希望は、日に日に小さくなっていった。
◇ ◇ ◇
そして、砂の大地を歩いていた二つの影が──三つの希望と出会った。
風の音さえ、消えていた。
風が、世界を恐れて吹けなくなったようだった。
ただ、砂の音だけが響いていた。
『……お姉ちゃんたち……』
そのとき──
《♪BGM:梅は咲いたか 桜はまだかいな / Metis》
その声と同時に世界に一筋の風が吹いた。
乾いた砂がふわりと舞い、三人の足元で渦を巻く。
エストを乗せた辰美がゆっくりと三人の前に降り立った──。
旅を続けていた三人を見つめて、エストは驚いた。
この死んだ世界で、まだ生きている人間がいたなんて。
「本当に……生きてる……」
辰美も信じられないといった様子だった。
「あ……あなたたちは……?」
カエデが警戒しながらも、声をかけた。
一年ぶりに出会った、人間以外の生き物。
「もしかして……ドラゴン……?」
ツバキが目を丸くした。
『……生きてる……誰かが……ちゃんと、ここに……いる……夢じゃ……ないよね……?』
エストが静かに言った。
「……エストちゃん、また泣いてるよ…」
辰美がぽつりと呟いた。
『嬉しさと同時にお姉ちゃんも思い出しちゃって…』
エストが泣きながら言った。
「大丈夫。きっと帰ってくるよ!」
辰美の声は、微かに震えながらも、確信を帯びていた。
── 運命は、まだ、終わっていなかった。
一年ぶりの”再会”──。
生きている者同士の、当たり前の会話。
心が、確かに温度を取り戻していく。
まだ咲いていなかった“桜”が──ようやく風に揺れた。
「……私たち、ずっと探してたの」
カエデが静かに言った。
「他に生きてる人はいないかって……」
ツバキが続けた。
一年間の孤独と、新たな希望が入り混じっていた。
あきらめかけていた心に、再び火が灯った。
「この手を取り合う奇跡に、我が主の名を──」
ローザは静かに、胸元で印を結び、目を閉じた。
「……やっと、動き出した」
ツバキが、小さく息を吐いた。
涙を指の甲で拭いながら、それでも前を向いた。
「世界が、ほんの少しだけ──また“息をした”気がする」
カエデが、かすかに笑った。
そして──
ツバキは、拳をぎゅっと握りしめた。
「……もう一度、立ち上がれるなら……私は、何度だって立つ。
この世界が死んでも、私の心は──まだ、生きてる。」
四人と一匹の出会いは、確かに世界に小さな変化をもたらしていた。
──だが、彼女たちはまだ知らない。
この”目覚め”が、第二の地獄の始まりだということを。
なぜなら──
魔神王は、まだ完全には復活していない。
そして、世界を完全に支配するために──
“生き残り”を、探し始めたのだから。
──つづく。
遠くの空で、何かが蠢いていた。
新たな脅威が、静かに近づいていた。
……気配がした。“生”が残っている。
ならば──狩りの続きを始めよう。
──でも、その時──
たしかに風は吹いた。
まだ蕾だった“桜”が、ゆっくりと揺れた。
【新章】『魔王軍、喪失。そして──再結成へ。』
四人の声が重なる。
『──まだだ。私たちはまだ、“終わってない”。』




