#128 : 五体の魔神☆詰みゲー開始
── 第三層・奈落の封印室。
私たちが第三層に足を踏み入れた瞬間──世界が変わった。
サクラ「……うっ……!」
空気が、違う。
ただ重いとか、息苦しいとかじゃない。
まるで水の底にいるような──いや、それよりも酷い。
存在そのものが圧迫されている感覚。
辰夫「これが……魔神族の……瘴気……?」
震えながら辰夫がつぶやく。
広間の中央には、直径数十メートルもある巨大な封印陣があった。
──いや、「あった」と言うべきか。
まるで内側から爆ぜたように、封印陣は砕け、魔法文字は焼き切れたように途切れていた。
支柱は全て倒壊し、あちこちから黒紫色の瘴気が噴き出していた。
エスト『お姉ちゃん……怖い……』
私の袖をエスト様がぎゅっと掴む。
普段なら「大丈夫よ」って言ってあげるところだけど──
今回は、私も怖い。
── ズシ……ッ、ズシ……ッ……。
重い足音が響いた。
サクラ「っ……!」
闇の中から、ゆっくりと姿を現したのは──
魔神族だった。
それらは、私が今まで見たどんな魔物とも違っていた。
一体目は人間に近い体型だが、肌は灰色で目が赤く光っている。
二体目は巨大で、身長3メートルを超え、全身が黒い鎧のような皮膚に覆われている。
三体目は細身だが異様に手足が長く、まるで影が実体化したかのようだ。
頭部には角を持つもの、持たないもの。
人型に近いもの、獣に近いもの。
見ているだけで魂が凍りつきそうになる、圧倒的な威圧感。
背骨の奥で、何かが砕ける音がした。
そして──それらは合計で5体いた。
サクラ「……おい……おいおいおい……っ」
私の声が勝手に震える。
こんなの、絶対に勝てない。
魔神族(大型)『我らは待っていた……』
最も大きな魔神族が口を開いた。
声だけで、空間全体が振動する。
魔神族(大型)『魔神王の復活を……永き眠りの終わりを……』
サクラ「魔神王……?」
魔神族(大型)『封印は既に限界……あと僅かで我らが王は目覚める……』
絶望的だった。
前には圧倒的な力を持つ魔神族が5体。
逃げ道を探そうにも、この広間には他に出口らしきものは見当たらない。
サクラ「……これって……詰み?」
エスト『お姉ちゃん……』
辰夫「……」
辰美「……」
私達は……どうすればいいのかわからなかった。
完全に八方塞がりだった。
── その時、最も大きな魔神族が一歩前に出た。
その魔神族が一歩踏み出すと、床石がミシリと音を立てて沈んだ。
同時に、空気が逆流するように肺から息が抜ける。
ただ声を聞くだけで、鼓膜の奥が軋んだ。
魔神族(大型)『……虫けらが…紛れ込んだか』
魔神族の声は、まるで路傍の石を見るような無関心さだった。
魔神族(大型)『我らが王の復活の邪魔をするなら……排除するまで』
完全に見下されている。
恨みとか憎しみとかじゃない──単純に、邪魔な虫を払いのけるような感覚。
魔神族(細身)『……まて……あの鬼の女、“鍵”だ』
魔神族の一人がぽつりと呟く。
サクラ「え……?鍵……?」
魔神族(大型)『鍵ならばなおのこと…消し去るのみ…』
サクラ「……やば……い……」
私は無意識に、一歩後ろに下がった。
これは──格が違いすぎる。
相手にとって私たちは、本当に虫ケラ程度の存在なのだ。
(……ダメだ、緊張が限界突破した。もう笑うしかない。)
このままじゃ、みんな死ぬ。
時間を稼いででも逃げる方法を考えるしかない。
でも──私一人で5体相手は、絶対に無理だ。
サクラ「……でも、やるしかない……わよね……」
私はステータスウィンドウのスキル欄を開いた。
でも──手が震えて、うまく操作できない。
サクラ「くそ……こんな時に……」
── その時だった。
エスト『お姉ちゃん』
私の手をそっとエスト様が握る。
エスト『わたしも、戦う』
サクラ「え……?」
エスト『パパの記録を見て、わかった。わたしは逃げちゃダメ』
彼女のその目に、強い意志が宿っている。
エスト『わたしが魔王なら──みんなを守るのが、わたしの役目』
サクラ「エスト様……」
エスト様は唇を噛んで一度だけ震え、それでも足を半歩、前に出した。
エスト『だから……一緒に戦おう?』
その瞬間──私の中で、何かが変わった。
恐怖は消えない。
でも──この子を戦わせるわけにはいかない。
── その時、魔神族の一人が、面倒くさそうに手を上げた。
魔神族(人型)『さっさと片付けよう』
暗黒色の魔力弾が私たちに向かって放たれる。
サクラ「うわっ!」
私たちは反射的に散開した。
── しかし、魔力弾は私たちを大きく逸れ──
ズゴォォォン!!
背後の岩壁に直撃した。
サクラ「……え?」
巨大な爆発音と共に、背後の岩壁を吹き飛ばした。
煙が晴れると、そこには地上へと続く大きな穴が開いていた。
魔神族(人型)『……狙いが甘かったか…久しぶりすぎて制御が甘いな…』
魔神族が無表情で呟く。
だが、その一撃が吹き飛ばした岩壁の向こうには──
確かに”空”があった。
崩れた天井の隙間から、月明かりが差し込んでいる。
土と湿気の匂いに、かすかな夜風の冷たさ──“外”の匂いが混じった。
サクラ「……見えた……光……!」
胸の奥で、なにかが脈打った。
サクラ「……まだだ……まだ終わってない……!」
(つづく)




