#117 : 奈落の縫い目☆竜王だけぼっち
前回までのあらすじ
→ 辰夫はバイト先の賄いが好き。ずっこけ魔王軍、ダンジョンに向かう。
◇◇◇
辰夫の背に乗り数時間。
私たちは奈落の縫い目に着いた。
感想? 不気味。寒い。
喉の奥がピリつく。
魔力を吸い込むだけで、肺の内側がざらつく感じ。
あと魔力が多すぎて髪が微妙に静電気で浮いてる。最悪。
谷底に続く深い裂け目。
そこから、じわじわと瘴気のような魔力が吹き上がってきている。
サクラ「……縫い目って言葉…納得したわ…。」
辰夫「魔力の濃度が異常です。……ここは、自然のダンジョンじゃない」
真剣な表情で辰夫が補足してくる。
サクラ「知ってる。肌がヒリヒリしてきた」
エスト『あのね〜、魔力がビリビリしてる!なんかね、うどん食べてたのに気付いたらおそば食べてる感じ!』
サクラ「……店長呼ぶレベル」
エスト様の頭をぽふっと叩き、私は振り返って辰美に指示を出す。
サクラ「辰美!上空索敵。構造把握できる?」
辰美「はいー!サクラさんに頼られたーw」
…
……
辰美が探索から戻ると首を傾げていた。
サクラ「辰美どうだった?」
辰美「うーん?“何か”に目を逸らされた感じがした……かな?」
サクラ「うん……つまり?」
辰夫が代わりに説明する。
辰夫「結界……ですかね……? “踏み入れてからでないと構造が確定しない”タイプの不確定ダンジョンですね」
サクラ「一番めんどくさいタイプきた……」
エスト『……お姉ちゃん?……もう入る?』
サクラ「そうね。入ろうか。待ってても何か変わるわけじゃないし?“先代魔王の痕跡”とお宝探しますかー!」
エスト『パパに会えるかな?』
エスト様が両手を握りしめて、期待に目を輝かせる。
……でも…その声が、ほんの少しだけ震えていた。
サクラ「……会えるといいわね」
心の中では、違う予感がしている。
先代魔王がいるかもしれない…でも──もっと厄介なものが待っている気がする。
裂け目の奥から、ぬめるような風が這い出してきた。
腐った魔力の匂いが、髪の奥にまとわりつく。
私は、ふぅ、と息を吐く。
そして、一歩、谷底へ踏み出した。
その背中を追って、三人がついてくる気配がある。
──魔王の記憶が眠る場所。
──封印が歪みを孕む場所。
──そして、世界の”底”。
面倒くさい匂いしかしない。──でも、面倒くさいのは私の得意分野。
…
エスト『お姉ちゃん、手つなご〜!』
エスト様が小さな手を差し出してくる。
辰美「あ!私も!私もー!」
辰美も手を握ってきた。
サクラ「ふふ。」
……ああ、まったく。
いつの間に、こんなにも。
私は、守るつもりなんてなかったのに。
なのに、気づいたら…離せなくなって……
……いや、違うか。
……私が、もう離したくなくなってたんだ。
それが、こんなにも怖いことだったなんて ──
── このときの私はまだ知らなかった。
《奈落の縫い目》
私たちの遠征が、今、始まった。
(つづく)
辰夫「……我も、手をつなぎたかったです……」
背後から辰夫の声が聞こえた気がした。
◇◇◇
──今週のムダ様語録──
『牛を見たら立ち止まれ。でも焼き肉の匂いがしたら全力で走れ』
解説 :
牛を見るのは慎重さ。
焼き肉の匂いで走るのは本能。
なんの話だっけ?元気か?
……でも、立ち止まってたら焼き肉にはありつけない。




