#010 : 焼肉とアゴと世界征服
前回までのあらすじ
→ ノリと勢いで勇者になった。
◇◇◇
【現在地】パンジャ大陸南東部・常闇のダンジョン最深部(魔王の間)
【視点】サクラ
【状況】異世界生活3日目。スパー後。魔王気絶中。
◇◇◇
サクラ「……いやマジで、まだ膝ガクガクしてんだけど……心臓バクバクで倒れそう……いや一回死んだ気持ちになったからセーフ?」
床に座り込みながら深呼吸する。深呼吸しても全然落ち着かない。
それでも目の前にはポンコツ魔王(妹)が白目をむいて転がっている。
《世界一タフな性格》 ── 自然に発動! → 頭の切り替え完了。
サクラ「……はぁ……妹がポンコツだから、休む間もなくお世話係ですよっと……」
私はしゃがみ込み、エスト様の頬をペチペチ叩いた。
サクラ「おーい、エスト様ー?大丈夫ですかー?聞こえてますかー?……うーん……ダメか」
── 仕方ない。
サクラ「はいはい搬送しますよー(*雑)」
私はズリズリとエスト様を布団まで引きずる。
力を込めた覚えはないのに、すごく軽い。……あぁそうか、これが“鬼パワー”か。
サクラ「まったく……妹になったからって、お姉ちゃんは甘やかさないからな……」
ドサッ!(*とりあえず布団に放り投げた)
サクラ「……これで終わりじゃないんだよなぁ」
私は再びしゃがみ込み、エスト様のほっぺを両手でムニムニしながらペチペチ。
サクラ「起きろー。ポンコツ魔王ー。おーきーろー。ほっぺビンタだぞー。」
エスト『……ふにゃ?』(ぱちくり!)
薄目を開けたが、まだ寝ぼけているらしい。
(沈黙)
エスト『……なんかアゴがジンジンする☆』
サクラ「はい目覚めた!!事故です、幻覚です、夢でしたー!」
エスト様が意識を取り戻した。
よかった、目を覚ました……と、思った次の瞬間だった。
サクラ『ふらふら〜☆』
エスト「寝てなさい、脳が揺れてるから。」
私の言葉を遮るようにエスト様は立ち上がろうとして、ふらりと前のめりに倒れ込んできた。
サクラ「あぶな──」
──ゴンッ。『またアゴッ☆』
エスト様のアゴがヒジに直撃し、静かに崩れ落ちた。
私は固まったまま、右ヒジと崩れ落ちた妹を交互に見比べた。
サクラ「………えぇ?」
《ぺったん ぺったん ずんどこどーん♪》
【サクラのレベルが120に上がりました】
【光魔法:ライトアローを習得しました】
サクラ「………えぇえええええ?」
……い……今ので倒したことになるの……?
……そして光魔法……勇者……っぽいね……。
(ねぇ誰か説明して? 私の人生で遊んでるヤツいない?)
──CM風字幕──
\\ ☆ 新スキル獲得 ☆ //
【スキル名】光魔法:ライトアロー
【取得条件】妹のアゴをポキる
────────
サクラ「条件どうなってんの!?」
──その時、私は気づいてしまった。
サクラ「……この子、アゴ……脆すぎない……?」
私は寝転がるエスト様のアゴにそっと指を伸ばした。
サクラ「……も、もう一回くらいなら……」
──コツン。
エスト(寝言)『……アゴ』
《ぺったん ぺったん ずんどこどーん♪》
【サクラのレベルが125に上がりました】
サクラ「……上がったぁぁあああ!!どういう仕組み!?」
……ちょっと待てよ。これ……連打すれば999まで行けるんじゃ?
そう思った瞬間、人差し指がぷるぷる震えた。
サクラ「……いや、やめとこ……犯罪臭しかしない……」
二十歳超えて幼女魔王のアゴ連打とか、もう人として終わってる。
──静かになった。
エスト様はまだ寝てる。
小さな寝息が、魔王城の冷たい空気を揺らしていた。
その音を聞いてたら、胸の奥がちょっとだけ痛くなった。
この子、ほんと寂しかったんだろうな。
こんな薄暗い空間で何年もひとりで……
私がバカやって笑わせてる間、きっと怖いことだってたくさんあったはずだ。
サクラ(……守るって、こういうことかもね)
拳を握った。
殴るためじゃない。支えるために。
《天の声:いや、養分にしただろ》
サクラ「っさい!またおまえか!事故だろ!」
(沈黙)
焚き火が消えたあとのような静けさが、魔王の間の空気に漂った。
ふと、頭の中でムダ様の声が響いた気がした。
『焼肉を奢れ。皿を円形に並べろ。それが魔法陣だ。罪が消える。』
サクラ「……さすがムダ様。確かに私なら焼肉奢られれば全部許すわ……」
私は気絶したエスト様を見下ろして、小さく呟いた。
サクラ「……よし、このあとは焼肉にしよう。」
《天の声:この日の一撃が、すべての始まりだった。》
《天の声:後に語り継がれる──魔王の致命的弱点、”ガラスのアゴ”伝説である。正気か?この設定。》
◇◇◇
── そして、エスト様が目を覚ました。
エスト『……やっぱりアゴがジンジンする☆』
サクラ「夢です。幻覚です。事故です」
(すべて偶然で押し通す。これ基本)
(静寂)
エスト『そうだ!お姉ちゃんのレベル上がった?』
サクラ「ええ……まぁ……少しだけ」
「少し」なんて言ったが、実際は120。数字だけなら化け物だ。
けどここで正直に言ったら絶対ややこしいことになる。
エスト『おお!じゃあまたスパーリングで ──』
サクラ「はい中止。ご飯食べましょう」
慌てて話題を変える。
エスト様の目がキラッと輝いた。
エスト『うん!お肉!!』
(沈黙)
エスト『……でもさっき起きた瞬間、またアゴに衝撃が──』
サクラ「夢です。幻覚です。事故です」
食い気味にかぶせる。絶対にアゴの話は広げさせない。
エスト『そっか!ごめんなさい☆』
(よし、勝った)
*サクラさんは20歳超えた大人です。
その後──。
魔王と勇者が並んで焼肉していた。
サクラ「ねぇ……これ、世界征服の食卓っていうより、ただの焼肉女子会じゃね?」
エスト『焼肉から始まる世界征服もあるんだよ☆』
サクラ「いや聞いたことないよ!……いや、世界征服ってそういう感じでやるんだっけ?」
エスト『兵站の確保は大事なの☆ 』
サクラ「兵站って言葉の意味知らないでしょ?」
エスト『ご、ご飯のことでしょ!?』
(こうして魔王軍の夜は平和に更けていった)
《天の声:……この物語、本当に征服する気あるのか?》
《天の声:さてさて。ここから“魔王と勇者のレベル上げ編”が幕を開ける》
(つづく)
◇◇◇
──【グレート・ムダ様語録:今週の心の支え】──
『焼肉を奢れ。皿を円形に並べろ。それが魔法陣だ。罪が消える。』
解説:
罪悪感がある?
焼肉を奢れ。
カルビ、ハラミ、ロースの皿を円形に並べろ。
それが魔法陣だ。
中心に相手を座らせろ。
罪が消える。
魔法だ。
ちなみに俺は焼肉屋で皿を円形に並べたことがある。
店員が「何してるんですか」って聞いてきた。
「魔法陣です」って答えた。
「やめてください」って言われた。
でも続けた。
出禁になった。
以上だ。魔法陣は有効だ。
レジ横にある、あのミントガム、未だに忘れられねぇ。
あれも魔法だ。




