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推し、辞む

作者: 岸龍二

 深夜に目が覚めた。最近眠りが浅くちょくちょく目が覚める。スマホの時計を見るとまだ午前2時だ。大学時代の後輩の女子からLINEが入っていた。


「死にたいです」


 ぎょっとするような文面だが、自分はそれが本気のものではないことは知っていたので、返事は明朝にしてもいいだろうと考えて再び眠りについた。


 翌朝、Twitterのトレンドを見ると有名男性アイドルグループのメンバーの脱退の報道とファンの悲鳴が溢れていた。昨夜のLINEはこれか、と思った。彼女に慰めの言葉を送ってからワイシャツに腕を通した。


 5人組のうち、3人が事務所を退社して海外進出を目指すらしい。最近同じ事務所の子会社のアイドル兼社長の辞任が発表されたが、それと関係があるのだろうか、と考えながらも自分自身は大してアイドルの脱退に興味がなかった。それよりも脱退を発表したアイドルのうちの1人にいる男に動揺していた。


 27年前に自分が生まれたのと同じ日に日本のどこかでアイドルが生まれたのだ。つい数年前まで自分と同じ誕生日の有名人は年が2倍は違うお笑い芸人しかいなかったのに、今ではモデル上がりのタレントとアイドルが常に自分の平行線を走っている。


 モデル上がりのタレントが同じくモデルと結婚して子供を作った時には、たまにFacebookを開いた時にあらわれる高校時代の友人が撮った2個のリングの写真を見たのと同じような息苦しさと胸の裏側の膜を削るようなどす黒い嫌な感情が覆った。


 誕生日にTwitterをアイドルを祝う沢山のファンの言辞が流れるなか、自分はベッドに寝転んで所在なく風船を潰している。誕生日を祝ってくれるのはTSUTAYAやZoffとかのいくつか登録している企業のプログラムと親だけだった。と思っていたら、後輩から「誕生日おめでとうございます」という健気なLINEが来た。でもすぐに、推しのアイドルを祝ったついでに自分の誕生日が同じだと思い出してLINEを送ったんだろうなと思うと虚しさが襲ってきた。彼女とは異性としての関係は互いに全くなく、ただ大学時代の先輩後輩関係として相談や愚痴のスポンジとなっている。


 毎年誕生日になると否が応でもタレントとアイドルとの関係が無視していても迫って来る。結婚後のタレントはあるべき男性像を延々と説いていて意識の高い女性からは指示されていたが、あっさりと離婚した。別にざまあみろとも思わなく、逆に「新しいパートナー関係」のような言葉で批判している連中を意に介せず堂々としていることにただただ悲しみを覚えた。私が就活が上手くいかず、内定が決まらない中、進んでいない卒論に悲鳴を上げていた時の後輩の言葉は毎年のように襲ってくる。


「同じ年、同じ日に生まれたのに片方はファンにキャーキャー言われて、一方は卒論に苦労しているんですね」


 結局、就活にうまくいかず奨学金の返済に喘ぎながら休日も出勤するような派遣生活を続けている私にとってそれは呪いのような言葉だった。別にそれが原因で後輩と激怒するようなこともなかったし、絶縁することもなかった。でも、アイドルが活躍している映像やニュースを見たりすると、ふと記憶の底から間欠泉のように噴き上がって心臓を握りつぶすのだった。


 後輩から勧められたので三角関係のメロドラマを見ている。主演は後輩の推しのひとりのアイドルだ。主人公が怒りもせずに耳の聞こえない彼女の元カレに彼女を譲っていた。自分は主人公に親近感を覚えたが、自分は主人公が演じているようなアイドルでもないし彼女もいないので違うなと思った。ドラマには主人公の労働シーンが全く出てこないが、あんなのでうまくやっていけるのだろうか。自分は主人公の悪い所だけを労働に受け継いでいる気がする。ただ漫然と生きて自分を常に譲って良いところだけを正社員に提供している。それがいいこととは全く思えないが、先天的にしろ後天的にしろ改善の余地はなかった。むしろ、20余年生きていくなかで段々と自己肯定感のようなものは摩耗して今さら自分を推していく気力は残っていなかった。


 グループを脱退し退所するアイドルは海外進出を目指しているらしい。「海外」に行くのは簡単だが成功するのは難しいのは明らかだ。それでもファンの一部は応援し続けるのだろうし、彼を捨てたファンはきっと同じ事務所に新しい推しを見つけるのだろう。彼の道が明るくとも暗くとも自分自身の道が舗装されることはない。ただひたすらと隣を歩む彼を横目に見ながら残りの消化試合を続けていくほかはないのだ。そう思いながら私は傷だらけの革靴を履き、薄暗い秋空へ歩み出した。

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