デア・エクス・マキナ
「と云う事がありまして…。」
御子神は、そう言葉を発すると…。
眼前で寝転がる少女の様な女性に1枚の紙を手渡した。
少女の様な人と表現するのには理由がある。実際、その女性を例えるのならば、少女としか表現の仕様が無い。だけども、その人は御子神の年齢の倍は生きている。御子神の年齢が12なのだから、目の前に佇む、その女性は24と云う事になる。
容姿はと云えば、それこそ少女なのだ。精巧な球体人形の様な可愛らしい少女。艶やかな黒髪は肩にかかるか、かからないかのラインで緩やかな形を描き、項から耳にかけて少しずつ長くなっていて、前髪は眉のラインで切り揃えている。その髪型がこの少女を一層と精巧な球体人形に見せていた。
その球体人形の様な少女の容姿の女性は、御子神の家庭教師で星月天乃と云う。
その天乃は。それこそ少女の様な声で…。
「光…。それはダメだろ?拾った物は交番に届けないとダメだよぉ。って学校の先生に教わらなかったのかい??」
そう溜息混じりで言いながら、キラキラとした大きな瞳で1枚の紙に書かれている内容を読んだのだった。
天乃の視線は時間の経過と共に左から右へ、上から下へと少しずつ動いていく。御子神がその様子を見ていると、視線がある箇所で少しだけ動きが緩やかになっている事に気付いた。
【あれ?少し様子が…。】
御子神は天乃の表情を覗う。
【気の所為かな…。】
天乃の様子は普段と変わりない様に思えた。
最後まで手紙を読み終えると…。
天乃は告げた。
「光…。コレは何でも無いよ…。」
「何でも無いってどういう事ですか?」
「言葉の通りだよ。こんなのでは人は蘇りはしないって事だ。いや…。そもそも人は死んでしまったら蘇りはしないよ。肉体が無いのなら尚更だ。ココに記されている事は全てが出鱈目だ。あぁ。それから、その手紙を書いたのは本人ではないだろうね。この手紙は残された遺族への嫌がらせだ。そう云う事の出来る人間は何かしら壊れているのだろうね…。だから光…。この事は早く忘れた方が良い。こう云うモノに関わるのは…。」
天乃は御子神が見た事の無い程の真剣な顔付きだった。
だから御子神はそれ以上の、詮索は出来なくなった。
「それはそうですよね。」
御子神は想う。
【確かに死人が蘇る事は有り得ない。なんだ…。誰しもが初めから解っていた事…。あの大学生達も言っていたっけ…。】
【悪巫山戯にしろ、悪戯にしろ、それは度が過ぎているだろ?】
御子神の頭に、あの時の会話が過ぎる。
【そうだ。初めから答えはあったじゃないか…。】
御子神が俯きながら考えていると、其れを見た天乃は言葉を続けた。
「よし。気分転換にあの話をしてあげよう。」
「あの話…。って…あの話って何の話ですか??」
「ほら。この前、聞きたがっていたよな?十数年前、この街で起きた神隠し事件の事…。」
「ホントですか??嬉しいぃ。」
御子神は歳相応の喜び方をしたのだった。
数週間後ー。
巷で【生ける屍】が…。
街を歩いているとの噂が駆け巡った。
焦点の合わない眼。
口腔から滴る涎。
覚束無い足取り。
そしてー
それは人を食らうと言う。
後にリビングデッド事件として…。
歴史に名を刻む事となる事件が起こる。
ある因果から。
星月天乃が
その異様な世界に身を投じる事となる事を。
現時点での御子神は知る由もない。