01
十五の春だった。
両親が交通事故に遭いこの世を去り、当たり前と思っていた世界はたやすく壊れた。自分一人で生きているような、もうすっかり大人のような、そんな気で過ごしていたが俺は何も知らなかったのだ。何一つわかっていなかった。自分がいかに守られていたか。いかに子どもだったか。
何もかもを失った。
あっけなく無慈悲にそれまであった日常が奪われた。
十五の春。桜の花びらがみぎたなく散る。泣くことも出来ず握りしめた両手が震えていた。
◇
正直、大したことではないと思った。だが紫の方ではまったく違うらしい。
「私ばっかり蓮司さまのこと好きだもん。蓮司さまは私のこと好きじゃないもん。もういい!」
紫は手にしていた見合い写真を叩きつけた。フローリングの床がバンっと乾いた音を立てる。それからテーブルに置いてある鞄をひったくると玄関へ走っていき扉が乱暴に閉まった。
いくら感情的になったとはいえ、物に八つ当たることはないだろう。
紫が投げ捨てた写真を拾うとため息が一つ出た。
見合いをすることになった。
店のお得意様からの申し出で土下座までされたと聞く。そうまでされた祖父は無下にできず話を持ってきたと。
「どうじゃ。お前もいい年だし、いつまでも独り身でいるわけにはいかんじゃろ。一度会ってみんか。気にいらんかったらその時、断ればよいし」
そんな言い方をされたが俺が結婚することを望んでいる。今年で三十一になる。頃合いだ。
祖父には育ててもらった恩がある。両親を失った俺を引き取ってくれた。
それまで親の生い立ちについて知ることはなかったが、二人は駆け落ちして結ばれたそうだ。母は老舗料亭・田島屋の一人娘で祖父の決めた男と見合いをし、婿養子を取ることが決まっていた。ところが父と恋に落ちた。祖父は大激怒し、思いつめた二人は若かったこともあり駆け落ちする。逃げ延びた先でほそぼそと暮らしながら俺が生まれた。けして裕福とはいえないがそれなりの生活を送る。しかし、人々を裏切った代償だったのか、あっさりとこの世を去った。
葬儀の夜、どうやって訃報を知ったのか祖父が駆け付けた。棺の前で声を殺して泣いていたのを覚えている。俺はその姿を黙って見つめた。一度も会ったことのなかった祖父だ。親しみも何も感じない。だが祖父は俺を引き取ってくれた。半分は大事な一人娘の、そしてもう半分は娘を奪った男の血が流れる俺を引き取り育ててくれた。その祖父の頼みなら、聞かないわけにいかない。
見合いする――決められた場所で決められた相手と会う。それほど大したことではないと感じられた。
しかし、紫は気にくわないらしい。
俺はもう一度大きなため息を吐いた。
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