本当に来た
冬も近くなった頃、冷たい長雨の夜半、ばあちゃんがいなくなった。
たぶん軽装で、傘は持ち出していない。
帰ってきたばかりの父さんが車で、母さんは徒歩で探しに飛び出した。
入れ違いになると困ると言われて、私は留守番になった。
夜中近くになって、母さんがびしょぬれになって帰ってきた。
「どこかから電話は?」
私は首を横に振る。
母さんは目が真っ赤だ。「一応警察には届けたけど……」
「ケアマネさんに連絡した方がいいんじゃない、それか生田さんとか」
「こんな夜中だし……私、もう一度出かけてくるから」
いつにない母さんの顔を見ていて急に、口をついて激しいことばが出てしまった。
「ばあちゃん、いくらボケているからってどうして急に出てくんだろう? みんなこんなに心配しているのに、勝手にこんな」
「モエ、そうじゃないのよ」
意外なことに、母さんが遮った。
「おばあちゃんには、ちゃんと何か訳があったんだと思う、それを分かってやれなかっただけなんだよ、きっと」
じゃあ行ってきます、と母さんがきびすを返したとたん、電話が鳴った。
父さんの声は遠くて、どこか途方に暮れていた。
ばあちゃんが大川の堤防遊歩道に倒れていたのを、ジョギングの人が見つけてくれたのだそうだ。
すぐに救急車が呼ばれ、ばあちゃんは病院に運ばれた。
服のタグに、母さんがグチグチ言いながらも自宅電話番号と父さんの携帯番号をマジックで書き入れていた、それを見て救急隊員が連絡をくれたのだそうだ。
三人して病院についた時には、ばあちゃんはすでに意識がなかった。
でも、お別れにはどうにか間に合った。
最後にこうつぶやいたみたい、と母さんがぼんやりとした声で繰り返す。
『いくたさん、お迎えに来てくれたよ』