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お迎えの不思議


 どうしてあんなヤバそうなデイを選んだの、と通い出した昨年末くらいからしばらくの間、母さんはしきりに父さんに文句を言っていた。


 お迎えに上がりました、って、まるでどっかの組事務所じゃない。あの担当者のイクタって人も極道みたいだしすぐ睨みつけてくるし、車もベンツでしょ? 運転手も変な制服着ていて白い手袋とか、おかげで火曜木曜は朝から緊張しちゃうし、近所から白い目で見られてるし、もっとまともなデイに替えてもらえない?


 母さんが文句を言う度に、父さんはため息まじりに言い聞かせる。

「まあ、おふくろがしゃんとしてた時にもう決めていたみたいだし、ケアマネからもご本人の意思ですからよくよくのことがなければ変更しませんように、って言われてるし……」

「あのデイ、本当に犯罪組織じゃないの? 大丈夫?」

「大丈夫だよ、契約書もまともだったろ?」

「でもネット検索にも出ないしご近所でも使ってるうち聞いたことないし、それにお金だって」

 最後の方は、母さんの声も小さくなってくる。


 そう、料金はごく普通のデイとなんら変わりがないんだって。

 それに、生田さんが誰かをにらんでいるのは、実際見たことがない。だっていつもサングラスかけているもの。

 あと、ベンツだってまあ、乗用車には違いない。それにいつも静かにやってきて、静かに去っていく。

 近所だって初めの頃は珍しがって覗いていたけど、近頃じゃあ、ごく日常的な流れだと認識されているようだ。


 あまりにも母さんが騒ぐので、

「そんなに心配なら、母さん、一回ばあちゃんのデイを見学に行ってみたら?」

 そう言ってみたことがあったけど、母さんは

「そこまで私はヒマじゃないんだから! デイがない日におばあちゃんをお家で見守るだけで精一杯なのよ、パートにも行けないし、デイに行ってる間だって、たまったお洗濯ものとか買い物とかもあるし」

 逆切れ的に一気にまくしたてた。

 何故そんなに怒るんだよ、とつぶやく父さんに母さんは叫んだ。

「アタシね、極道とかそういうの大嫌いなの、ゴクドウアレルギーなのよ!」

 父さんはただ、軽くため息をついただけだった。



 黒塗りのセダンが『お迎え』に来るようになってからもう8ヶ月経つんだけど、ばあちゃんの様子は特に変わりはなかった。

 相変わらず会話はかみ合わない、探し物ばかりしている、ふと外に出かけて帰ってこない、あるいはノーマネーのはずなのに近所の八百屋から両手いっぱいのサクランボの袋をぶら下げて帰って来る(後から来た請求は8500円だった)、食べかけのお菓子を押し入れやタンスに隠しておいて忘れてしまう……

 そのたびにすぐそばでお世話をしている母さんは、きーっと超音波的叫びとともに後を追いかけまわし、目を吊り上げて後始末をしている。



 秋の風がふと耳をかすめ、気が付くと夜半は虫の鳴き声ばかりとなってきた頃から、ばあちゃんは体力的に少し弱くなってきた。

 デイの迎えに行く時も、玄関先の段差でよろめいて危うく転びそうになったので、母さんはいよいよ諦めて、自分も門扉のすぐ内側までついて行って、車が来るまでばあちゃんに付き合うようになっていた。



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