お迎えが来る
『姐さん、お迎えにあがりました』
低く通る声で家の前に立ち、深々と頭を下げて、うちのばあちゃんを迎えにくる、デイサービスの生田さん、いつもグレイのスーツ姿がぴしっと決まっている。
真夏だと言うのに汗ひとつかかないようだ。
身長は2メートル近くあるだろう、それにプロレスラーみたいな体格、短い角刈りの左わきには何かがかすったのだろうか、頬からひきつれるような傷が斜め上に伸びて生え際から奥に、自然な剃り込みになっている。
サングラスのせいで目つきは見えない、でも、声からしても鋭いに違いない。
声がするたびに、母さんはぴくり、と顔をひきつらせる。
最初の頃なんてあまりにも怯え過ぎて、洗っていた茶碗を落として割ってしまったくらいだ。
今日は、絶賛夏休み中の私にばあちゃんの見守りを頼んで、母さんは掃除があるから、とさっさと二階に上がってしまっていた。
私は玄関先、門扉のすぐ内側に立つばあちゃんをそっとサルスベリの木陰にひっぱる。
「そこ、日が当たってるよ」
「あれ、ミツノリかい?」
「モエだよ」
「モエ……それじゃあんた北海道の」
「ちがうよ、ばあちゃんの孫の」
「今日はなんでここに、仕入れかい?」
「デイに行く日だから一緒に待ってるんだよ、ばあちゃん」
「モエちゃん、あんた学校は」
急に正気に戻っている。
「もう夏休み、今日はこれから部活だよ」
「ああ……あたしゃなんでここに」
と、そこに黒塗りのセダンが音もなく近づく。
デイサービス『SMILE』の送迎車だ。
いつものように、助手席から生田さんが降りてきて、ばあちゃんに
「川上の姐さん、おはようございます。お迎えにあがりました」
低くよく通る声でそう言ってから、深々と一礼した。
生田さんを見るとばあちゃんは
「ああ、おはよう」
急にまんざらでもない顔になって、生田さんの差し出す手を取る。
「今日は暑いですね、おや」
デイのバッグと着替えバッグを差し出す私を見て、ばあちゃんに
「今日はモエさんがお見送りですか、いいですね」
そう言って、私に軽く会釈する。しかし目は笑っているのかいないのか分からない。
「モエちゃんはね、今から学校の部活なのよ」
ばあちゃん、生田さんのことが大のお気に入りのようだ。
元もと他所の人に対しては案外ちゃんとしたことを話すようなのだが、生田さんに対しては更に、取り澄ました感じすら見せることがある。
なのよ、なんてばあちゃん、澄まして言いながらもすでに生田さんのごつごつした手をしっかりと握っている。
生田さんは宝物のごとく慎重にばあちゃんを後部座席に導き、足元を見てやりながらドアを閉め、
「では、行ってまいります」
また、深くお辞儀をして自分も車に乗り込んだ。
私はぼんやりと、黒塗りの車が遠ざかるのを眺めていた。
急に、すぐ耳元でアブラゼミが鳴き始め、それを合図に私も自転車にまたがった。