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自己紹介

青年は迷わず学食の券売機のボタンを押す。秋定はそれを見ていた。

「少し早いが、待てば出してくれるだろう。水はあそこだ。」

お茶と冷水を選べる給水器が、プラスチックのコップと一緒に指差す先にある。


秋定はまず何を食べるかと格闘することになった。幸い後ろに誰も居ない。選ぶ時間は猶予がある。


秋定にとって学校で食べるものは給食だった。栄養士が検討した献立が提供される。

そこに秋定が考える余地というものはなかった。ここにも、秋定にとって「自分で選ぶ」が存在した。


青年をみる。

既に学食の長机に食券を放り、提供が始まるのを待つように水を汲み、飲んで座っている。

何を選んだのだろう。秋定の迷いは、助けを願うような目として現れていたかも知れない。


秋定は悩んで、ボタンを押す。券売機から券が吐き出される。そこには「カレーライス」と書いてあった。

ラーメンやワカメ蕎麦、うどんなどにも多少は興味を惹かれたが。

ランチやトッピングの類もあったが、秋定にとっては急な出費であり、財布の残高が気になった。


秋定がコップに水を汲む頃、目をやると青年がデリカバットを手に取り、学食の提供窓口の前に立っていた。

バットの上に食券が乗っている。それに習って、秋定もバットに食券を乗せ、窓口に立つ。

「カレー蕎麦で。」

その声に、秋定は耳を疑う。券売機にはカレーうどんは存在したが、カレー蕎麦はなかったはずだ。

「カレーライスを、お願いします。」

相手の詮索は置いておき、秋定は学食職員にソレを習い、伝える。

メニューが提供されたのはほぼ同時だった。その間も、彼は職員と二、三言、話を交わしている。


秋定にはソレらが、大人な対応に見えた。

自分にはできない堂々とした態度は、人生そのものの差の様に感じた。

これから始める生活の中で、コレほどの差がある相手がクラスメイトとして存在する、

一種の驚きと劣等感のようなものを感じざる得なかった。


「それ、券売機には。」

心細さから、青年の向かいに座った秋定は、疑問を尋ねずには居られなかった。

「蕎麦とうどんは伝えれば変えてもらうことが出来る。値段は同じだからな。」

秋定にとって、カレーと蕎麦という取り合わせ自体が、馴染みのないものだった。券売機に無いことからも、それは一般的と認識してもいいはずだ。

「蕎麦の方が早いのだ。うどんだと麺を温め、湯がくのに時間がかかる。」

青年の選択と理由は的確だった。ご飯を盛り、カレーを掛ける時間と、それほど差異はなかった。

彼の答えは、それが全て明確な理由を持っているもののように聞こえる。

「そのうち慣れる、気にするな。」

青年はそうして、制服に汁が掛かっても構わないような振る舞いで、蕎麦をすすっている。


これが高校生活というものなのだろうか。秋定は驚き続けていた。

登校して早々に、教室で出会った彼を、単に不真面目な変わり者、と一度は認識した。

だがその認識は塗り替えられていく。彼の挙動、彼の言葉は、何らかの基準に則っている。

秋定にはそれが、少しだけ垣間見えた気がした。


「ありがとう。その、色々と教えてくれて。」

素直な気持ちだった。秋定は、特に深く考えず、そのままそれを口にした。

青年は箸を止め、秋定をじっと見ている。


「直ぐに分かることだ。有難がられるようなことではない。」

青年の箸が再び動き出す。秋定からは、それがどう受け取られたのかはまるで判らなかった。

正しく伝わったのだろうか。怒ってはいないだろうか。一瞬の不安がよぎる。

そんな不安を他所に、彼はカレー蕎麦をすすっている。


学食にはパラパラと人が集まってきていた。

そこでようやく、秋定は周りの雰囲気が変わり始めていたことに気づいた。

まだチャイムが鳴っていないので授業中のはず、である。

人数は少ないものの、券売機の前に立つ姿や、食券とデリカバットを携えて窓口に並んでいる姿も見える。

券売機の側に構えられた購買の惣菜パンや菓子パンの前で、それを思案している姿も見え始めている。


「在校生は今日までは午前上がりだからな。ただ、部活動をする生徒のために購買と学食は開いている。」

「そう、なんだ。」

「勿論、帰る連中も多い。だから購買のパンの数も少ないし、学食の券の数も少ない。」

青年は水を飲み干すと立ち上がり、バットに乗せた蕎麦の器を、学食の返却口に運ぶ。

秋定は、自分がまだカレーライスを食べ終えていないことを思い出し、慌ててスプーンを動かす。


「食ったら体育館へ行くぞ。集合は体育館だと聴いてなかったか?」

コップに水を汲み戻ってきた青年に、秋定は口とスプーンを動かしながら耳を傾ける。

そう言えばそういう事も書いてあった記憶がある。秋定は初めての生活に、自分がどれほどココロの余裕がなかったかに気づく。


「島田夏樹だ。」

青年が言う。それが名乗りだと秋定が気づくのには、ほんの少し間があった。


「結城、秋定です。」

スプーンに乗ったカレーを咀嚼し飲み込み、秋定はそれに応えた。

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