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誰も来ない教室で

秋定は、彼をまじまじとみる。無理もない。

同じ制服を着崩し、机を並べ替え、窓の陽に身体を横たえている。

そのまま身体を傾け、秋定の方を見たと思えば、再び、窓の外へと身体を向ける。


「入学式は午後からだ。時間でも間違えたのか?」

そう言われ、秋定はハッとする。

祖母に起こされるままに支度し、朝食を取り、それが自然であるように疑わず。

新しい高校生活の開始を、それまでの学生生活と同様に始めてしまっていたことに。


「君は・・・。」

恥ずかしい気持ちを抑え込み、秋定は声を絞り出す。

「一応は、クラスメイト、と言った所か。」

青年、と言ってもいい程に高身長な彼は、気だるそうに秋定へと再び身体を向ける。


「間抜けな奴だ。そんな顔もしている。時間を間違えたことに、言われて気づいたような顔だ。」

秋定を見定めるように、その顔を見る。そして口元を緩ませる。

「お前が寝ぼけた頭で教室を間違えた二年なら、四階に上がった段階でそれに気づいたはずだ。誰も居ない四階を歩いて迷わず自分の教室の戸を開けたと言うのなら、それは新入生だろう。」

言われた通りだった。秋定は止めていた足を教室へと踏み込む。そして気まずそうに、自分の机を探す。


「適当に座ればいい。どうせ後二時間は誰も来ない。」


秋定は手近にあった椅子を引き、背負ったカバンをおろして腰掛ける。

階下から遠く上級生の喧騒が響いてくる中、二人は教室で、ただ黙って窓からの陽を浴びていた。


一体何なんだろう、秋定は思っていた。

クラスメイト、つまりは同じ一年生であるという事だろうが、他に誰も居ない教室で、自分より先にここに来ていて、まるで勝手を知っている様に、堂々と暴挙を働いている。

同じ新入生だという価値観では、到底起こさないような行動をしている彼を、秋定は怪しんだ。


「いいんですか?その、そんな事をして。」

言わずに居られなかった。これからやってくる新入生のために綺麗に並べられたであろう机と椅子を、勝手に入れ替えて、その上で寝そべって陽に当たっている。

当面誰も来ないであろうと言っても、その神経は、秋定の価値観では普通ではなかった。

「問題ない。ここはそういう学校だ。お前さんもそのウチ、毒される。」

どういう学校だ。秋定はココロの中で唖然とした。そこそこの成績が必要な、そこそこ有名な学校だったはずだ。そういう悪評と言うか、乱れた生徒の噂は聞いたことがなかった。


チャイムが鳴る。時間を置いて、二度目のチャイムが鳴る。

階下からの喧騒が鳴りを潜めていく。だが、二人だけの教室は、変わらずそのままだ。


時間は穏やかに流れていく。背伸びをして大人になろうとした秋定を待たせるように。


「退屈だな。お前、何処から来たんだ。」

青年が口を開く。

「富士見第二中学校から、です。」

「はぁ?何処だソレは。中学の名前なんて言われてもわからん。何処の街かを聞いてるんだ。」

価値観の違いだった。場所を問われた時、秋定の中では、学校は地域を表す当たり前の名詞だった。

学区。それは自分が住む街や市での場所を表す、馴染みのある場所であったのだ。

でもそれは通じなかった。一瞬の動揺と焦りが、秋定のココロに湧き上がる。


「それで通じるやつも居るだろう。だが高校というヤツは、今までよりもずっと広い、県内の全く違う場所からバラバラと集まってクラスを作る。何処から、と聞かれたら街の名前になる。」

まるでそれを見透かしたように、声が返ってくる。秋定のココロを「失敗した」という後悔が染め上げていく。

「柳川市、からです。」

絞り出すように、声量をすぼめて、秋定はそれを口にする。

「川向うからか。自転車か?バスか電車で来たのか?」

続け様に問われる。

「自転車、で。」

「なら、自転車の鍵をなくしたり、自転車を取られた時のために、バスや電車での帰り方も覚えておくのだな。」

まるでそういう事を知っているかのように青年が言うのを、秋定は不思議に思う。

「なんで、そんな事を。」

先程から、一方的に責められているような、圧迫感を秋定は感じていた。

青年は秋定側に身体を向け、秋定の顔を見る。そして先程と同じ様に、口元を緩ませる。


「入学早々、登校時間を間違えるような奴は、そういう事もありそうだろう。違うか?」

そう言うなり、また窓の方へと身体を向ける。

「一時間は自転車を漕いで、チャイムに間に合うよう、走ってきたんだろう。これからも頑張りな。」

背を向けたまま飛んでくる声に、秋定は気恥ずかしさもあり、返すこともなく口をつぐんだ。


三度目のチャイムが鳴る。

授業が始まったのだろうか、秋定は学校全体の雰囲気が変わっていくのを感じていた。


同時に、二人きりの静かな教室に、小さく寝息のような音が流れ出すのに気づいた。

きっと、こちらから話しかけない限り、これでこの会話はお終いなのだろう。

何を話しかけたらいいのかも判らず、気恥ずかしさと緊張も手伝って、秋定は机に顔をうずめた。


窓からの陽が温かみを増していき、ホコリと独特な匂いを感じさせる教室の空気が、

そして、慣れない道を走ってきた自転車登校の緩い疲れが、

秋定の目蓋も、柔らかく、微睡みへと誘っていった。

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