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結城秋定は高校生である。

こんな事を思ったことはないだろうか。


空に浮かぶどんなに美しい星たちよりも、甘い甘い大きな飴玉が、子どもたちは大好きだ。

けれどそれは、子どもの間だけの事で。

大きくなって、家を出て外で遊ぶようになり、友だちを作って、色々な事を知って。

指につまんで掲げた飴玉のそのまたずっと先、遠い世界を夢見るようになると、

近くで甘い幸せをくれる飴玉よりも、手に届かない煌く星に恋をするようになる。


それは子どもを卒業し、大人になるという事だと。


でも、夜空の星よりも飴玉が好きな大人だって、いるじゃないか。

そんな事で、子どもは大人になるのだろうか。


「アキや。忘れ物はないのかい?」


生まれて、成長するのは、等しく与えられた「時間」によるもので、

その「時間」を一定数重ねれば、誰でも、誰かが決めた「記号上の大人」にはなることができるだろう。

もし「子ども」を卒業しなければいけないのを、誰かが決めた「時間」でだけ判断するのなら。


「大丈夫。いってくるね、お婆ちゃん。」


制限時間のようなものだ。誰かが決めた「時間」は、「義務と責任」を求める。

早く大人になる事を求め、誰かのために「務めを果たす事」を求める。

そうして「時間」と「何か」に追われる内に、甘い飴玉の味を忘れていってしまうのだろう。


「気をつけていってくるんだよ。」


でも、飴玉の甘さは変わらない。子どもの頃に知ったその味は、変わらずそこにある。

どんなに時間が過ぎ去っても、一度口にすればそれを思い出す。



アキと呼ばれた少年、結城秋定は、今日から高校生になる。


祖母に見送られ、まだ少し冷える薄紅色の空の下、自転車に乗って。

彼が進学する高校は、地域ではそこそこの有名校だ。そこへ進学するために秋定は勉強した。

父母は居ない。祖父も居ない。引き取り育ててくれている祖母のために、秋定はそこを選んだ。

秋定は「大人になろう」とそうした。祖母を助けるために、学費の軽いそこを選んだ。


少ない選択肢から、幾つかのものが犠牲になった。その一つが距離だ。

中学生までと異なる遠い世界。広い世界へと一足飛びに旅立つことも、秋定を「大人」に近づけた。

本数が少なく、渋滞に巻き込まれやすい、何より交通費のかかるバスや電車を避けて。

心配する祖母の声を遮って、秋定は長い距離を自転車で通うことを選んだ。


秋定はこれから始まる新しい生活に、胸を弾ませていた。

踏み込むペダルに思いを馳せて。橋を超えて、川を超えて。風を切って、車輪は回る。

馴染みのない街並み、まだ知らない世界を、駆け抜けていく。

きっとこれから、当たり前になっていく世界を、突き進んでいく。


自転車を漕いでいる内に陽は昇り、行き交う人が増えていく。

幾つもの信号を超えて、そうしていく内に、自分と同じ服装をした姿が増えていく。

同じ方向へ向かって進む自転車が増えていき、自分の向かう先が近づくことを知っていく。

そうして秋定は、また一つ、「大人」に近づいていく。


同じ学校へ通う友達はない。

中学までの友人は、皆、地元からそう遠くない高校へ進学し、或いは就職した。

同じ服装をしていても、秋定の事を知る人はまだ誰も居ない。


幾つかの上り坂と下り坂を超え、これから幾度もくぐる事になる校門の下へたどり着いたのは一時間と少しの頃だった。


秋定は自転車を降り、最後の上り坂を、自転車を押し、登っていく。

同じ服装をした諸先輩方らしき自転車たちは、それを追い抜き登っていく。

無事たどり着けたはいいが、慣れない道を進んできた事も、秋定を疲れさせていた。


坂を登りきり、立派な木と校舎が見えてくる。自転車を手で押したまま、秋定は校舎裏の駐輪場へと向かう。

事前に指定された新入生の駐輪場所は教わっていた。


「ここでいいんだよ、ね?」

まだ一台もない自転車がないその場所に、駐車し、鍵をかける。

少し早すぎただろうか。上級生の自転車はチラホラと見かける。新入生では秋定が一番の様子だった。


諸先輩方の歩く方向に習い、秋定も校舎へと歩き出す。

入学説明会で歩いた道とは雰囲気がまるで違っていた。そして、友人や知人と言葉をかわす声。

何もかもが、秋定にとって新鮮だった。


下駄箱棚にたどり着き、自分に与えられたそこへ靴をしまい、持ってきたダイヤル式の鍵をかける。

カバンから、真新しく硬い上履きを取り出し、履き替える。

そして確かめるように、教室棟へと向かっていく。


新入生の教室は四階だった。秋定は階段を登っていく。

三年生が、二年生が、それぞれの階で教室へと向かっていく。秋定はひとり残され、階段を登る。


そうして辿り着いた四階は静まり返っていた。まだ誰も居ない。ガランとした教室が並んでいる。

遠くから少なくない上級生たちの声が聞こえてくる。


自分の教室を確かめ、秋定は扉を開く。



「ん?誰だ?」

そこに、秋定の初めてのクラスメイトがいた。

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