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蘭陵王伝  小暑の記   (10)  作者: 天下井  涼
3/4

高演(孝昭帝)の即位

高長恭や高湛の説得に応じ、婁皇太后はついに令旨を発し高演が新帝として即位することになった。

九月の中頃、高殷の廃位と高演の即位を命ずる太皇太后令が発せられた。

時をおかず、斉の副都である晋陽にある宣徳殿(せんとくでん)で高演即位の儀式がとり行われた。すなわち、皇帝であった高殷は廃されて斉南王となり、常山王高演の即位が公布され皇帝(孝昭帝)となった。

鄴都にいる婁太皇太后は、皇帝の母として婁皇太后となり、李太后は、子供が皇位を廃されたため、文宣皇后に改称された。そして、その住まう宮殿は昭信宮と呼ばれるようになった。


晋陽で即位した今上帝高演は鄴都に入ると、兄の文宣帝が行った苛烈(かれつ)な政治を正すべく、大赦(たいしゃ)を行い元号を乾明から皇建に改めた。

功臣の中で、文宣帝によってされた族滅(ぞくめつ)により家系が断絶しているものがあれば、近親者を探し出して再興させた。

また、諸国の老人に杖を下賜いたり、直言の士を鄴都に招き進言をさせたりしている。その他、戦死した軍人への褒賞(ほうしょう)、法令の解釈の厳格化など、生真面目な高演らしく、正しき政に取り組んだ。


皇帝高演は、聡明(そうめい)で見識と度量(どりょう)に優れ、沈着冷静(ちんちゃくれいせい)で判断力に優れた皇帝であった。かつて尚書省(しょうしょしょう)にいた時には、官吏達より職務に精通していたので、各行政府での文宣帝時代の悪習を大いに改めさせた。

しかし、政の仔細(しさい)を知っているだけに、細かいところまで皇帝が口出しする嫌いがあった。

「細かいところばかり気にしていると、せっかくの陛下の器が小さくなってしまうのか心配です」

と、諫言(かんげん)する家臣も現れたほどだった。


九月の下旬には、長広王高湛を右丞相にして、鄴都の行政を一任した。また、尚書令の彭城王高浟(こうてき)を大司馬兼尚書令としたのである。

高演は、友として様々な助言をしてくれていた王晞を侍中に抜擢(ばってき)しようとした。

「権勢を振るうと、多くは破滅している」

ところが、王晞はそう言って辞退してしまったのだ。そこで、高演は、たびたび王晞の顔が見られるように、東廊にある舎殿で陽休之(ようきゅうし)崔劼(さいかつ)と一緒に朝廷の礼について研究をさせることにしたのである。


高演の即位に貢献したとして、蘭陵王高長恭は、京を守備する中領軍に転じられ、領左右大将軍として千五百戸の加増を受けた。領左右大将軍は多分に名誉職的な加号であった。

しかし、二月の政変で権力の奪取に多いに貢献のあった司徒の平秦王高帰彦を、高演は今まで以上に優遇するようになったのだ。それは、婁皇太后の甥にあたる従兄の大将軍平原王段韶を凌ぐほどであった。

高帰彦を親の敵をとしてその命を狙っている高敬徳は、密かに歯ぎしりをする思いであった。


              ★             ★


九月の末に新帝の即位を祝う競弓会が皇宮で行われた。文昌殿の中庭に矢場が設えられ、それを囲むように観覧席が造られた。

出場者には各自矢が五本与えられ、的に命中した程度に応じて、江南からの絹織物が賞品として授与されるのである。


射術に自信のある鮮卑族の武将や士大夫たちは、自慢の弓矢を携えて皇宮の中庭に集まって来た。

蘭陵王高長恭は、王妃である青蘭を伴って競弓会に出掛けた。

長恭は秋らしい竜胆色の長衣に青紫の狩衣を付け、高く結った髷には金の冠を付けている。青蘭は紫苑色の長裙に美空色の外衣をまとい、髪には翡翠の飾りのついた簪を刺している。

宦官に導かれて二人が観覧席に着くと、幕の下には、すでに安徳王延宗と妃の李氏が座っていた。

「長恭兄上、義姉上、・・・この間は・・・」

先日、共に響堂山に参拝した延宗は、立ち上がると人懐こい笑顔で近寄って来た。

「おう、延宗、響堂山以来だな」

延宗の横には、恥ずかしそうな玲稀が寄り添っている。

「延宗様、玲希様、お元気?」

李玲希は、延宗の後ろに隠れるようにして礼をした。


三月に婚儀を挙げてから半年、延宗と玲稀の夫婦仲は捗々(はかばか)しいものではなかった。

皇帝の寵愛の下に育って来た延宗と、皇后であった李祖娥の姪の李玲希との婚姻は、我が儘な者同士の婚姻としてよくあることだが、互いに意見を主張し引くことを知らなかった。李氏の凋落(ちょうらく)に伴って後ろ盾を失った玲希は深く傷ついたが、育ての親である文宣帝を失った延宗には、玲稀を支える心の余裕がなくなっていたのである。また、幼い玲稀には、一家の女主人としての自覚がなかった。

郷堂山石窟を参拝の後、清河王家の別邸で一泊した時、長恭が延宗に夫婦の仲の大切さを説いたのだ。そして、都に戻る道筋での延宗の様子に多少の変化があったのは確かであった。


「延宗、お前も競弓に参加するのか?」

長恭は、延宗との久々の手合わせに自然に頬を緩ませた。

「兄上に、負けませんよ」

延宗は、自信ありげに持参した卓の上の弓を抑えた。延宗はどれほど腕を上げたのだろう。

「ああ、延宗などに負けようか」

長恭は、不敵な笑みを浮かべると青蘭に目を遣った。

「私だって参加できれば、延宗様には負けませんものを、残念だわ」

射術に自信のある青蘭は、女人出るため参加できない悔し気に頬を膨らませた。

「私が代わりに、延宗を負かしてやる。任せておけ」

長恭はそう言うと、自分の弓矢を持ち延宗の肩を抱えて競弓場に行ってしまった。


青蘭は玲稀の隣の観覧席に移ると、玲希に菓子を勧めた。

「南朝で育った私は、響堂山にあのような石仏があると知りませんでしたわ。今度は南の響堂山に行って皇太后様の寄進された阿弥陀仏を拝みませんか?」

青蘭は、孤独な義妹を元気づけようと玲稀に訊いた。

「ええ、義姉上、また誘ってくださいね」

玲稀は、少女らしい表情で笑顔を作ると小首を傾げた。

「羨ましいわ。・・・義姉上は、皆がうらやむ美丈夫の蘭陵王に嫁ぎ、大切にされている。みんなが言っている噂は本当ではなかった。・・・でも安徳王に嫁いだ私は・・・」

延宗の幼馴染の玲稀も、長恭にあこがれを抱いて心無い噂を信じていたようだ。

「延宗様は、口は悪いけれど心根の優しい方よ。夫婦の仲は合わせ鏡のようだと思いませぬか?玲稀様が心を開けば、延宗様も心を開く・・・」

青蘭は温顔を傾けて延宗の良さを熱っぽく語った。

義弟のために手振り身振りを交えて話す青蘭に、玲稀は目を見張った。黒目がちな瞳に清美な微笑みを浮べる青蘭を玲稀は、内側から照り輝くような美しさを感じた。

夫の愛情は、慈雨の様に妻の美しさを育てる。鄴に来た当初はさながら少年のようであった青蘭が、今ではすっかり王妃としての風韻を漂わせ優雅に幕内に端座している。


「そうですわね。私も頑なだったかも。・・・青蘭様、騎術だけでなく射術もなさるの?」

響堂山に赴く途中も青蘭は延宗に劣らない馬の扱いを示していた。それに加えて、射術も得意だとの青蘭の言葉を思い出した。

「もちろんよ。・・・私の父は王琳将軍よ。南朝では父上に従って江南を駆けまわったわ」

玲稀は、戦に行ったこともあるという言葉に目を見張った。

蘭陵王妃として大人しく屋敷に納まっていると思った青蘭が、実は男子に伍して馬を駆け剣を振るっているらしい。

「義姉上が、騎術や射術に長けているなどと知りませんでした」

「今の斉は平安を謳歌しているが、南朝は戦乱のさ中なのです。女子とて学問や武術の鍛錬は重要かと」

青蘭は、戦乱の世の女子の心得を説いた。

「戦乱の世では、どんな馴れ初めであろうと夫婦になった縁は大切にし、共に協力して行かなければ生き残れませぬ。延宗様は武勇に優れ、しかもお優しい殿御なのです。・・・玲希様もご存じですよね」


延宗が、本当に冷徹な男子であれば、敬徳のように婚儀など挙げなかったに違いない。玲希に情があるゆえ結婚したに違いないのだ。

「困難を共に乗り越えていってこそ、情も深まると思いませんか?」

青蘭は目を細めて玲希に言うと、青蘭の方を振り向いた長恭に、無邪気な笑顔を向けた。



長恭と延宗は、正面の壇の下で矢に己の(あざな)を書いた。若竹色をした狩衣をまとった延宗が、長恭の側で弓の具合を見ている。中庭にいる全ての女人の目が、兄の長恭に集まって来る。延宗は、背中を見せて弦の調子をみている長恭に嫉妬を感じた。

長恭は、呼吸を整えて矢場に立った。その華麗な姿は、そこだけ光が当たったようだ。青紫の狩衣に前庭にいる多くの女人の視線が吸い寄せられた。しかし、その眼差しは不遜なほど独立し神々しくさえあった。


五人の射手が揃い、合図に合わせて一射目が射られた。長恭の鋭い矢筋が正確に赤い的の中心を捉えた。

女子たちの甘い溜息が中庭を包む。

間を置かず、長恭の四射が続けて放たれた。射術の結果は日々の鍛錬を裏切らない。続く四射も正確に的の中心を射抜いた。

延宗は、緊張したのか二射は的の中心を射貫いたが、三射はやっと周辺部を捉えただけであった。

「どうも、今日は弓の調子が良くないらしい」

矢場から離れた延宗は、まだ恨めしそうに弓の弦を引っ張っている。

長恭は賞品に綾絹を、延宗は平絹を下賜された。長恭は遠くから青蘭の方を振り向くと、僅かに綾絹を示して笑顔を見せた。


二人が、観覧席に戻ろうとした時であった。長恭の隣で競弓をしていた王唏が、壇の上の賞品を渡す役目の衛士に向かって言いつのっていた。

「二射、射貫いたのだぞ。賞品を渡さぬとはけしからぬ」

王唏は、位はさほど高くはないものの皇帝高演の王友である。しかし、職務の厳正さを叩き込まれていた係の衛士も引かなかった。

「矢に名前を書くのが規則。ところが王唏殿の矢には名前がありませぬ。これでは、どうして王唏殿の矢であると言えましょう」

文宣帝の時代は処罰が苛烈であるため、末端の官吏でも仕事を厳格に行う習慣がついていたのだ。

「はは、分かった。つまり、武(射術)があり余っていた(優れていた)が、文(文字)が足らなかったというのだな」

王唏は、そう笑うと係の衛士を咎めずに、引き下がった。


このやり取りを玉座で見ていた今上帝高演は、王唏を呼んだ。

「王唏よ、そなたの心映(こころば)えは、上に立つべき者の鏡である、感心したぞ。・・・そう言えば、そなた、子が無かったな」

王唏は、この時五十一歳であった。しかし、正妻との間には子はおらず、妾もいなかった。

「そうだ、そなたに妾を与えよう。そして、跡継ぎをもうけるがよい」

王唏は一瞬顔を強張らせたが、跪くと拱手をした。

聖恩(せいおん)に感謝いたします。しかし、妻が何というか・・・」

王唏は、愛妻家である。北魏から北斉という戦乱の時代を妻と二人で乗り超えてきたのである。いくら、勅命とはいえ、新しい妾を王家に入れるなどと自分の口からは、言えないのだ。

「分かった。皇后からの勧めということで、遣いをやろう」

宮女を下賜するとなれば、皇后の許可が必要なのである。


王唏が御前を退出するのに合わせて、長恭と延宗が戻って来た。長恭は豪華な綾絹を青蘭に笑顔で渡した。

延宗も席に戻ると、盛んに自慢しながら玲希に絹を渡した。

「姉上、どうです。私だって腕を上げたでしょう?・・・どうだ、玲希、賞品を貰ったぞ」

「ふうん、延宗様、・・・ちゃんと的に当たったのね。できたら綾絹がほしかったけど」

玲稀は、褒美を受け取りながらも不満げに頬を膨らませている。


青蘭が取り成そうとすると、長恭が袖を引っ張った。

「幼馴染なのだ。じきに仲直りする。・・・心配いらないよ」

心配げに二人のやり取りを眺めている青蘭に、長恭が傍らに座り耳打ちした。

「弓の鍛錬をして、今度は綾絹を貰うさ」

玲稀は、延宗の言葉に肩を突っつくと笑顔を作った。


競弓会はたけなわとなり、食盒から菓子や果物の皿、酒器を取り出したころ、高敬徳が現れた。

酒に酔った敬徳は、長恭の隣に座り込むと、菓子を摘まんで口に入れた。

「さすが、蘭陵王府の菓子は旨いなあ」

敬徳は、手に持った賞品の綾絹を長恭に押し付けた。

「菓子の礼だ」

「敬徳、これは思い人に渡すものだぞ」

長恭は、敬徳に渡された綾絹を戻そうとした。

「お前は私の親友だ。・・・心で想っている友だ。・・・いいから受け取れ」

敬徳は長恭の隣に座りそうぼやいた。そして、すっかり酒に酔った様子で卓に肘をつくと、二つの杯に酒を注いだ。


「この競弓会は、何のためだと思う?」

敬徳は、頬杖を突き流し目で長恭を見た。ほんのりと赤くなった頬が、敬徳の晴朗な美貌を際立たせる。

「射術に優れた臣下を、抜擢するためではないのか?」

敬徳が酒杯を傾けると、長恭は、もう一つの酒杯を引き寄せた。

「陛下は即位された。・・・しかし、いまだ立后はされず皇太子の冊封もなされていない。・・・体制固めのために臣下の縁組を勧めているのだ」

敬徳は、長恭の耳元で囁いた。

「先ほど陛下に婚姻を仄めかされた。・・・崔昂(さいこう)の孫に見目好(みめよ)い女子がいるそうだ」

敬徳は、三月の変の後に張氏との婚約を破棄している。しかし、二十二歳と言えば正室はもちろん子供の一人二人はいて可笑しくない年齢である。

「そう言えば、先ほど陛下が王晞に妾を下賜するとおっしゃっていた」

長恭は、眉を寄せた。

「王晞も気の毒な・・・」

王晞は、人に知られた愛妻家である。

矢場で繰り広げられている競弓を何気なく観戦していた青蘭であったが、『妾が下賜される』という言葉に長恭を見た。陛下により長恭に下賜されれば、拒む宮女はどこにもいないであろう。長恭に妾が下賜されたらと思うだけで、青蘭の心は痛んだ。

「明日、小黄門に命を伝えさせると言っていた」

「それじゃ、逃れられないな・・・」

降って湧いたような不幸に見舞荒れた王晞の心中を思うと、長恭は気の毒でならなかった。


敬徳は、皿の上から李を取ると音を立ててかじった。

「そなたは、婚姻を受けたのか?」

張氏と敬徳の婚約が、楊愔の警戒を解くためであったことは高演も了解していたことである。その埋め合わせとして、崔昂の孫を娶せようと考えたに違いない。

「いや、南朝に心に決めた人がいると辞退した」

敬徳が、長恭の向こうにいる青蘭に聞こえるように胸を張って答えた。 

「王晞様が妾を下賜されるなどと、奥方様には、あまりに気の毒な・・・」

青蘭は、不幸に見舞われた奥方の気持ちを考えると胸が痛くなった。

「男子は、本当に自分勝手だわ」

玲稀は、王晞の奥方に同情し若い怒りを顔に表した。


男子は、正妻の他に何人でも側室を娶ることができるのだ。もし、下賜されたのが長恭だったらどうしよう。

「もし、長恭様にその命が下ったら・・」

青蘭が力なく呟くと、長恭が青蘭の肩に手を置いて微笑んだ。

「私は、陛下の怒りを買おうと・・・絶対断る」

長恭は、青蘭の耳元に唇を寄せると、優しくきっぱりと囁いた。


            ★              ★


清河王府の後苑の露台。目も鮮やかな大ぶりの黄色い菊花の鉢が、卓を囲むように置かれている。白と赤紫の小花の菊花が、露台を囲むよう置かれていた。


重陽の節句の宴はとうに過ぎ、後苑に植えられた木槿(もくれん)は黄葉した葉を見せている。しかし、丹精した清河王ふの菊は今を盛りと咲き誇っている。

長恭は、清河王府の紅葉の美しさを聞き青蘭と共に敬徳の屋敷を訪れていた。


「そう言えば、競弓会の後、王晞殿はどうなったのだ?」

長恭は、秋の陽光の眩しさを手で遮りながら、敬徳に訊いた。

あの後、青蘭が王晞の妻の様子を盛んに気にしていたからである。侍中の職にある敬徳には、皇宮中の官吏の情報が入ってくる。

「次の日に、高演の正妃である元妃が小黄門を王府に派遣したのだ。・・・ところが、王晞の妻は、・・垂花門のところで出迎えると、何も言わず奥に入ってしまったのだそうだ。王晞は、憤然(ふんぜん)としてそな場を離れたということだ」

結局、小黄門は妻の了承(りょうしょう)を得ることができずに皇宮へ引き上げたのだという。


「王晞殿が、心配だな」

「勿論、陛下はお怒りだ」

王晞は、高演の即位を後押しした功臣であり、その親しさは王友といってよかった。しかし、恩寵を施したと思っていた妾の下賜を拒否されたことにより、高演と王晞の間に越えがたい壁ができたのだ。今上帝高演は、得難い朋友を失ったのだった。 


官位も財物も求めずして、民の言葉を伝えてくれる王晞こそ、為政者にとって得難い朋友であったのだ。その者を遠ざけるとは、陛下は人が変わってしまったのか。

「王晞は、真面目過ぎる。・・・妾は玉と同じ、拝受しておいて、そのまま手を付けなければいいのだ・・・」

敬徳が、そこまで言ったときに、いきなり青蘭が萩の樹の間から現れた。


「敬徳様、さすがね清河王府の後苑は美しいわ、常山王の庭園にも劣らない」

秋の清河王府の庭園を見て回っていた青蘭は、足早に四阿に入って来た。

青蘭は椅に座り卓上の茶杯を持つと、長恭の顔を見上げた。

「王晞様がどうかしたの?話していなかった?」

青蘭は、どこまで聞いていたのか。

「奥方が(だく)と言わなかったので、・・・沙汰止(さたや)みとなったそうだよ」

長恭は、笑顔を作った。

「え?・・そうよね。・・・さすが王晞殿だわ」

青蘭は何度も頷くと、笑顔を作った。

「敬徳様は?」

青蘭は、敬徳に振り向いた。

「もちろんだ、・・・私は愛する妻を守る」

敬徳は、すばやく前言を撤回した。

「あれ?敬徳。妾は玉と同じと言ってなかったか?」

「長恭何を言っているのだ。妻は玉と同じように大切にせねばならないと言ったのだ」

敬徳は、唇を尖らせて反論した。


江陵からの道筋で出会ったときは、青臭くて少年にしか見えなかった青蘭が、今は王妃としての風韻さえ感じさせる華英(かえい)さを身に付けている。香色の上襦に露草色(つゆくさいろ)の外衣、青碧色(せいへきいろ)の長裙をまとった青蘭は、さながら盛りの桔梗(ききょう)の様に(りん)と輝いていた。

丹精(たんせい)された、花は美しい』

高帰彦への仇打ちのために諦めた婚姻であった。しかし、笑顔で互いを見遣る二人を見ながら、敬徳の心は静かに騒いだ。

新帝に即位した高演は、人が変わったように奢りを見せるようになった。若き頃より誠心を示してくれていた友の王晞との心の隔てができてしまったのだ。

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