風土
ふと時計に目をやると9時50分であった。
勉強道具を片付け、手を洗い一階に降り、
マリナを見つけ声をかけ、
「マリナさん、初めてのことで慌てることもあると思いますが、精一杯頑張りますので、宜しくお願いします。」
と頭を下げる。
「こちらこそ、宜しくね!手紙の印象通りで嬉しいわ!ゆっくり覚えていきましょうね。」
マリナはリンの全身を見て、
「うん、ぴったり!似合ってるわ!じゃあ、まず、扉の前で注文を聞いてお支払い、聞いた注文をヨーゼフに飛ばして、この紙にチェックを入れて、半券をお客様に渡すの。食事を出す時に半券は回収するんだけど、今日は給仕はなしで、お金を受け取って、オーダーを飛ばし、チェックして半券を渡すまでやってみましょ!」
「わかりました。貰ったお金はどうすればいいですか?」
「貰ったお金は床に繋がった大きな貯金箱にいれるの。ワンコインの500Gだから、お釣りが必要になることはほとんどないんだけど、お釣りが必要な時は声をかけてね!」
マリナがヨーゼフのいるキッチンと入り口に近いカウンター側にある、大きな鉄製の箱を指差しながら言う。
「笑顔で『いらっしゃいませ!』を忘れないで!さぁ、やってみましょ!」
マリナがリンの肩に手を置き微笑む。
リンも笑顔で返事をし、入り口に向かう。
入店の合図のベルが鳴り、男性が3名入って来た。
「いらっしゃいませ!」
「A2つとB1つ」
500G3枚を手渡される。
「かしこまりました!A2、B1です!」
とヨーゼフに注文を飛ばし、チェックを入れた半券を3枚渡し、ヨーゼフに見える位置にチェックを入れた紙をつける。
「はいよ!リン、その調子だ!」
ヨーゼフが厨房から顔を出し声をかけてくれた。
また、入店のベルが鳴り女性が2名入店する。
「いらっしゃいませ!」
「A2つね。」
500Gを2枚受け取り、
「かしこまりました!A2です!」
チェックを入れ半券を渡す。
すると、今度は食べ終えた客が
「ごちそうさま」と帰って行く。
「ありがとうございました!」
また、ベルが鳴り来店。
リンは笑顔で注文を取り、大きな声でオーダーを飛ばし、挨拶をするを繰り返した。
あっという間に時間は過ぎ昼のピークを過ぎたようだ。
「リン、ありがとう。すごくよかったわよ。うちの店、朝の出勤前の7時と遅出出勤の10時から昼のピークが過ぎる1時までが忙しいの。ほら見て、もう働いて3時間以上経ってるのよ。よく頑張ったわね。これから夕方の4時から8時くらいまでまた忙しくなるから、休憩しましょう。お昼ごはんを食べて、昨日言った町の案内と買い出し、大丈夫?行けそう?」
マリナがリンの顔を覗き込むようにして見る。
「はい!是非お願いします!大丈夫です。ちゃんと出来ていたようで良かったです。」
リンが答えるとマリナは口角を上げ、
「これは看板娘の誕生ね!」
と言ってリンにカウンターに座るように薦める。
すると、
「よく通る声で聞きやすかったし、笑顔も抜群だったな。お疲れ様。夕時も頑張ろう。」
ヨーゼフが昼食を出しながら労ってくれた。
「どこから案内しようかしら?楽しみだわ!まず、留学生パック見に行きましょう!値段もお手頃で必要なものがほとんど入っていて、人気なのよ!甘いものは好き?アイスクリームが人気のお店が近くにあるの!それから」
「まあまあ、先に食べさせてやってよ。」
ヨーゼフがマリナを嗜めるも、
「いいじゃない!リン、食べながら聞いてちょうだいよ!」
と止まらない。
「あの、すみません。ここへ来てから不思議に思っていたのですが、どうして皆さんこんなに親切なんですか?スーモア国では住み込みでの勤労でこんな良い待遇を聞いたことがありません。」
リンが申し訳なさそうに発言すると、夫妻は目を見合って首を傾げた。
「そうなの?ラージリア国ではこれが普通よ。5代前の女王殿下の言葉は今でも初等部で必ず暗記するの。『人は最大の資源なり。育て慈しむことが国を繁栄させ、強くさせる。より良い国作りのために自由で最上級の学びの場と勤労を』極端に言うと資源を大切にしなければ、儲けは出ないでしょ?花屋が花を適当に扱っていては花は咲かないし売れないのと同様に、女王殿下は人こそ最大の資源だと仰って、そこにお金と愛情をかけていらっしゃるの。私達もそうやって育ったから、これは当たり前のことなのよ。」
マリナの話を聞いて、これが国力の差に繋がるのかとリンは思った。
「リンは今留学生枠だけど、学校を卒業して資格を取れれば移住もできるんだよ。そんな将来、有望な若者を大切にしない国民は国民じゃない。もちろん、有望であるかないかだけではなく、ラージリア国ではきちんと税金を納められる国民とその国民を育てる人、育つ人、皆んな平等に大切で成長を楽しみにされるんだ。」
眼から鱗だった。そう言う考え方だったのか。スーモア国の風土が嫌で飛び出したのに、自分自身もやはりスーモア国の風土が根付いていたことがわかり、考え方を改めようと思った。
「そんな風土だとは知りませんでした。今、故郷との違いに驚いています。あ、だから、学費が驚くほど安いんですね!桁がひとつ違うのかと思って、国で一生懸命貯めたんです。」
マリナとヨーゼフは、穏やかに微笑みながら、リンの故郷の話を聞いてくれた。
マリナもいつの間にか昼食を食べ始め、お互いに自分のこと相手のことを聞いたり話したりすると、もっと距離が近づいた気がした。
「リンは本当に努力家なのね!そうだ、そろそろ町へ行きましょう!部屋で一旦着替えていらっしゃい。」