2-2 ハンカチとパンケーキ
2020年10月25日-行間や句読点などを修正。内容に変更はありません。
2021年10月02日-授業後の会話を少しだけわかりやすくしてみました。あと、字句などの修正と後書きの削除をしています。
なんとか無事配達を終え、挨拶をして『猫のパン』を辞すると、また急いで学園に向かう。
多少、いや元気にスカートがバタつくが、仕方ない。
そのまま教室まで駆け込んで、アメジスト様の視線とぶつかる。
すこし見つめあっていたら、アメジスト様が席を立ちこちらにやってきた。
「おはよう、レンガ様」
「おはようございます、アメジスト様。あれ?」
挨拶を交わすと、アメジスト様の右腕が私の顔に伸びてくる。
思わずビクッとしたら、額のあたりに柔らかいものが当てられた。……ハンカチ?
「随分、汗が流れているわよ。
しばらくお使いなさい、返却は不要よ」
そういって、もとの自分の席に戻る。
さすがに自分のハンカチくらいあるけれど、せっかくの温かい配慮はありがたく受け取ろう、そのまま使わせてもらうことにした。
「新市街は聖都の旧城門外に災厄のあと作られた新しい街だから、活気があるのはその通りなのだけど。
開発の進度に波があったせいで、所々にそのしわ寄せが出ていることも、きちんと認めて教えるべきだと思うわ?」
午前最後の授業が終わると、立ち上がったエメラルド様からそういって声をかけられた。
私を見ている目が、キラキラ輝いているように見えて、美しい。
急に、どうしたのだろう? お話の内容は、授業をうけてのものだけれども。
とりあえず、私も答える。
「前向きに勢いよく進んでいるところに、水を差したくないんじゃないでしょうか?」
「でも、問題点も認めたほうが、みんな安心して進めるような気がしない?」
「まだ、そういうかんじには気づいていない人もいるとおもいますよ?」
「でも、ここは『学院』なのだし……」
そのままおしゃべりで盛り上がるのだが、なんだかエメラルド様、だんだんソワソワしてきているような……
「ところで、レンガ様。このあとの今日のお昼、なにか予定がおありかしら?」
なにか期待のこもったような笑顔で、そう聞かれた。
……あれ? どうしたのかな? 心当たりは、……あ、ありました。
「ごめんなさい、エメラルド様。焼きそばパンは、まだないです」
申し訳なさそうに告げると、エメラルド様は芝居がかかった表情で机に顔を落とし、座り込んで、
「まぁ、なんてこと。生きる気力を失ったわ!」
よよよ、なんて擬音が似合いそうなかんじに、雰囲気をつくる。
「焼きそばパンのことだけをかんがえて、今日は無理して学院にきたというのに!」
「……、申し訳ないとおもってますよ?
でも、焼きそばパンのためにご無理をされるのは、やめてください。
もし学院でお会いできないようでしたら、私がお届けに伺いますから」
困りながらもそう苦言を呈すると、エメラルド様はひょいと立ち上がり、
「冗談よ。うちの姫様のご配慮をいただいて、最近だいぶ体の調子がいいの。
それより、ここに焼きそばパンがないのなら、今日は食堂のパンケーキをいただきたいわ。先月リニューアルして、随分評判も良いようだし」
そう言って、私の顔をじっとみてから、こう続けられた。
「レンガ様、よろしかったら、ご一緒いたしませんか?」
これは、「食べたいから、付き合え」ということだ。そして、こういったときのお決まりで、たぶん食事代はエメラルド様持ち。
お金のない私には、とてもありがたい。
「ご一緒させてください!」
私は力強く返事をすると、にっこりと笑って歩き出したエメラルド様を追いかけた。
お昼の食堂は賑わっていて、なかなか混雑している。
学院の食堂は、券を買って品物を注文したらカウンターで受け取り各自が自分の席に運ぶタイプのお店だ。
エメラルド様と2人で列に並びながら、お話する。
他愛もない話だと思うのだけれど、エメラルド様は随分と楽しそうだ。
でも、時々視線を感じる。
私が顔を向けると、たまに視線が合う。
そして、エメラルド様がそちらを向いたときは、目を逸らしたり会釈されたり、反応は様々だ。
これは、誰が見られているか、誰には関心がないか、よく分かるなぁ。
「気になる?」
キョロキョロしていたら、エメラルド様の声。
「……ええ、すこし」
そう答えると、エメラルド様は私の目をじっ……と見て、
「なれてくれると、嬉しいわ」
と言った。
まあ、そう言われてしまえば、仕方ない。エメラルド様のほうが、よほど大変そうだし。
「はい、平気です」
そう答えると、エメラルド様はとてもいい笑顔で微笑んだ。