2-1 寝坊した朝のこと
2020年10月25日-行間や句読点などを修正。内容に変更はありません。
2021年10月02日-字句などを修正。後書きを削除。内容に変更はありません。
「ん……、ん~……」
ガラス窓から入ってくる朝の光が、ベッドに寝ている私の顔にかかり、体を転がす。
まだ、スイーツを食べていないのだ。こんなところで諦めることはできない。
チュンチュン、ピ・ピ・ピ……
窓の外で小鳥の声が聞こえる。このぶんだと、今日も天気が良さそうだ。
……ん?
ガバッ!
慌てて体を起こす。窓から見える太陽は、いつもより少し高い。
「なんだ、夢か……
アトスコシデ、アノマカロンガ、ワガクチニ……
って、ぅわ、やらかした……、やばい、やばい!」
ベッドからとびだすと、水差しを起動して、水がたまると同時にそのままごくごくと流し込んで。
寝押ししておいた制服を急いで着込むと、階段をかけ降りる。
昨日のうちに用意しておいたパンを口に咥え、荷物を掴むと、
「いっへひます!」
なんとか挨拶をして、家を飛び出した。
早朝の町は、まだ人通りも少ない。
が、角を曲がると、誰かとぶつかりそうになった。
おっとと!
くるりと体を捻ってなんとか身をかわすと、
「ごめんなさい!」
後ろを向いたのを良いことにそのまま頭を下げ、すぐに前に向き直ると、また駆け出した。
タッ、タッ、タッ、タッ、タッ、……、……
まぶしっ!
高い建物の影から太陽が覗く。
聖都名物の高層建築『市場の塔』。高級品から庶民的な品まで世界中の様々な品物が取り扱われ、揃わないものはないと言われる。あそこのスイーツを授業後に頂くのが、よくイメージされる『学院生の優雅な午後』というやつだ。
ここであの塔の影から太陽が出るってことは、……アブナイ。
さらに気合いを入れて足を動かす。あの通りを超えれば、ゴールだ。
チラリと左右に視線を送って交差するものがないことを確認すると、
タタタッ!
一気に交差点を駆け抜けて、『猫のパン』に駆け込んだ。
ドンッ!
「おおっと」
衝撃のあと、力強い腕に抱きとめられる。
「あ……、申し訳ございません!」
もしかしてお客様にぶつかってしまったかと謝ろうとするが、腕の中でうまく頭を下げられない。もぞもぞという感じの動きになってしまったところで、体が開放された。
「おう、おはよう、レンガちゃん。今日はまた一段と、元気がいいな!」
そう言いながら、マリオさんが笑っている。
「おはようございます、慌てて入ってすみません、遅くなってごめんなさい!」
私も、改めて挨拶をすると、頭を下げた。
「はは、今日はギリギリだったね。学院もあるんだし、あんまり無理しちゃだめだよ?」
優しい答えのあと、奥の扉を指さされる。
「レンガちゃん、汗だくだね。せめてちょっと、からだ拭くくらいしておいで。
もうみんな配達に出たはずだし、あの部屋なら大丈夫だろ」
ああ、お客様のところに行くのに、汗だくというのは避けたほうが良いに違いない。
「わかりました。以後気をつけます」
もう一度頭を下げると、扉を開けて小部屋に入った。
水瓶の魔石に触れて適量の水を確保、きれいに洗われたタオルを水につけて絞る。
制服も今度綺麗にしたほうがいいかも、などと考えながら脱いでいき、下着姿になる。
濡れたタオルで肌を拭くと、火照った体に気持ちがいい。
「ふぅ……」
思わず息がこぼれる。
そのまま急いで全身を拭いていく。もちろん、全裸でないから拭けないところはあるけれど。
胸の下にもタオルを滑らせる。
ここに汗がたまるようになったのが感慨深い。数年前は、結構絶望していた私がいたのだけれど。
「マリオさん、ここですか?」
足音がして、ガチャリと扉の開けられる音がする。
うわっ!
慌てて、背中で半開きの扉を押さえながら、声を出す。
「ま、マリオさんはここじゃないですよ!
あの、ちょっと、……着替え中なので!」
「え、うわ、その声はレンガちゃん?
いきなり開けようとしちゃってごめん、じゃあ、あっち探してみるよ!」
あわてて離れていく足音がする。
あの声は、リンクさんかな。爽やか男子な、頼りになる先輩だ。
いまはキッチンに入れてもらえるようになってたはずだし、パンを焼くところで何かの確認だろうか。
制服をあらためて身に付ける。多少湿っぽいが、さすがに仕方ない。
「おそくなって、すいません!」
部屋の外に出ると、さらに猫の帽子とエプロンを着込み、配達のバスケットを猫車に積み込んで、急いで配達に向かった。