1-3 研究会にて
2020年10月25日-行間や句読点などを修正。内容に変更はありません。
2021年10月01日-少し語句修正などをしました。
2023年2月25日-「研究会」メンバーの外見と「絶対零度」周りの状況描写を中心に追加。
今日の授業も終わり。でも、私はまだ学院に用事がある。
敷地内を歩きながら、帰り際にアメジスト様から受け取ったメモを見る。
整った字で「奨学金一覧」という題の下に、いくつかの奨学金の支給額や受給資格などがまとめられている。そして、「もし興味のあるものがあれば、教えて下さい」と添えられていた。
アメジスト様は本当に親切だなぁ、これでまた頭が上がらないや。
とりあえず、確保する焼きそばパンを1つ増やしてみようかな?
それで、お礼になるかわからないけれど。
そう考えをまとめて、『魔術試験場』にはいる。
「レンガちゃん、いらっしゃい~♪」
呼ばれて振り返れば、そこには美人だけれどもどことなくタヌキを思わせる愛嬌をもった上級生がいた。
長い黒髪のした、見上げる黒瞳が、笑みを湛えてこちらをみている。
一見は天真爛漫で、それでいてやり手というのだからタチが悪い、私の参加する『研究会』の主宰者。
私も、たまに真綿で首を絞められている感じのする時がありますしね。
「こんにちは、ユーリ様」
それでも、基本的には悪い人ではない。
たぶん。
挨拶を返してから、今日の予定を聞いた。
「今日の『研究会』のテーマは、レンガちゃんの耐久試験の続き?
レンガちゃんのアレ、お母様の形見だから壊れないように手加減してきたけど、全然限界が見えないし。さすが、元神殿騎士団長殿の『宝具』だけあるよね。だから、そろそろ全開の一撃をお見舞いしてみようかな、って!」
などと宣う。
でも、ユーリ様が、実はその神殿のトップである『巫女』様だって小耳にはさんでますけど?
もしそうなら、どの口が言うのでしょう。
「はいはい、わかりました。いくらでも撃ってください」
諦めて、持っていただいぶ大きめのカバンから、子供くらいもある四角い大きな塊を取り出し、12枚の細長い板に変形させて分ける。ママから受け継いだ、私の『宝具』だ。よく見れば細かい魔術文様がいっぱい刻み込まれている、とてもスゴいもので。
これに魔力を通せば、1枚1枚が宙に浮かぶ砲台となり、並べれば無敵の盾となる。
さて、魔力チャージ、と目を閉じると、
「あ、まだ起動はしなくていーよ。
ほら、私じゃ実験できないじゃん。担当できる誰かが来るまで、待って?」
ユーリ様のストップがかかった。
たしかに、ユーリ様のメインウエポンは魔力をまとわせた剣だ。
ママから譲り受けた私の『宝具』は飛んでくる攻撃にはめっぽう強いが、殴られると何故か弱い。
私とユーリ様だと、相性最悪なのだ。
「リルちゃんあたりが来てくれると、いいんだけどね。
まあ、とりあえずお茶でものもーよ?」
そういって、用意されている豪華なテーブルに私を招くユーリ様。
「いただきます。ユーリ様の紅茶、美味しいんですよね」
「でしょう、でしょう?
今日は、『陛下のための特製ブレンド』よ。
あ、葉がひらくまで、さんぷん、まちゅのよ? ……くすん、かんだ」
胸を張り指を立てながら「待て」の仕草をしていたのが、台無しだ。がっくりしてる。
「うーん、やっぱり美味しいです。学院の食堂より、美味しい気がします!」
熱いお茶をゆっくり口に含むと、なんだかいい香りが鼻と口に広がって、思わず笑みがこぼれた。
「……こんど、猫のパン屋さんから、やきがしとかもってきてもいいのよ?」
なんだか少し元気を取り戻したように見えたユーリ様は、私の方を見ながら、上目遣いでそう言った。
「レンガ、ユーリのいうことを素直に聞いてばかりいたら、いつか痛い目にあっても知らないぞ?」
お茶の幸せに浸っていた私の横から声がかけられた。
視線を向けると、そこにいたのは『研究会』メンバーのラー様だ。
「こんにちは、ラー様」
「うん、こんにちは、レンガ」
挨拶を交わすと、ラー様の長い金髪がサラリと揺れる。
ラー様は長身の格好良い女性だ。見つめられると、私もなんとなく顔が赤くなるくらい。『研究会』でも、正直、いちばんの美人さんなんじゃないかな。
でも、その長い髪でいつも片目が隠れている。
ユーリ様がいうには「その目を見るときは、あなたが死を覚悟するときなのよ?」らしいけれど、どこまでほんとうなのかな。
「でも。ラーちゃん、『おはなやさん』は、うまくいってるでしょ?」
「……あぁ、おかげさまで、順調だよ」
そう、ラー様はお花屋さんをしているらしい。お花屋さんも朝早くから夜遅くまでの、なかなかの重労働だ。朝晩だけお店に入っているのかな?
「『チューリップ』や『ヒヤシンス』の球根も、あのタイミングならお気に召すように売れたんじゃない?」
「まあ、なぁ。たしかに、命拾いさせてもらったけれど」
「だから、ちょっと聖王国のお客様に、お使いをお願いとかしたいのよ?」
「おいおい、勘弁してくれ。あの人に、会いに行けって……?」
ユーリ様が話しかけるたびに、なぜだか目に見えてラー様がしおれていく。
ラー様は、ユーリ様のお茶に手を付ける元気もないようだ。
「あまり真面目に取り合っていては、身がもたないわよ?」
こんどは、鈴を転がすような声がかけられた。そして涼やかな銀の髪が視界に入ってくる。
『研究会』のメンバー、シリル様だ。
「こんにちは、シリル様」
「こんにちは、シリル」
「リルちゃん、キターーー」
みんなが挨拶を交わす。1人だけ、なんか違う。ラー様が無言で咎める。
でも、まあ、こういう人なのはわかっている。
「あ、お茶あるのよー。濃いから、お湯を足してから飲むのよー」
ユーリ様がシリル様にお茶を淹れると、シリル様は言われたとおりにして口をつける。
「遅くなってしまったかしら?」
「まだ2人足りないようだね。今日は4人かな?」
「そうだねー、あまり遅くなるとレンガちゃんの予定にも差し障るだろうし、もう始めちゃおか。
レンガちゃん、起動!」
「それじゃ、私が宝具かなにかみたいじゃないですか……」
ユーリ様の指示で、私は席を立つと、宝具に魔力を通せば、12枚の細い板がフワリと宙に浮く。
そして私がイメージするだけで、それはキラキラと陽の光を反射しながら、傘状に並んだ。
「いけ、リルちゃん、キミにきめた! 絶対零度だ!」
次に、ユーリ様がシリル様から私に指で線を引きつつ、言葉を続ける。
「……するの?」
シリル様が、ちら、と視線をユーリ様に向けて確認する。
ええっ!? 絶対零度って、いちばん冷たいやつですよね? 伝説級のやつですよ? できるんですか?
って、ユーリ様がいうならできるんでしょうけど、なら私、本当に大丈夫なんですか?
この場所も、まあ『魔術試験場』ですし丈夫なんでしょうけれど、壊れたりしませんか?
悪目立ちして、伝説級の魔法使いとか神殿秘蔵の宝具とか噂になったら、ママの宝具だけ取られて私なんか学院を追放されたりしませんか!?
いろんな考えが、頭の中を駆け巡る。
そんな、ちょっと混乱しながらも、シリル様の一撃に備える私を見て、ユーリ様がさらにいう。
「いいよ、私が許す。いま、なさい。
ありのままの、力を見せなさい!」
その声を聞いたシリル様は、今座った腰を上げると、わずかに肩をすくめ、
「ユーリがそういうのなら、大丈夫なんでしょう。
もう、確認というか『儀式』ね。
レンガ、なにがあってもユーリを恨むのよ?」
そして、広い『魔術試験場』の中央にあるフィールド、そこにヒト10人分以上の距離を開けて向かい合ったら。
シリル様の両手が私に向けられ、魔力がわずかに波打つのを感じる。
その波は、指先を超えて、私に迫ってくるように見えた。
…… …… …… それだけ。
私が、ずっとお腹のあたりに力を入れて、覚悟を決めて待っていると、
「はい、おわりー。やっぱり、通らないかー。レンガちゃんのそれ、ほんとスゴいね!
さて、紅茶もういっぱい、いこー」
ユーリ様が、いそいそとお茶の準備を始めた。
「やっぱりね」
「どうせ、こんなことだろうとおもったよ。
シリルも、疲れただろう? いただこうか」
じっと私を見つめていたシリル様も、立ち上がって遠目ながら真剣な顔をしたラー様も、表情を緩めると、なんだかわかっていたような雰囲気になってまたテーブルについていく。
「ちょ、まってください!
絶対零度が出て、ママの宝具が防いだんですよね?
……マジですか。
……いや、どちらも」
私だけ、けっこうびっくりしながらテーブルに向かうと、用意された紅茶をすすった。
あ、おいしい。ちょっとさっきとちがうかな?
「ん、おいしい。秋摘みかな?
しかし、レンガちゃんのアイテムは、貴重というにもほどがあるよ。
よく神殿はそのままにしているね?」
「まあ、そういうことでしょうね。『巫女』のユーリもここにいるし。
レンガちゃん、しっぽを切られないようにね?」
ラー様とシリル様が、なんだか怖いことをいう。
「ふたりとも、レンガちゃんを脅かしちゃ、だめなのよ?」
困ったように笑いながらユーリ様が言ったが、あまり説得力を感じませんでした。
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